お花祭りの前 乗っ取られたマーチングバンド部

第7話 乗っ取られたマーチングバンド部

 花祭りが終わった夜、富貴恵ふきえは現実に直面しなければいけなかった。

 その現実とは。

 「マーチングバンド部での活動を続けるか、やめるか」という問題だ。

 そういえば。

 「アタシたちは、偉ソーとかソンナんジャなくて、ホントに偉いエレエヨォ!」

 江戸弁なのか何か知らないけど、そんな甲高い声が教室に響き渡っていた。

 マーチングバンド部のミーティングの教室に響くはずのない声だ。

 悪夢のよう、というのだろうか。

 そうだ。

 その、化学のことしか頭にない社長の会社が乗っ取られたように、マーチングバンド部も乗っ取られた。

 それがいちばん正しい表現なのだと思う。

 「エエ? この向坂さきさかさんがエラくないだッテェ? オメェどの口ヒッサげてそんなコトが言えるんだヨォ? 向坂さんといえば、生徒会主任委員をズッと務めて、生徒会長選挙にだって立候補したスゲェひとなんだゼ。オメェらとは格が違うチゲェヨ、格がヨォ! それをエレくネェなんテ、次に言ったら承知しネェからナ!」

 その暴力的な声。

 暴力そのものの声。

 もしかして、昼に、生まれてすぐに「自分は世界で一番尊い」とお釈迦しゃか様が宣言したことに疑問を感じたのは、この「えらいレエに決まってる」を繰り返していた甲高い声を無意識に思い描いていたからだろうか。

 だとしたら、お釈迦様にはとても申しわけない。

 暴力的な声の主は唐崎からさき仁穂子にほこというらしい。

 その唐崎という上級生については、富貴恵は料理研究会の同級生から聞いたことがあった。

 唐崎はもともと料理研にいた。ところが、部活で実習に行ったレストランで、客から

「きみ、かわいいね」

と声をかけられ、その場で

「何言いやがンデェこのセクハラ野郎!」

とその客にケンカを売った。それで料理研の部員は全員店からたたき出され、それ以後、その店から締め出されることになったという。

 しかも、それ以後、唐崎は、反省するどころか

「アタシはチャンとしたレストランで客からかわいイって言われたンだゼ。だからアタシのかわいさはほんものなンヨ!」

といばっているという。

 料理研はその事件で活動全般を見直して再スタートを強いられ、当然ながら唐崎は部員として残ることを許されなかった。

 そういう困った先輩がいる、というだけで不愉快なのに、そういう先輩がいきなり部員だと言ってマーチングバンド部に乗り込んできたのだ。

 それに対して、ホーンセクションの風見かざみ福子とみこ先輩が

「いや、部員にひと言もないままで一方的に部長が交替するなんて、そんなの認められませんから」

と言ったのを耳にして、唐崎は

「オゥ? オメェら、アタシたちにケンカ売る気かァ?」

と襲いかかった。

 トロンボーンパートに前からいる若林わかばやし由理ゆりという先輩も、唐崎といっしょになって、きんきん響く高い声でわめいていた。同じ学年で、伴奏トランペットにいる井川いがわめぐむも、同じようにホーンセクションの子たちに向かって早口で何かわめいていた。

 しかも、だれもホーンセクションのメンバーを助けに行けないように、その外側を乗っ取りグループのメンバーが固めていた。

 副部長の佐藤さとう通子みちこ先輩が

「いや、言いたいことがあるならそれはいいけど、そういうのはやめなさいよ」

と割り込もうとしたら、宮下みやした朱理あかりという先輩が佐藤通子先輩の正面に立って

「この部の副部長はいまはもうわたしですから、わたしの指示に従ってもらいます」

と通せんぼした。

 この宮下という先輩は、生徒会でもとくに有能で、かつて「スーパー書記補」として知られていた先輩だったはずだが。

 どうして、そんな人まで乗っ取りグループにいるのだろう?

 その元「スーパー書記補」に

「宮下さんが副部長って、だれが決めたの?」

と本来の副部長の佐藤通子先輩が言い返すと、宮下先輩は

「部長の向坂さんに決まってるじゃない!」

と言った。さっきより激しい言いかたで、だった。

 そう言う宮下先輩の視線の先にいたのが、その「部長の向坂さん」なのだろう。

 富貴恵はちらっと見ただけなのであまり印象に残っていない。

 ただ、そうやってふんぞり返っている宮下先輩や、頭に響く不愉快な声を立てている唐崎や若林先輩の「上」に立つらしい「部長」にしては、自信なさそうに、「ぽつんと」という感じで座ってるんだな、と思っただけだった。

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