第48話 毛受愛沙はまた決意を固める
その
職員室の自分の席で泣いていた。もし、深刻な花粉症でいっぱい涙が出る、とかでなければ、だけど。
上部先生を恐れているのか、上部先生の手先なのか。
ともかく、その二人で組んで、オペラ歌手の先生を追い出してしまったのだ。
気をつけよう。
しばらく、
そろそろ生クリームも温まってゆるんでくるし、アイスクリームも外側からとけてきているところだ。
パフェはなかなか減らないと思っていたが、気がつくと半分以下にまで減っている。
両方が同時に食べるのを止めたところで、景子が言う。
「それでも、愛沙ちゃんは高校マーチングバンド部に入るの?」
「先輩いますしね。高校の部に」
とてもつまらなさそうに、愛沙は言う。
「それに、そんな状態だから、高校のバトントワリング、ほうっておくとダメになるかも知れないから。来年は後輩たちも入ってくるし、その場所、ちゃんと守らなきゃ、って思いますし。いや、ほんとに、後輩に「バトンを渡す」ためにがんばろうと思います」
「バトンを渡す」というときの「バトン」は、きらきらして大きいほうじゃなくて、「プラスチックのちゃちいの」だと思うんだけど。
まあ、いいか。
リレーでは「補欠の次」だった子が、いま世代のバトンをつなごうとしているのだ。
きらきら輝く大きいバトンを。
でも、と思う。
高校のバトントワリングの灯を消さないため、後輩たちの居場所を守るため、という決意はいいけど。
そういう「
「利他的なモチベーション」というのが心からの情熱ならばいい。でも、そうでないときには、自分でモチベーションを高められないときに「自分はいいことをやっている」と自分自身をごまかすために持ち出しがちだ、と。
そんな状態で起業してもうまく行くはずがない、と、講師の若い男の先生はとても熱を入れて話してくれたけど。
その前に、あの実業専門学校を出てほんとうに起業しようという女の子が一人でもいるとは思えなかった。
まあ、いい。
「起業」の授業を聴いたひととして、高校に入って一日めの愛沙に指摘してやろう。
でも、景子がそれを指摘する前に、毛受愛沙が言った。
「それに、このでっかいバトンを回して、きらきら、っていうのがわたし好きですし」
毛受愛沙は、バトンほどではないけど、大きいスプーンを胸の前に持って回して見せる。
飛ばすなよ、と思ったけど、だいじょうぶなようだ。
袖にくっつくとクリームのにちゃにちゃで袖を汚すのではと思ったのだけど、器用に、くっつかないように回している。
何度か回して、そのスプーンの流れを止めないで
ふふふん、と笑って目を細めた。
「好きなことなら、いやなことがあっても、続けられると思うんで」
そう言った毛受愛沙のカーディガンと制服の下から、毛受愛沙の色白の体が一瞬光を放って、それが服を通り抜けて景子の目を射た。
もちろん錯覚だ。
でも確かにそう感じた。
それが毛受愛沙というこの子が持っているエネルギーなのだろう。
そのエネルギーを持っているならばだいじょうぶだ。
景子はそう思った。
そして、この先三年、景子は、この子が校庭でバトンを練習しているのを見ながら過ごせる、と確信した。
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