第33話 生姜醤油ラーメンのリアル!

 景子けいこのぶんを調理する前に愛沙あいさが来たからだろう。女の店員さんが二人の前に同時に生姜しょうが醤油しょうゆラーメンを置いた。

 割り箸が置いてあるところには、それが竹で作ってあって、竹は成長が速くほうっておくと周囲の土地に害を与える、適切に使って二酸化炭素に戻したら竹がまたそれを吸収して……という説明が書いてある。竹の割り箸を使っても地球に優しくなくはないということを言いたいようだ。

 てきとうに読み流して、毛受めんじょ愛沙の前にも割り箸を置く。

 愛沙が、あ、と言って、小さく頭を下げる。

 二人揃って

「いただきます」

と言う。毛受愛沙は、手を合わせて、目も閉じて言った。

 ほんとうに祈っているのかどうかはわからない。

 それとも、エイプリルフールでとんでもないものをひとに勧めた罪悪を神仏の前に悔いている?

 景子が、割り箸の隣に置いてあったレンゲも毛受愛沙の前に置いてやった。漆器しっきふうに色を塗ったプラスチックかと思ったら、ほんとうに木で作ってあるらしい。

 あらためて、自分の前に置かれたラーメンを見る。

 「わ……」

 軽く感嘆。

 生姜醤油ラーメンというだけあって、色は醤油ラーメンの色なのだが、それが異様に濃い。

 「透明度」が一センチいかないぐらい。

 醤油ラーメンというと、もっと透明度が高いはずなのだが。

 麺は細麺のようだ。

 上には、あぶらのところがとろっと溶けた厚切りの豚肉と、何かはわからないけど青菜あおなと、メンマとが節度よく載っている。

 毛受愛沙は、隣で、景子が置いたレンゲを取って、目を硬くつぶってぐいとそれをスープの中につっこむ。

 いや、そんなことしなくてもスープはすくえると思うのだが。

 レンゲの中に半分くらいスープを入れ、それを口もとに持って行く。

 ぎゅぎゅっと強く結んだ美しいくちびるを開いて、そこにスープを流しこんだ。

 しばらくそのままでいたが。

 強烈な薬品をがされたときのように、眉間みけんに大きくしわをつくり、目をさっきよりもぎゅっと閉じ、顔を中途半端に上げている。

 銃で撃たれて戦死するときのようだ。

 ほんとにだれかが戦死するところなんか見たことはないけれど、少なくとも映画やドラマの表現はこんなのだ。

 オーバーアクションの疑いもあるが。

 でも、だとしても、オーバーにアクションしたいぐらいに強烈だったのだ。

 景子は、顔を上げて、まず豚肉をスープに浸し、青菜とメンマもスープになじませてから、まず麺をすすった。

 「うおっ!」……と叫びそうになる。

 たしかに。

 毛受愛沙が映画やドラマの戦死シーンみたいなリアクションになったのも当然だ。

 まだ麺はのどを通っていないのに、胸のまんなか、たぶん食道の通っているところを刺激が伝わって下っていく。

 止まらない!

 生姜のからさ、そして、口の中に拡がる、何かよくわからない感覚……。

 よくわからないけど、景子の口の中を支配したいという強い支配欲だけは持った感覚!

 しばらくして。

 いや。

 「しばらく」以上の時間があって、やっと、塩辛さや大豆の風味が口のなかに拡がり、鼻のほうにも上がって来る。

 これは……。

 「醤油味」というものではない。

 醤油そのものだ。しかも熱した醤油だ。

 それだけでも刺激は十分なのに、そこに生姜の刺激まで加わっている。

 麺だけ口に入れてこの刺激だ。毛受愛沙のようにいきなりスープを飲んだら、たしかに討ち死にもするだろう。

 でも、景子は、大人の矜恃きょうじを胸に、これぐらい平気という顔で麺を口に運び、ときにスープを口に運んだ。

 途中で感覚はなくなってきた。ただ、口の中の粘膜があちこちではがれて、炎症を起こしたようになっているのはわかった。

 毛受愛沙は途中で五回も水を汲みに行った。景子は、食べ終わったところでコップの水もなくなるように計算して水を飲む。

 どうだ。

 五歳上はすごいだろう。

 自分でエイプリルフールを流しておいて自分で討ち死にしている毛受愛沙に対して、景子は誇りたい気分だった。

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