第49話「夜間頻尿」

「夜、食事をすると、ものすごく水を飲むんです。その時の水が、また、美味いこと。酒よりも水が美味いと感じるほどなんです」


「それは、たぶん糖尿病の始まりだと思いますよ。体が痒かったり、足の先にしびれはありませんか?」

 早坂さんの健康教室で武田がたずねている。


「糖尿病ですか……私も薄々わかっていたんですが、なるべく甘いお菓子は食べないようにしてるんです」


「歳を取ると、甘い物を分解する力が減っていると思いますよ。若い頃みたいな食べ方をすると朝まで尿に糖分が残ってしまうと思います」

「朝まで残るんですか?」


「そうなんです。そうだ、あれを使えばすぐにわかりますよ」

 早坂さんは、奥から何か持ってきた。


「これですよ、これ!」

「それは、前に早坂さんにもらった健康診断で尿検査で使うやつでは?」

「そうです。尿に浸して尿糖を測る試験紙です。尿糖検査薬と言って、ドラッグストアで売っているので簡単に手に入ります。夜中にトイレに起きたら専用の容器にオシッコを入れて尿の量と、この試験紙で尿糖を毎回測るんです」


「毎回測るんですか!?」

「私は100円ショップで透明なプラスチックの容器を買って来て、それに尿をいれるんです。100ml単位で目盛りが付いて500mlまで測れるので夜中の尿量をたまに測るんです」


「早坂さんも測っているんですか?」


「尿が近くなったとか、食べ過ぎて血糖値が高いかなと思ったら測りますよ。普段は200ml程度あれば正常ですね。寝て起きた時は500mlくらい出る時もあります。試験紙で測ると食べ過ぎで糖分が高いとか、甘い物の取り過ぎだなんて、すぐにわかりますよ」


「病院でも排尿日誌を付けてくださいと日誌をもらったことがありますが、まったく付けてないんです。容器に尿を入れるってのが違和感あるんですよ」

「慣れればなんでもないですよ。何リットル出たかなと見るのが楽しいですよ」


 ❃


 武田は100円ショップに行き、料理用のプラスチックの容器を買った。透明で中の見える物で500mlまで測れるものだ。


 100円とはいえ、料理用の道具にオシッコを入れるなんて、バチが当たるんじゃないかな?


 武田は妙なことを気にしている。

 確かに、料理用の容器にオシッコを入れれば自衛隊では大変なことになるが、家庭でやる分には問題はないだろう。


 ドラッグストアにも行き尿糖検査薬を探した。検査薬を見つけたが、いろいろあった。潜血、蛋白、尿糖、他にも複合して測れる物があり、武田は混乱しながら、確か尿糖だったなと思い、尿糖だけを測れる物を選らんだ。値段は100枚入って1,000円程度だった。

(意外に安いんだな、医療用だから1枚100円くらいすると思っていた。これなら一晩に何回も測っても大丈夫だ)


 ❃


 家に帰り夜間頻尿にそなえる。

 マナミとタケルにも尿を入れる容器についても話した。

 前に病院でもらった排尿日誌を探したがみつからなかった。


 武田は夜中に多いときは2時間に1回トイレに行く。



「本当に料理用の容器にオシッコをしてもいいのかな?」

 疑問をもちながら容器にオシッコをする。

「200mlか、200ml溜めれれば膀胱は正常と言ってたな……俺の膀胱は正常なのか?」


 その後も夜中にトイレに行くたびに容器にオシッコをした。

 尿糖検査薬も使い尿糖を測るとプラス3(多めに検出)で、朝の尿でもプラス1(少し検出)だった。


「俺の尿は糖分だらけなのか?」


 自衛隊時代は尿糖検査で異常は出なかった、しかし、今や甘い缶コーヒーにスナック菓子を食べて運動をしていない。しかも年齢も上がっている。

 武田は糖尿病予備軍だと初めて自覚した。


 その後も夜間の尿は容器で測り、尿糖検査薬も使った。


 ❃


「白米を食べ過ぎても尿糖は上がるんだって、スナック菓子や揚げ物も食べ過ぎたらダメだってさ、日本酒も糖分が多いし、小麦粉も血糖値は上がるんだって」

 マナミが糖尿病の本を買って読んでいる。


「昔は、白米を山盛りにして食べるイメージがあったが、あれは金持ちのイメージだったのか?」

「お父さん、白い食べ物は血糖値を上げやすいんだって、精製された砂糖や白米、小麦粉なんて血糖値を上げるって」


 武田家では、白米に押し麦を入れ、砂糖も黒砂糖に変えた。

 武田自身も甘い缶コーヒーはひかえ、スナック菓子もなるべく食べないようにした。


 尿糖検査薬を使うことで、食べ物と血糖値の関係もわかってきた。


「山盛りの白米と日本酒にメザシがおかずなんてのが俺のイメージだったんだが、実際は違うんだな……」


 食べ物と食べる量を考えて、実際に尿糖検査薬で測ることで、徐々に武田の夜間頻尿は減っていった。

 今では、料理用の容器にオシッコを入れることも、まったく平気で、なんの罪悪感も感じなくなっていた。

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