第48話「藤岡さん」

 「武田さん、新しい期間社員の藤岡さん。一緒に積み付けやってもらうから、教えてあげて」

 坂本班長が新人の50歳くらいの男の人を連れてきた。

 

 武田がもうはや教える立ち場である。

 ひとりでやらるのは大変だったので新たらしい人が来てホットしていた。


 藤岡さんに積み付けを教えるが、ダンボールの向きを良く間違える。

 ダンボールを積む時は日付けとラベルを外側にしなければいけない。

 積み方もぎこちない。


(あ〜っ、やっぱり、最初はこんなもんなんだな。俺もできが悪かったわけじゃないんだ)


 藤岡さんは、悪気は無いのだろうが、話しをするとタメグチで話す。

 武田は自衛官時代は階級の厳しい社会なので先輩には必ず敬語を使うのがあたりまえだった。

(いちおう、この会社では俺が先輩だし、歳も上だろうから敬語で話してほしいけど、あんまり偉そうに話すのもなんだしな……)


 話しをしていると、藤岡さんは55歳で、中学校を卒業して職業訓練校に行き溶接を習い、鉄工所に就職して溶接の仕事をしていたらしい。

 ある日、仕事中に倒れてしまい、病院に入院すると倒れたのは熱中症だろうと言われた。溶接をする人は火花が体にかかるため、暑い夏でも長袖を着なければならなかったのだ。

 しかし、検査で脳を見ると脳の血管に動脈瘤が見つかり、まだ手術の段階ではないが、毎年1回は検査して下さいと言われた。


 病院を退院して、職場に戻り社長に脳動脈瘤の話しもして仕事を始めたが、数日後にまた倒れてしまった。

 社長は仕事中に亡くなられては大変だと思い藤岡さんをクビにした。


 藤岡さんは、溶接の仕事は辞めて、他の仕事を探し、この酒の工場で採用になった。


「溶接の仕事だったら、給料も良かったんじゃないですか?」

「あんまり良くないと思う。社長がケチで手袋も会社は月に1枚しかくれないし、溶接棒もケチるから、出来の悪い製品が多かった。ボーナスも1ヶ月分くらいだもん」


「そ〜なんですか、鉄工所は高給取りのイメージがありましたよ」

「社長がケチだからね〜自分は外車に乗っているけど、とにかく社員の福利厚生は何にも無かった」


 藤岡さんは、メガネを外し武田に見せた。

「溶接をすると段々と目が悪くなって、今ではメガネが無いと全然見えない」

 武田は藤岡さんのメガネをかけてみたら、度がキツイ!

「普通のメガネに見えるけど、凄く度がキツイですね」

「それは普通のレンズに見えるけど、本当は牛乳瓶の底みたいな度数のレンズで、80万円もしたんだ」

「え〜っ、これが80万円!」

 武田は、そ〜っとメガネを藤岡さんに返した。


「溶接で強い光を見ると目が焼けて痛いんだ。溶接用の面のすりガラスも会社は、あんまり用意してくれなかったし、仕事が終わったあとも涙が止まらなかった」

「それは悲しくて?」

「いや、単純に目が痛くて……」


 溶接にもいくつか種類があり、腕によってはかなりの高給取りになるらしい。

 例えば、船の溶接や、圧力容器など、絶対に漏れがあってはならない物の溶接は資格試験も厳しいらしいが給料が段違いらしい。藤岡さんはドアの溶接などが多かったようだ。



 数日すると藤岡さんも積み付けに慣れてきた。武田は藤岡さんがひとりでも積み付けができるようになったのでトイレの心配が無くなった。

 いままで控えていた缶コーヒーも昼食の後に飲んでいた。


 仕事中にトイレに行きたくなっても藤岡さんにまかせられるので、気軽に行けた。

 家に帰っても、控えていたお菓子をバリバリ食べた。ポテトチップはあっという間に一袋を食べ、二袋食べることもあった。


 いままで我慢していたぶん、お菓子もコーヒーも食べ放題になると、また夜間頻尿がひどくなってきた。


 ❃


 武田の自宅。

 マナミが武田に話す。

「お父さん、夜間頻尿がすごいね。前は1〜2回だったのに、最近は3〜4回いってるんじゃない?」

「あ〜っ、お菓子を食べるからかな? ケーキみたいな砂糖の掛かっているのはさけているんだけど、スナック菓子でも血糖値はあがるのかな?」


「お母さんが出ていったのもわかるわ、こうトイレに行かれては寝てられないもの」

「しかたないだろ、オシッコが出るんだから、俺もお母さんに言われてオシッコの後は便座や床もトイレットペーパーでさっと拭いてから水で流すようにしてるし、ドアだって夜中は音がしないように閉めているんだ」


「ま〜ね。トイレは綺麗になったけど、水の飲み過ぎじゃない?」

「たぶんな〜 晩飯のあとの水がたまらなく旨いんだ。酒呑みも同じ気持ちじゃないかな?」

「いや、いや、お父さんのは水だから、しかも水道水……」

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