第46話「雇用契約」
検ビンをしている期間社員の女性、斉藤さんが、会社から雇用契約を継続されないと言われた。
半年ごとの雇用契約で問題がなければ継続になるのだが、斉藤さんはナルコレプシー(睡眠障害)で仕事中に寝てしまう。
不良品のビンを流されたら会社としても損害が出てしまうのでしかたないのだ。
検ビン以外の仕事も充填させる空ビンを入れたりしていたが、そこでも寝てしまう。
斉藤さんは病院で睡眠障害の診断書をもらい薬も飲んでいるが、病気のため寝てしまうのだと主張したが、会社側は病気でも仕事中に寝てしまうのは困ると雇用契約はされなかった。
斉藤さんは夕礼で、皆んなの前で雇用契約をされなかったことを嘆き、泣いていたが、どうすることもできなかった。
これは斉藤さんのせいではないが、実際に酒を入れる充填機のパッキンが欠けているのが見つかり、異物混入で酒のビンを探したことがあった。生産を中止して、二日がかりで梱包された製品をほどきやっと見つかった。
❃
実は熊田さんは、酒の製造が終わると、掃除をしないでよくさぼる。
他の部所の人の所に行って話し込んだり、休憩室に隠れてスマホを触っていたりする。
午後から製造がないときは掃除を嫌がり有給を使い帰ってしまう。
坂本班長は清掃も大事な仕事なんだからするようにと注意するが、熊田さんは清掃を嫌がった。
期間社員の女性の間では、熊田さんも雇用契約の継続は難しいだろうと噂されていた。
熊田さんも病気のせいなのか、妙にテンションが高い時がある。
抗うつ薬などを飲んでいるからかもしれないが、他にも何種類も薬を飲んでいるらしく、元気な小学生みたいな日があり、とてもうつ病には見えない。
睡眠薬は毎晩飲まないと眠れないと言っていたし、肝臓もかなり壊れていて、胸が女性みたいに盛り上がったことがあるらしい。
❃
雇用契約の更新は入社した日により違い、契約終了の1ヶ月前に会議室に呼ばれる。
熊田さんが会議室に呼ばれた。
職場に戻ってきた熊田さんは、
「俺はもう仕事をしない」と言っていた。
翌日、熊田さんは仕事に来なかった。
「武田さん、熊田さんが休んだから、悪いけど、しばらく積み付けひとりでやってくれるかな? 手が空いた人がいたら呼ぶから」
坂本班長に言われた。
ひとりで積み付けは、できないことはないが、けっこう大変だった。
ダンボールを止めるのりの調合が悪いと、ダンボールの上下が開いてしまうことがある。熊田さんがいれば積み付けの横に机があってグルーガンというものでダンボールが開いた部分を治せたが、ひとりでは無理だ。
しかたなくラインを停めてしまう。
時間が空いた他のラインの女性が手伝いにくるが、二人で1個のダンボールを持って積む。ダンボールは1個10kgだが、女性には重いようだ。
「熊田さん、雇用契約、継続されなかったみたいよ」
手伝いにきた中年の女性が言う。
「あ〜っ、やっぱり。雇用契約で会議室に行った翌日から仕事に来なくなったんですよ」
「有給が残っているから、全部使うつもりなんでしょうね。もう、次の仕事を探しているのかしら?」
「有給ですか……」
「熊田さん、娘さんがいるんだけど、発達障害で寝たきりなのよ。たまに車椅子に乗せて病院やゲームセンターに行くんですって」
「へ〜っ、それは初耳です」
「生まれつきの障害で二十歳になるんだけど、最近、幻聴が聞こえるって病院に連れて行ったら頭に電気をかけられて娘さんが泣いたって言ってたのよ」
「頭に電気ですか……」
「熊田さん自体も病院に行って薬を飲んでるらしいわよ」
「あ〜っ、そうですね……」
(うつ病というのは、皆んなには言ってないのか? しかし、妙に明るいから、躁うつ病じゃないのかな?)
「熊田さん、何かの店を出して失敗して、借金があるらしいのよ」
「借金があるんですか?」
「そうなのよ、二千万円の借金があるって、前に言ってたのよ」
「二千万円! それは、この仕事をしていては返せないんじゃないかな?」
「無理でしょう。時給いくらの期間社員だから、毎月2〜3万円返したって返しきれないわよ」
「そうですね、ここは期間社員にはボーナスも退職金もない……」
「もう、本人、やけになっているようで、坂本班長の言うことも聞かないし、仕事もどうでもいいって態度だから、前に坂本班長と言い争いになって坂本班長が『帰れ』って言って、朝に熊田さんが帰ったことがあったの。病気もあるし、生活保護をもらったほうがいいんじゃないかしら? 斉藤さんも生活保護を申請するって言ってたわよ」
「生活保護って、簡単にもらえるんですか?」
「わたしは、よく知らないけど難しいと思うわよ。斉藤さんは、この工場に来たときは仕事中に寝なかったんだけど、だんだん寝るようになって、最近はひどかったから、退屈な仕事で病気が悪化したのかもね。他の仕事についても寝てしまっては仕事にならないもんね」
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