第37話「工場のトイレ 」
武田の働く酒の工場は、別の所で酒を造ってタンクで運ばれてくる。それをビンに詰めているのだ。
しかし、衛生管理は厳しく工場内にトイレは無かった。
トイレに行くには、工場の隣りに建物があり、両端に二箇所トイレがあった。
製造中に休憩時間は無く、日本酒の場合は約2時間の製造なので製造の前後に従業員はトイレに行っていた。
日本酒は、いったん加熱して熱いうちにビンに詰めなければいけないので製造中にラインを止めることはできないのだ。
焼酎は加熱しないので朝から夕方まで連続で製造される。
女性達は交代でトイレに行っていた。
ちなみに焼酎には賞味期限は無く表示もされていない。アルコール度数が高いので菌がつかず腐敗しないらしい。
❃
武田は、入社して約1ヶ月がたち、いよいよ一人で機械を動かす日が来た。
初日は焼酎である。
工場は朝8時から始まり、製造の準備をして9時前からの製造になり12時から13時まではお昼休みである。
13時から16時まで製造して16時30分に終業である。
武田は機械を動かす不安もあったが、トイレがもつかという不安の方が強かった。
9時から12時までの3時間と13時から16時までの3時間。武田は機械のオペレーターなので途中に交代してくれる人はいなかった。
唯一、交代できるのは三島だが、三島にはトイレ交代をするという考えもなかった。
工場で働く人は契約社員の女性が多く、半年ごとの契約更新になるが30年40年と長く働いている女性が多く、その結束は硬かった。
その反面、新人の女性には厳しく仕事を覚えられずに間違う者には容赦はしなかった。
それゆえ入社してすぐに辞める女性は珍しくなかった。
武田の担当する焼酎の製造は最初の機械の設定をすれば、あとは終わるまで機械が自動でやってくれるので、異常がなければ見ているだけなので体力的には楽な仕事ではあった。
最初の機械の設定が終わった。
焼酎が詰められたビンが流れてきた。
ビンが6本貯ると機械が自動でビンを持ち上げダンボールの箱に入れる。
「よし! 上手く入った!」
武田は、自分のやった設定で上手くダンボールの箱にビンが入るかドキドキだったが上手く入った。
「いいぞ、順調にできるじゃないか!」
ダンボールに入った焼酎は自動で次の計量する機械に運ばれて計量が正常なら、次は自動でダンボールの上の部分をガムテープでテーピングする機械に運ばれる。
テーピングされた箱はラインを回り自動でパレットに積む機械の前で止まる。
機械が焼酎の入ったダンボールを持ち上げパレットに綺麗に積んでいく。人間が積むより正確である。
ここまでが武田の担当する仕事である。
機械の設定さえ間違えなければ特に問題はない。
機械は順調に動いていた。
お昼休みに機械を止めて食事である。
武田は、朝から食事もとらず水も飲んでいなかった。
水を飲まなければ3時間トイレに行かなくてもなんとかなった。
「よし、いいぞ。順調に出来るじゃないか!三島さんが教えてくれないから、仕事を見ながら機械の説明書を頼りにやったが大丈夫だ!」
武田は上手く機械の操作が出来て嬉しくなり普段は買わない会社にある自動販売機で缶コーヒーを買って飲んでいた。
昼の食事中も気が緩み水やお茶も飲んでいた。
午後からの仕事。
焼酎は一日中同じ物なので、午後から機械を動かすのもスイッチを入れるだけだった。
焼酎にはペットボトルの物とガラスのビンの物があり、武田が担当するラインはガラスのビンが流れるラインで、少し高級な焼酎である。
「15時か、そろそろ膀胱が限界だ、調子にのって缶コーヒーまで飲んじゃったもんな。仕事が終わる16時まではもたない。しょうがない、トイレに行くか、朝から異常はないし大丈夫だろう」
焼酎を製造する時、オペレーターがラインから離れてトイレに行くのは黙認されていると三島から聞いていた。
すぐに戻れば大丈夫だ……
そう思いトイレに行く武田。
実は、武田の担当しているラインは、けっこう古くてガタがきていた。
特に酒の重さを計る計量機は計量する時にかなり揺れるのだ。
三島は、このことを知っていて1時間に1回は計量機の周りのネジがゆるんでいないかチェックをしていた。
三島は、このことを武田には教えなかった。
武田がトイレに行った直後に計量機のまわりのネジがゆるみ焼酎の入ったダンボールが倒れてしまった。
ダンボールが倒れても自動で停止するという機能はなく、後ろからどんどんダンボールが流れてきて、とうとう焼酎の入ったダンボールがラインの上から落ち始めた。
武田は工場の隣りの建物に行きトイレでオシッコをしていた。
しかし、すぐには工場に戻れない。
まず手に持つタイプの粘着ローラで体中を転がしゴミや髪の毛が服に付いてないかチェックしなければならない。
次に液体石鹸で手を洗う。
そしてアルコールを手にかけてようやく工場に入れる。
時間にすると10分くらいかかってしまう。
武田が持ち場に戻ると焼酎の入ったダンボールが床にたくさん転がり、ガラスのビンに入った焼酎は割れて、床は水浸しならず焼酎浸しであった。
「なんだこりゃ〜っ!!!!」
武田は顔面蒼白であった。
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