嘘を一つ、吐きましょう。

月白ヤトヒコ

嘘を一つ、吐きましょう。



 婚約が、決まってしまいました。


 嫌だと、どんなに泣いてすがっても、覆らない。それが運命だというならば――――


 覚悟を決めることに致します。


 嘘を一つ、きましょう。


 身を守る為の嘘。


 周囲を欺く為の嘘を一つ。


 そして、擬態をするのです。


 王子様。わたくしの、婚約者となる王子様。


「貴方は、大切な方です」


 と、微笑みながらそれだけを言って、余計な口は一切つぐむことに致します。


 そう、全て・・が終わるまでは――――


❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅


 学園で、特別な女子生徒に溺れる王子様とその側近達の噂を聞きました。


 わたくしはただ、そんな現状をどうにかしようと思ったのです。


 貴方は、大切・・なのですから。


 その結果……


「愛されてもいないクセに、想い合っている二人を引き離そうとする、傲慢で滑稽な婚約者」


 そう、皆に嘲られてしまいました。


 そして、わたくしへ王子様から婚約破棄を突き付けられる――――


 その前に、彼らの企てていた計画が発覚。大人達に即座に叩き潰されて、全てが失敗に終わり――――


 わたくし達は、婚姻を結ぶことになりました。


 当初、周囲の大人達が意図していた思惑とは違った形で・・・けれど、婚約破棄はならず、ある意味では予定通りに。


 卒業を待たずに、王子様とわたくしとの婚姻が早められてしまったのです。


 そして、密やかな……いいえ、本当は恥を隠してしまいたいという思惑の透けて見える、お互いに婚姻届けに署名するだけの、誰も祝うことの無い結婚式が終了。


 そして、王子様だった・・・彼が、わたくしの家へと入ることになりました。


 神妙な様子で、我が屋敷へ来た彼は――――


❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅


「愛している。長いこと、君を待たせて悪かった」


 いいえ、そんなことはありません。


「そうか・・・やはり君は、わたしのことを愛しているのだな」


 れ言も機嫌取りの言葉も結構です。


 ――――よくある話をしましょうか。


 物語ではよくある、とてもありふれた話です。


 平凡だった娘が特別になり、王子サマに見染められて結ばれるシンデレラストーリー。


 それはきっと……


「あれはっ、一時の気の迷いでっ」


 そうですか。


「今は君だけ」


 ああ、そういうのは結構です。陛下に、わたくしの機嫌を取るように言われたのでしょう?


「・・・」


 図星ですか。別に構いませんけど。わたくし、あなたを愛してはいませんので、無意味ですが。


「え?」


 なに呆けた顔をしていらっしゃるのですか?


 わたくしがあなたを愛していないというのが、そんなに意外でしたか?


 ハッ、なにを今更。


「だがっ、君はこうしてわたしと結婚してくれたではないかっ!?」


 ああ、はい。婚姻は結びましたわね。陛下の命があったので。


「は?」


 王命でしたからね。一令嬢であったわたくし如きに、王命が断れるとでも?


「なん、だって?」


 ですから、王命ですわ。


 わたくしが陛下へ婚約解消を願い出ましたら、貴方の婿入り先が無いとのことで、どうしても貴方を娶ってほしいと頼まれましたの。陛下から直々にお願いをされたので、お断りすることができなかったのですわ。


「そん、なっ……」


 下賜、というていを取ってはいますが……


 ほら? 平民に入れ込んで婚約者を蔑ろにした挙げ句、冤罪を掛けて貶めようとて、けれどその前に計画が潰されて、公平さの欠片も無い、王族の適性が無い、恥晒しだと露呈しても、親は子のことが可愛かったようですわ。


「わたしを侮辱するかっ!?」


 侮辱? いえ、わたくしは単に事実を並べただけですけど・・・それが侮辱に聞こえたのでしたら、貴方の方に心当たりがある、ということではないでしょうか?


 まぁ、別にそんなこと、どうでも宜しいではないですか。


「そんなことだとっ!?」


 なにを激昂していらっしゃるのですか?


 相変わらず、器が小さい。


  クズ野郎が。


「お前っ!!」


 ああ、失礼。これも、どうでもいいことでしたわ。では、今後の生活に於ける決定事項を伝えます。


「今後の生活?」


 ええ、これからの生活についてです。『決定事項』なので悪しからず。


 決め事には従って頂きます。元王子とは言え、貴方は我が家へ降嫁して来たのですから。


 まず、夫婦としての触れ合いは一切不要です。


「は?」


 誰が好きでもない……いえ、むしろ吐き気がする程嫌いな男に触れさせると思いまして?


  想像するだけで、 怖気が走る 程気持ち悪い。


「ぇ?」


 なにを驚いた顔をしているのです? わたくしが貴方なんかを好きになる筈が無いでしょう。先程から申しておりますように、王命なので仕方なく……


 ええ、本当に、心底から嫌でいやで厭で堪らなくて、貴方との婚約を解消してくれと、父にも陛下にも泣きながら縋りましたが、それは叶いませんでした。


「お前は、俺のことが好きだから大切だと言って」


 ああ、単なる義務です。臣下として、王族の婚約者として、悪い虫を払うという務めを果たしたまで。まぁ、それは果たせませんでしたが。


  むしろ、 払いたかったのは この男だが。


「彼女は虫じゃないっ!?」


 ああ、そうですか。大切なのは、貴方自身じゃない。王子であるという貴方の身分・・で、一応の礼儀を通しておりましたが・・・まぁ、もうそれもどうでもいいですね。


 とりあえず、貴方のことが吐き気を催す程には嫌いなので、せめてもの抵抗に、「無理矢理娶せるのでしたら自死を選びます。毒杯をくださいませ」と陛下に直談判したところ、貴方との婚姻は形ばかりのもので構わないとの有り難いお言葉を頂きました。


 なので、わたくしが貴方とお話……いえ、顔を合わせるのは、今このときをもって最期と致します。


  清々するわ。


「な、にを……」

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