第89話:乱入。
突然別室へと連れ込まれ神妙な顔で何を言い出すかと思えば、勃起不全を治して欲しいと伯爵さまが言う。
治すことはやぶさかではない。過去に変態魔術師たちが必死こいた末に考案した、対応した魔術が存在するのだから。しかしまあ、教会もよく聖女にこんなものを教えたものである。
地位のある人ならば、子をたくさん残すのは義務みたいなものだ。ただ伯爵さまのように浮気癖が高い人は、面倒事の種をえっさほいさと蒔いているだけ。伯爵夫人はたまったものじゃあないだろうなあと、失礼を承知で伯爵さまをジト目で見る。
「治りますか、聖女さま」
先程、身を乗り出して制止したジークは元の位置へと戻っていた。背中に刺さる視線が痛いのだけれど、これは受けるなという無言の圧力なのだろうか。
割と深刻な顔をしている伯爵さまに、呆れ顔をしている伯爵さまの護衛数名と怒っている雰囲気を漂わせているジーク。そしてこの部屋の中に女であるリンと私。
「それは……施術をしてみて効果があれば改善できるはずですが……」
この魔術を教わったのには理由がある。こういう悩みで相談してくる男性お貴族さまは多いそうで、教会からすれば良い金蔓なのだろう。
そしてシスターや先任の聖女さまから教わったものではなく、神父さまから教えを受けた。一応、秘匿されている魔術だそうで、他言は無用と厳しく言い含められている。こういう依頼は年配の聖女さまや既婚している聖女さまへの案件なんだけれどなあ。予想外の個人依頼となるから、内容も予想外だった訳で。
「ですが?」
「原因を探らなければ根本的な解決にはならないかと」
「原因は加齢なのでは?」
もちろん加齢が一番の原因で簡単に説明しやすく理解も易いものだろうけど。他にも糖尿病や肥満に運動不足、心血管疾患や高血圧に頻繁な喫煙等々も原因にあがるし、他にも複合的な理由が重なる場合もある。
何故こんなに詳しいかと言えば、前世で職場の上司が酒の席、ようするに酔った勢いで不満をぶちまけたのである。ドン引きする女性陣と、まだ正気を保ち宥めている男性陣を尻目にお酒を嗜んでいた記憶が残っているのだから。
性欲は人間の三大欲求とも言うし捌け口を一つ失えば、そりゃストレスになるだろう。モテるなら尚更で、伯爵さまにはお金と権力があって、女好きときたもんだ。
そんなこんなで、一連の説明をしたあと感心したようにこくりと伯爵さまが頷くのだけれど、私は彼にこんなにも真面目に語っているのだろうか。本当お酒でも入ってればまた別だったのだろうけれど、成人してないので飲めないし。
「お詳しいのですね、聖女さま。――やはり貴女を選んで正解でした」
他の聖女さまも施術できます、とは言い出せず黙って伯爵さまの言葉を受け取るしかない私。治る可能性が出てきて安心したのかソファーの背もたれに背を預ける伯爵さまは、なんとも言えない幸せそうな顔をしていた。
「では早速ですが、施術をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「その前に確認したいことがあります。閣下、教会を経由しての依頼をお願いいたします」
面倒事には巻き込まれたくはないし、教会を経由していればソレが盾になってくれるから、正式依頼として受けたい所。
「いえ、それは無理な話でございます。――周囲に知られたくはないのでこうして機会を伺っておりました」
「施術の内容には守秘義務が課せられますので、ご安心を。あと一つ、私の護衛二人を伯爵邸に招き入れたのは、それだけの為だったのですか?」
「ジークフリードとジークリンデを我が屋敷に呼んだのは単純に私の子供が見つかったからです。――二人は私にそっくりだというのに、今まで情報が入らなかったということは周囲は承知の上で黙っていたのでしょうねえ」
いやはやマルクスの報告には驚きましたと言葉を付けたしたので、二人のことは本当に最近知ったようだった。
「あと守秘義務の件ですがね、そんなものはあってないようなものですよ。貴族出身の聖女は自分の家が有利になると考えれば、その義務は簡単に破りますし、脅されて喋らざるを得なくなることもあるでしょう」
だからこそ教会を経由しない個人的な依頼なのだ、と伯爵さま。彼の顔には気迫を込められているので、どうやら逃げることは不可能なようだ。
ならば諦めて施術をするかと気持ちを切り替える。もちろん寄付という名のお金をふんだくる腹積もりで。
「――ナイ、いいのか?」
「うん」
背を追って私の耳元で囁くジーク。もうこれは逃げられない状況だろうし、伯爵さまもある程度の覚悟を持って私に告げたのだろう。お世継ぎは居るし元気なのだから不要な気もするが、彼からすれば大問題なのだろう。伯爵夫人の気苦労が伺えるが、彼女の意思など無視される。
「お待ちください、聖女さまっ!!」
突然の乱入者にすわ何ごとかと、声が聞こえた方へと顔を向ける。それは伯爵さまもジークもそして護衛の騎士も同じで、一斉に部屋の扉へと向けられていた。
「なっ! どうして入ってきた!!」
「どうして入ってきたですって!? 侍女や侍従が部屋の外に立っていれば何かあったのだと推測は簡単でありましょうっ!!」
誰かと思えば伯爵夫人だった。すごい剣幕で旦那さまである伯爵さまを責め立てているのだけれど、この構図どこかで見たことがある。
あ、そうだ。マルクスさまとセレスティアさまの夫婦漫才だ。今目の前で起きているのは漫才というよりも、まさしく夫婦喧嘩と表現する方が正しいけれど。
「え、私がたたないことバレてたの!!」
幾度かの言い合いの末に伯爵さまが自爆した。私をこの部屋に招き入れた理由を夫人はこめかみを抑えて、もう一度口を開く。
「バレるもなにも、食事に盛っていたのですよ!! 節操のない貴方の為にっ! これ以上の厄介ごとを家に持ち込まないでくださいませっ!!」
あ、まさかの伯爵さまの不能の原因は奥方さまが薬を盛っていたようだ。本来なら犯罪だろうけれど、お貴族さまである。こういうことは時折あるらしく、死なない程度ならば良いらしい……。本当かどうかは分からないが。
「今の今まで貴方が持ってきた厄介ごとを、私は秘密裏に処理していたのです! それを! なにも! 貴方は理解もせず次から次へと乗り換える始末!!」
どうやら伯爵さまの女性遍歴は大変に素晴らしいもののようで。そしてその事後処理を伯爵夫人が行っていたと。
隠し子が居ればどこか遠くの領地へと転居させて生活を支援したり、婚姻先を探したり。それを引き換えに伯爵の子供だと名乗らないことを、一筆書かせたりと苦労をした……いや現在進行形で苦労していると。
「え、君が私に薬を盛っていたの……?」
「ええ、わたくしが! ――聖女さま、どうか今回の件はなかったことになりませんか?」
「勿論です。夫人から信頼を得られているとは到底思いませんが、此度の件は閣下と楽しくお話をしていただけということに」
ジークとリンが伯爵さまの隠し子だったということで、長い時間一緒に暮らしている私からの近況報告を聞いていたとでも言えば信憑性はある程度あるだろうし、この部屋にいる護衛の人たちにもそう証言して貰えば良いだろう。
「助かりますわ。――皆もそういうことにして頂戴」
奥方さまの言葉に一同騎士としての礼を執り、私は聖女としての礼を執る。そうし伯爵さまは奥方さまに首根っこを掴まれ部屋から出ていく。
クルーガー伯爵家って本当によく貴族として成り立っているよなと疑問符を浮かべると『代々奥方さまが支えている』とセレスティアさまの言葉が蘇る。
そういうことかと納得しつつ、マルクスさまもセレスティアさまに婚姻後はしっかりと手綱を握られるのだろうなと、伯爵家の家令に玄関まで案内されながら微妙な心境で伯爵邸を後にするのだった。
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