第29話:肉。

 殿下たちとヒロインちゃんとばったりと出くわしお小言を貰ったのだけれど、勝手に盛り上がって勝手に去っていった。

 去り際にヒロインちゃんが、彼らに見えない角度でにやりと笑ってた。どうやら前回の話し合いで嫌われたのだろう。


 「……災難だったな」


 「側にいてあげられなくて、ごめんね」


 水を確保して戻ってきた二人は戻ってすぐ、私の話を聞いて頭を下げた。


 「大丈夫。むしろあんな所に二人が出くわさなくてよかった」


 ジークとリンは私と一緒に居ることで受けてしまうとばっちりだ。聖女として行軍している時も、時折お貴族さまからお小言を頂くことはあった。『こんなみすぼらしいのが聖女……』『子供になにができるというのだ……』とか。他の聖女さまはぼんきゅぼんの人が多いし、見目麗しい人が多いので私に向けた『みすぼらしい』という言葉は正解である。

 わざわざ口に出す必要はない気もするけれど。どうにも、お貴族さまはこうしてマウント合戦をしたがる人が多い。


 「ああ、居たな。ほら、さっきの肉だ、受け取れ」


 顔見知りの軍人さんは私たちを探していたようだ。小脇に肉を抱えたまま、暫くさ迷っていたのだろう。


 「ありがとうございます、助かりました」


 「いんや、俺たちも配給食だけじゃあ足りんからな。任務中で狩りも出来ないから助かった」


 例年より警備の人数が多いので、人手が余っていたのだろう。余裕がなければ肉を運ぶだなんて申し出はなかったはずである。


 「上手いヤツに捌かせておいたから、あとはお前たちで好きにしろ。――そうだ、捌いたヤツが今度一緒になった時に教えてやると意気込んでいたぞ。食える所を無駄にした素人の捌き方だと嘆いていた。じゃあな」


 有難いことに、こうしていろいろと知識が増えていく訳である。布に包んでいた肉を渡してくれた彼は、片手を挙げながら去っていく。手渡された肉は随分とあるので、三日間そうそう飢えることはなさそう。


 「ん?」


 抱えてた肉に違和感があったので、その場で開けてみる。


 「どうした?」


 「?」


 「お肉以外に、なにか入ってる」


 三人で見ると中にはレモンが一個入っていた。肉にかけて味変でも楽しめという気遣いと、肉の礼も含まれているのだろう。

 

 「律義だね」

 

 肩を竦めながら笑うと、ジークとリンも笑う。


 「火熾して、ご飯の準備するね」


 そろそろ陽が沈み始める頃合いなので、明るいうちにやれることはやっておきたい。


 「なら寝床やら準備しておく」


 「私は?」


 こてりと首を傾げたリンにジークがこっちを手伝ってくれと言っているので、調理に関わる気はないようだ。


 前世で自活していたので一通りの家事はできる。道具が全く違うのは頂けないけれど、もう慣れた。支給された麦と塩に持参してきた底の浅いダッチオーブン。大きなものは流石に移動の際に疲れてしまうので、小さめを用意したのだ。それでも重いけれど、重宝する。麦粥を三人分用意するくらいならなんとかなるし、煮る焼く蒸すなんでもござれなのだから。


 周囲のみんなはサバイバルに慣れている人と慣れていない人に別れていた。


 寝床造りや火熾しに悪戦苦闘している人もいれば、さっくりと済ませている人に寝袋だけだして広場をウロウロしていたりと様々で。初日なのでご飯抜きで過ごそうという猛者もいるようで、火熾ししている合間に視線を向けるとそれぞれの特徴がでていて面白い。


 「――さて、美味しいものが出来るといいんだけれど」


 そうはいっても麦に塩で味付けしただけなので、期待は出来ないなあ。孤児時代ならばこんなものでもご馳走だったというのに、この数年で美味しいもののレベルが上がってる。肉があるので、そっちに期待だなあと横目で見ながら、沢の水を一度煮沸し粗熱がとれたら違う革の袋へと流し込む。これで飲み水の確保は完了だ。


 持参していた水というか、ワインを水で薄めたもの――アルコール度数は低い――を用意していたけれど、量を持てないので現地で確保することにしていた。水場は見つけたのでちびちびと飲む量を考えながら消費しなくてもよくなったので、水場を見つけられたことは有難かったし、粥に使うと味が移るので使いたくなかったのだ。


 小さく鼻歌を口ずさみながらぐつぐつと煮えてくる鍋を見つめてると、陽も随分と落ちてきており西の空は茜色に染まり、東の空は藍色へと変化していた。もうすぐ一番星――金星じゃあないけれど――がみられるなあと鍋から視線を外して空を見上げるのだった。

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