第20話:牽制。

 食堂で昼食を取って残りの休憩時間を潰そうと、陽の光が当たる中庭の木陰へと向かい、図書棟で借りた本を手に取って読んでいた。

 ジークとリンは授業終了が遅れ食堂へやってきたので、中庭にいることを伝え私は先に出ていた。広い食堂だけれど、ほとんどの席は貴族専用だ。

 庶民である私たちの席数はかなり限られているので、食べ終えると次の人に席を譲るという暗黙のルールが存在していた。まあ貴族の人と一緒に食事を摂れる時点で、恵まれているよね。欧米社会じゃあ、ホワイトカラーとブルーカラーは一緒に食事を摂ることはない――日本が異端らしい――と聞くのだから。社会的背景は違うかもしれないが、似たようなものだろう。


 木陰になっている芝生の上にハンカチを敷いて座って手元の本に目を通しながら、ゆっくりとした時間が流れていた。


 「――?」


 唐突に、本に影が差した。ジークとリンがようやくやって来たのかと顔を上げると、意外な顔ぶれが並んでいる。


 「おい、貴様!」


 第二王子殿下を一番後ろにして、残りの取り巻きというか側仕えというか将来を約束されている四人が、彼を守るようにして立っている。私に声を掛けてきたのは赤い髪が特徴の近衛騎士師団長の息子であり伯爵家嫡男のマルクス・クルーガーさま。ジークとリンと同じ赤色の髪が特徴であり、優秀な騎士を多く輩出する家系の為か短く切りそろえている。

 顔も良いし鍛えているから肉付きもいいのだけれど、背はジークの方が少し高い。今ですら大人たちの身長を超えているというのに、まだ成長は止まっていないそうでジークはどこまで成長するつもりなのか。


 「はい?」


 座ったままという訳にもいかず本を置き、ゆっくりと立ち上がってお辞儀をした。


 「お前は昨日アリスになにを言った!」


 多数で一人に詰め寄っているんだけれど、この状況は第二王子殿下にとってブーメランとなっているのだけれど、気にしないのだろうか。ああ、そうか。今、私の目の前ですごい剣幕で怒っている彼の諫め役としてついて来たのかもしれないし。


 「……もう少し自分の行動を省みろとお伝えしました」


 「なにが省みろだっ!! お前の所為でアイツは……アリスは泣いたんだぞっ!」


 泣いても喚いても、大人たちに伝われば引き裂かれる関係だ。それならば双方ともが納得して離れた方が傷は浅く済むからと考え、彼女に伝えたつもりだったのだけれど。どうやら伝え方が甘かったようで、別れることに対して哀しみを覚えてしまったようだ。


 「貴族さまと平民では背負うものが違い過ぎます。――線引きは必要かと」


 彼らも彼らだ。本来ならば彼女を突き放すべきなのにこうして、庇っているし。どういうつもりなのか聞き出したい所だけれどそれは出来ないので、彼らの言動で判断しなければならなく解決する為の難易度を上げてしまってる。

 彼らや彼女とは友人という訳でもないし放っておいてもいいのかもしれないが、最悪の事態になった時の周囲の影響を考えると頭が痛くなってくる。出来れば、学院内で穏便に解決して欲しいというのが本音だ。


 「……っ!」


 私の言葉に思うことがあったのか赤髪の彼は口を噤む。入れ代わりに緑髪の側近であるユルゲン・ジータスさまが私の前へと立った。


 「確かに我々は貴女とは違い、多くのモノを背負っているのは事実。ですが、彼女を……誰かを傷付けることは悲しいことではありませんか?」


 このやり取りを交互にこの五人とやらなきゃならないのかと、眩暈を覚える。でも逃げるわけにもいかないので、非礼がないように答えなきゃなあ。


 「メッサリナさんを傷付けたというのなら、後で彼女と話して必要であれば謝罪をいたします」


 あまり彼らに言い掛かりをつければ不敬といわれそうなので、中途半端なことしか言えない。ぶっちゃけ、本心をぶちまけられるなら一番楽で良いんだけれど。

 そうすると後ろ盾の公爵さまや教会に迷惑がかかる。一応聖女という立場で、王国の防御壁を張る魔術陣に魔力を提供できる数少ない人間の一人であるから、少々の不敬なら見逃されるかもしれないが。


 ただ下手に彼らを怒りを買えば、王城にでも監禁されて魔術陣に魔力を提供するだけの人生を送らされそうだ。そうできる権力を持っているだけに不興は買わない方が賢いだろうし。


 「ナイ。――どうした?」


 ざりと土を踏む音を立てて、聴き慣れた声がこの場に響く。


 「っ!」


 しまった。ジークとリンとは後からここで合流すると話していたのだった。殿下方の顔が見えなかったのか、それとも故意なのかは分からないが……いや、ジークならこの状況を見て故意に声を掛けたのだろう。


 「これは失礼いたしました、殿下、みなさま方」


 間髪入れずに、不敬を働いたことに対する謝罪の為に、丁寧な教会式のお辞儀をするジーク。教会騎士なので礼儀作法は仕込まれているのだけれど、自分たちもこの状況に加わる為の方便である。私を庇うようにいつの間にか側にいるリンもいた。

 小さく誰にも聞こえないようにありがとうと口にするけれど、彼らまで巻き込む訳にはいかない。どうするべき、か。


 「――ヘルベルト殿下、このような場所でどういたしました?」


 また新たな人物が現れる。その人は第二王子殿下の婚約者であり、公爵令嬢さまであるソフィーアさまだった。

 いつもならばこの場所に近づかない人なのだけれど、殿下の姿を見たからやってきたのだろうか。私に刺さっていた五人の視線が、彼女へと移る。


 「ソフィーアか……なにしに来た?」


 殿下とソフィーアさまが顔を合わせると、露骨に不機嫌さを露にする彼。あれ、二人の仲はあまりよろしくはなさそうだ。そういえばクラスが一緒だというのに、二人が並んでいる所を余り見ない。むしろ殿下とヒロインちゃんが一緒に居る所をよく目にする。


 「所用があり中庭を通っていれば、殿下のお姿が見えましたので。なにかお困りごとでもあったのかと」


 他人の目がある所為なのか、婚約者同士というよりも主と臣の関係のようだった。――いや、うん、まあ、そうなんだけれど。いつから婚約関係にあるのかどうかは知らないけれど、もう少し砕けた感じでも良いような。特進科内では殿下とソフィーアさまが婚約者であることは周知の事実だし。


 「はあ。城での貴様の口うるささにはほとほと呆れている。俺が学院で何をしようと自由だろう、放っておいてくれ。――みんな、戻ろう」


 滅茶苦茶おおげさに溜息を吐いて殿下が割と酷いことを言い放ち踵を返すと、それに倣うように他のメンツもこの場を去っていく。


 「――アイツは……」


 ジークとリンの顔を横目で一瞬確認して、聞こえないように口に出したのだろうけれど風に乗ってその声が微かに聞こえてしまった。


 「行くぞ、マルクス」


 「っ、はい!」


 二人と彼との間になにかあるのだろうかと訝しむけれど、貴族さまと孤児に繋がりなんて早々ある訳はない。気の所為だと頭を振ってソフィーアさまへと向き直り三人で一礼する。


 「殿下方になにを言われた?」


 不機嫌そうな顔を引っ提げ、様子をうかがうようにじっと見つめるソフィーアさま。婚約者である殿下のことだからこうして情報収集も兼ねているのだろう、マメな人だ。


 「大したことではありません。昨日にメッサリナさんと話した内容を聞かれただけですので」


 嘘は吐いていない。二人には詰め寄られたけれど、殿下からは結局なにも言われなかったのだから。


 「……本当だな?」


 「はい」


 ソフィーアさまはこうして会話を交わしている時は視線を全く外さない。彼女自身の意思の強さなのか、はたまたそうであれと教え込まれたのか。年若いのに実行できているのは凄いことだ。私の言葉を聞いて、薄紫色の目を軽く瞑り、もう一度開く。


 「わかった。――貴様が不用意に殿下方に近づくとは思えんが、距離を誤るなよ?」


 「肝に銘じておきます」


 ヒロインちゃんのように無邪気に振舞えれば一番簡単なのだけれども。


私が一番踏み込めるのはヒロインちゃんだから、昨日彼女と話したというのに事はそう簡単に運ばなかった。昨日のあの短い時間で納得できるような子であれば、そもそも殿下方や殿方たちに近づきはしないだろうけれど。


 「そうしてくれ」


 本当はソフィーアさまにもどうするつもりなのか、聞きたい所ではある。あるのだけれど身分差があり過ぎて迂闊に踏み込めない。

 

 「はい」


 「ではな」


 そう言って去る彼女の背中を見送ったのだった。

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