第18話:教室にて。

 ――誰か胃薬を下さい。


 聖女なんだから胃痛なんてテメーで治せばいいじゃないかと突っ込みが入りそうだけれど、残念ながら己に自分の魔術は掛けられないタイプの人間だった。

 以前、腕を自ら折って教えを乞うていたデンジャラスなシスターに、小さなナイフで腕を浅く切られ笑顔で自分の魔術で治しなさいと告げられ、魔術を発動したものの自分には効果がなかった。

 デンジャラスシスターにも人の心が備わっていたのか、慌てた様子で治癒魔術を掛けてくれた経緯があったりする。誰かに頼むと依頼料もしくは寄付が必要となるので、我慢できる痛みならば我慢するしかない。


 「あーら、ソフィーアさんっ! あなたの寄り子を使ってみっともなく平民を脅していると耳に挟みましたわ。――公爵令嬢としての自覚はあるのかしら?」


 ソフィーアさまが自身の机でハードカバーの本を読んでいると、仁王立ちをしながら鉄扇をばさりと広げ、随分と高圧的な態度と言葉をとっているのは辺境伯令嬢であるセレスティアさま。

 いつもテンションが高いけれど、ああ見えて優秀らしい。人は見かけによらないけれど、公爵令嬢に言い寄っている時点で愉快な人認識になってしまったのだけれども。


 「は、どういうことだ? 仮に私がそれを命じた所で一体なんの得がある、意味がない。――それに貴様もその私と同じことをしていると聞いたが?」


 「は?」


 読んでいた本から目線を外し真顔で答えたソフィーアさまの言葉に、きょとんとした辺境伯令嬢さま。


 「…………?」


 すわ龍と虎の対決かと教室の片隅で静観していた人たちの間と二人との間で時が止まる。あれどうしたのだろうと疑問を浮かべると、辺境伯令嬢さまが片眉を上げて口を開いた。

 というかヒロインちゃんに取り巻きの人たちを寄こしたのはどうやら彼女たちではないようだ。ならば自主的な行動だったのだろう。どちらにしてもその行動の責任は今対峙をしている二人に行きそうだけれどねえ。


 「――何故わたくしがそのようなみっともないことをしなければならないのです! コソコソと下の者をやるくらいならば、暗殺や毒殺でも企てた方が手っ取り早いでしょう。それにくだらない者であれば首を叩き斬ってくれましょう!」


 傷モノにすると言わなかったのは情けだったのだろうか。貴族の人たちの間では純潔が重んじられているから、結構な問題なんだよね非処女であることは。

 そういえば平民だとそのあたりは少々ガバいのだけれど、大丈夫かなあヒロインちゃん。まあお金持ちの商家出身だから貴族に嫁いだり、婿を取ったりすることもあるだろうから、教育は施されている…………はずだよなあ……。


 「確かにそうだがバレた時に不味い、己の権限で勝手に平民を斬るなよ。――まだ学院生なのだから、行動に起こすな」


 言っていることが危ない人そのものだった。はあと溜息を吐いて片手で顔を覆って頭を振ってはいるものの、ソフィーアさまは成人したらオッケーのような口ぶりだし貴族怖い。というか平民をそう簡単に殺めないでください。そして周りの貴族の人たちも頷かないで……。


 「あら、殿下のお心を引き留められない貴女に言われる筋合いはありませんね!」


 「それはお互い様だろう。立場的には貴様の方が不味いのは理解しているのではないか? アレを御せていない時点で無能を晒しているようなものだぞ」


 近衛騎士団団長の子息は確か伯爵家出身、そして彼女は辺境伯令嬢である。同じ伯爵位といえど辺境伯となると侯爵位と同じくらいになるから、完全に団長子息くんより辺境伯令嬢の方が立場が上になる。

 だから好き勝手している彼を諫められないのは、彼女自身の資質を疑われてしまう訳で。ソフィーアさまにも刺さるような気もしないけれど王族の方が立場が上だし、殿下が『黙れ』と言ってしまえば黙るしかなくなるしね。


 ただ彼女たちも指を咥えて見ているだけではないだろう、家に報告するだろうし周囲に根回しやらして機を見計らっているのかも知れないのだし。私が出来ることなんてほとんどない。


 「…………喧嘩ならば買いますわよ。ええ、今ならば格安で!」


 「馬鹿を言え、そんなことをしてどうする」


 もうやだこのクラス……殺伐とし過ぎてると嘆いていると、外に出ていた男子たちが戻って来たのでこのやり取りは終わりを告げると同時、教室内は殺気で一瞬に包まれた。


 戻ってきた男子たちの真ん中にはヒロインちゃんが居たのだ。


 これを視認したこのクラスの女子たちから殺気が駄々洩れた。それに気付いていない男子の鈍さにも困りものだけれど、殺気を平然と受け流しているヒロインちゃんの肝は太い。何故この騒動を引き起こしている人たちではなく、私が胃痛を感じねばならないのだろうか。むーんと考えつつ予鈴が鳴ったので、とりあえずこの場は凌げたのだった。


 ここ、頭のいい人たちが集まる特進科だよねえ、頭緩すぎじゃないかな。いや若いから、気持ちはわからなくはないけれどね。イケメンたちにちやほやされて逆ハーレム築いている状態。でも婚約者である立場の人たちの事を考えると、きっちりと清算してから男女の付き合いをしろと言いたくなる。


 しかしまあこのままこの緊張感を抱えている訳にはいかないよなあと考えて、ちょっと動いてみるかと自分を鼓舞し。


 「メッサリナさん、ちょっといい?」


 授業が終わり休み時間となるったので、ヒロインちゃんに声を掛けた。


 「……どうしたの?」


 少し警戒した様子を見せるけれど、彼女の反応は仕方ない。おそらく何度か女子に諭されているのだろう。彼女の行動は貴族の常識を超えているのだから、諫めるのは当然である。


 「うん――話したいことがあるんだけれど、時間取れる?」


 「今からだよね、かまわないよ」


 席を立つ彼女に笑みを返す。


 「…………」


 彼女を連れだした私の行動にどんな波紋が起きるのか、この時は知る由もなかったけれど。人気の少ない特進科の校舎にある階段の物陰へと入るのだった。

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