第15話:お風呂。

 教会の宿舎にある共同風呂にリンと一緒に入っていた。二人か三人は入れる広さなので、公爵さまの庇護を得てから彼女とはよくこうして一緒に湯浴みをしている。

 孤児時代からは考えられない贅沢だけれど、魔術具のお陰でお水を張って魔力を通せば勝手に適温にまで上がるという、便利さ。機械文明に慣れ親しんできたけれど、魔術文化も魔術具を手に入れられる環境ならばそれなりに快適だ。


 魔術陣に魔力を提供した後なので寝落ちしないようにというリンの配慮もあるのだけれど、私が小柄な為に彼女が後ろに回って抱きかかえられている状態だ。背中から伝わるリンの胸の大きさに嫉妬するのはもう何度目だろう。しかも未だ成長途中だそうな。羨ましい。

 

 「ナイ、疲れているのは分るけれど寝ちゃ駄目……溺れるよ」


 「大丈夫、その時はリンが助けてくれるから」


 「もう」

 

 ぱしゃんと音を立てて私の腹に回しているリンの手に力が入ると、背中に当たる胸の感触も強くなった。むにむにしてんねえ、と碌に回らない頭でくだらないことを思い浮かべつつ、後ろの彼女は呆れつつも嬉しそうな気配を醸し出している。


 「あ、そうだ。騎士科は問題なさそう? 他の女の子と仲良くなれる?」


 個人の実戦能力ならばジークよりもリンのほうが優れているので、そっちに関しては心配していないけれど、その強さの分対人関係能力がオミットされてしまっているので不安ではある。ジークがついているだろうから何か問題が起きても、大体のことは切り抜けられる。ただ女の問題となるとジークは助け船を出し辛くなるだろうから、彼女一人で切り抜けられるのか心配だ。


 「大丈夫だよ」


 「……本当かなあ」


 「うん。仲良くなれなくても問題はないから。あ、そうだ。試験の時に兄さんと私の相手をしてくれた人が騎士科に居たんだけれど、すごく不機嫌だったんだ。――どうしてだろう?」


 そりゃ女の子に負けたというレッテルと遊ばれながら負けたというレッテルを騎士科の人たちに張られるからではないだろうか。男の子ってそういうプライド高いから。


 「うん……リン、その二人が突っかかってきても相手しちゃ駄目だよ。ジークに対応まかせてね」


 「心配性だね。――ナイはどうなの?」


 いつも三人で行動しているので、離れる時間が出来てしまうと心配してしまうのは親心というヤツなのだろうか。でも独り立ちするなら、私の側から離れていろいろと経験を積んだ方が良いだろう。だから二人のことを信じるしかない。


 「んー。第二王子殿下に将来の側近四人、それでもって公爵令嬢さまに辺境伯令嬢さま。他の貴族さま諸々。――凄い面子になってるから、気を使うかも」


 「大変そう」


 「平民だから関わることはないだろうし、向こうも平民に関わろうだなんて奇特な人は居ないはずだから、勉強だけ出来ればいいや」


 利益がないから一緒に居るなんてことはないだろうし、貴族令嬢の嗜みであるお茶会に誘われるなんてこともないだろうし。あったらあったで絶対に親睦を深めようという意味ではなく、逆の意味だし、きっと。

 そんな理由から友人もできそうにないよなあと、遠い目になる。もう一人平民の女の子がいるけれど、私と波長が合うのか微妙な所だ。まだ話したこともないし、決めつけるのは良くないので仲良くなる努力はしなきゃならないけれど。


 「でもお城で挨拶した女の子は?」


 名前で呼ぶことを許可していたじゃない、とリンが小さく呟いた。


 「例外でしょ。私が聖女だってことを今まで知らなかったみたいだし、たまたま気が向いたんじゃない?」


 我が儘な人ならば明日になったら名前で呼ぶなとか、そんなことは言っていないだなんて言われる可能性もあるのだ。貴族と平民では、こうして理不尽がまかり通る。貴族同士でも爵位の差で理不尽がまかり通ってしまうのだから、怖いものである。


 「そう、なのかな」


 「どうしたの、リン」


 基本的に本能や直感で動いている子だから、リンが考える素振りを見せるなど珍しい。


 「どうしてかな、ちょっと寂しい……」


 そう言って私の肩に顔を埋めると、視界に彼女の頭の天辺が映り込んだ。


 「今まで一緒に居過ぎたんだよ、直ぐに慣れるから」


 手を伸ばし、まだ濡れている頭に置いた。少しだけ身動ぎしたあと抵抗はないので、嫌という訳ではないのだろう。ひとしきり撫でていると満足したのか、ようやく顔を上げるリン。顔が赤くなってきているので、そろそろ限界のようだった。


 「上がろう、のぼせちゃう」


 「うん」


 ざぱんと音を立てて浴室から脱衣所へと向い薄布を手に取って体についた水気を取っていると、リンの姿が見える。


 「リン、そんな拭き方だと髪が痛んじゃうよ」


 「?」


 あまり気にしていないのか、かなり雑な拭き方だった。その姿を見て苦笑し、洗濯されている奇麗な布を手に取る。声を掛けると、リンはあまり理解していないらしく首を傾げる。


 「ほら、座って」


 竹もどきで編んだ丸椅子に座ってもらい、身長差をなくす。先程手に取った布を頭皮と髪の根元 頭全体をタオルで包み込むようにし、頭皮と髪の根元を押さえるようにゆっくりと水分を吸収させる。

 いつも纏めているから髪の状態は分かり辛くはあるけれど、せっかくの赤髪だし長く伸ばしているのだから綺麗な方が良いに決まっている。

 

 「風邪引くよ?」


 前を向いたままで声を掛けられたことに苦笑を浮かべながら、腕を動かしながらリンの言葉に答える。


 「大丈夫。――服はもう着たから。それをいうならリンも風邪引くよ」


 まだ油断はできないけれど暖かい季節だし大丈夫だろうけれど、薄布を体に巻いてはいるもののリンは裸同然である。


 「鍛えているから平気だし慣れてる」


 昔は薄着だったから寒さには鍛えられているようだ。育った環境は似たようなものなので私もある程度慣れているけれど、ジークやリンの方が寒さには強かった。


 「はいはい。――ほら、終わったよ」


 「有難う」


 「ん。ちゃんと着替えて寝よう」


 いい加減に眠いし、明日も学院へと向かわなければならないのだから。まだ本格的に授業は始まっていないので時間が捻出できているけれど、これからどうなるのか。楽しみなような不安なような、いろんなことを考えながらベッドの中へと潜り込むのだった。

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