誠意は金銭!没落商人のどたばた成り上がり記

神谷みこと

第1話 転移

 「ここはどこ…」


 目を開けると、そこには見知らぬ世界が広がっていた。


 この部屋はわたしの部屋じゃない。中世ヨーロッパの貴族が住んでいそうな部屋。甲冑が置いてあるし、木材で作られた高そうな家具が部屋一面に置いてある。部屋も私の6畳の部屋の5倍は広い。


 まるで夢の中みたいだ。…それにしても頭が痛い。嫌な夢でも見ているのだろうか。


 ………


 何時間か立っただろうか。アンティークの高級な時計は朝の7時を指している。少女が目を覚ます。頭の痛みは消え、先程の騒動を思い出していた。



 「わたし、本当に転生してるの…」


 ベットから飛び起き、急いで鏡を見てみると日本人だった自分の姿はそこにはなかった。髪色も茶色で目の色も茶色。年齢も15歳くらいだろうか。


 そっか。私ほんとうに死んじゃったんだ。バイトの帰りに刺されちゃったんだっけ。



 わたし、神谷みきは日本人で19歳の大学生だった。中流家庭に生まれ、公立の大学に合格し、バイトにサークル、先輩との甘酸っぱい恋愛。ごく普通と言われるような生活を送っていた。


 部活では優秀な成績を残したわけではない。剣道で県大会に出場するくらい。学力も悪いわけではないが、特段褒められることもほとんどなかった。ただ、彼女は明るかった。よく周りからは『太陽のような子』だと表現された。


 周りに人が集まる子といえばいいだろう。決して学力や運動能力が高いわけではない。ただ彼女の周りには必然と人が集まった。


 明るく前向きで、必然的に周りを惹き付ける魅力があったのだろう。学生時代はよく同級生や先生から大きいことから小さいことまで相談された。その中で、生徒会長や海外ボランティアなど多くのことに取り組んだ。


 大学に合格してから何をしていいのか分からないモラトリアム期もあったが、それでも興味があった教育を学びたいと進むべく道を見つけ勉強とバイトの両立をしながらハードな毎日を送っていた。


 あれは飲食店でのバイトの帰り道だっただろうか。挨拶をして帰宅しようと自転車にまたがる。漕ぎ出そうとすると、後ろから女性の悲鳴が聞こえた。痴話喧嘩だろうか。声掛けようかと悩んでいると逆上した男が懐から刃物を取り出す姿が目に入る。


 「危ないっ」瞬時に反応したのは剣道で精神と肉体を鍛えていた成果か。気がつくととっさに刺されそうな女性の間に体を入れていた。


 『いけない。助けに入ったのに止められないし、避けられない。また考えずに行動しちゃった。パパ。ママ。お兄ちゃん。今までありがとう。』


 刺されると何も考えられなくなるんだ。眠くなってきた。倒れた自転車の車輪がカラカラ回る音と悲鳴が聞こえる気がする。女性は無事かな。…もう何も考えられない。


 冷たいコンクリートを感じながら、意識が遠くなっていった。


 



 「みきさん、起きて下さい。」


 仰向けに寝ていたのだろう。目を覚ますとイケメンが見下ろしながら話しかけてきた。


 「あれっ…これって夢。刺された気がしたんだけど……それにあなただれ? 」


 イケメンの男性を注視すると純白の羽が生えている。


 「え~それってほんものの羽? あなた神様? いいな~きれいで。それって自由に動かせるの? 」


 「え……ゴホン。まずは現状どういう状態か説明しますね。」


 男性は驚き、現状を説明してくれた。


 「残念ですが、みきさんあなたは刺されたことが原因で死にました。」


 「~~なんですって~」

 

 混乱するみきに、残念そうな顔で青年が説明を続ける。


 「冷静に聞いて下さいね。あなたはバイト帰り、カップルの喧嘩に巻き込まれて刺されたのです。」


 たしかに刺されたことは覚えている。私、ほんとうに死んだんだ。


 「はい。残念ですが死んでいます。ここは人間界で言うところの天国みたいなところです。」


 「それじゃああなたは天使ってこと。」


 「まあそんなところです。」


 天使の話をまとめると、どうやら私が死ぬ運命ではなかったらしい。本来、助けた女性も死ぬ定めではなかったらしいのだが、とっさに助けたことで私が死んでしまい、イレギュラー的に運命が変わったみたいだ。


 「それって私の無駄死にじゃない。でも、あの女性が助かってよかったわ。」


 「そうとも言えますね。そこが今回みきさんをここにお呼びした理由でもあります。」


 私が女性を助けたことは神々にとって想定外であった。その行動は神々の心を打ったのだ。心清く、他人のために身をなげうってでも救う少女の姿に。まだ若く、人生これから楽しいことがある生命になにかしてあげたいと思う気持ちが神々にもあるみたいだ。


 「なるほど。それでどうなるの。生き返してくれるってこと。」


 「いいえ。それは世界の理に反することなので神であっても人を生き返らせることはできません。そこで、現在の記憶を持ったまま異世界に転生していただきます。」


 「~~なんですって~」


 「二度目の新鮮な驚きありがとうございます。いや人間は本当に反応が面白くて飽きませんね。」


 「そんなことはどうでもいいわ。それで私はどんな世界にいくのよ?」


 「そうですね。みきさんがいた日本とはまったくの別世界です。剣と魔法が使える世界に決まっています。モンスターもいますし、治安も日本と比べてかなり悪いと言っても過言ではないでしょう。一応、特典みたいなものもありまして、なにか<特殊な能力>を望めばそちらをプレゼントさせていただきます。」


 『そういえば、兄が持っている漫画で転生する話にそんな設定もあったっけ。』


 うん~なんだろう。なんの能力がいいんだろう。だめだ。考えても何も出てこない。


 「そうね。何も特別な能力は要らないわ。」


 「………えっ」


 天使があんぐりと口を開けている姿はちょっと面白い。


 「ちょっと冷静に考えて下さい。先程も説明させていただきましたが異世界にはモンスターもいますし、自分の身くらいは最低限守れる能力や魔法は要らないんですか? 普通、能力値マックスやお金持ち、世界を救う勇者になりたいって言いますよ。」


 「そうね。話の大枠は理解したつもりよ。それでも特別能力がほしいとは思わないわ。もちろん健康では過ごしたいと思うけど、お金も必要な分だけで十分。普通の家に転移すれば最低限の安全な生活はできるでしょう。」


 「そのパターンは想定していませんでした。なるほど本当に後悔しませんか。」


 「うん。心配してくれてありがとう。転移っていうのは私のまま異世界に送られるってことでしょ。それだけで十分よ。ところで、なにか異世界でさせられることはあるの? 」


 「はい。容姿も年齢も変わりますが、思考はあなたのまま転移することになります。特に異世界でみきさんしてほしいことはありません。強いて言うならば、新しい人生を楽しんでほしいのです。あなたが何を感じ、どう動くのか我々は見てみたいのです。次の命では幸せになってほしい。

 

 新しい世界では、魔王が世界を滅ぼそうとしているディストピアと言われるような世界ではありません。ダンジョンには魔物が蔓延っていますが、冒険者が活躍する世界です。日本を基準とすると、平和とは言えないかもしれませんが、国同士の戦争もなく落ち着いている状態です。そんな世界でみきさん。あなたには好きに自分の人生を謳歌してほしいのです。魔法も使えますし、冒険で一躍有名人になることもできるでしょう。


 ただ残念ですが、我々が関与できることはほとんどありません。アドバイスできる機会もほとんどないでしょう。だからこそ心が清いと判断したみきさんがどう世界を切り開いていくのか我々は楽しみなのです。


 最後にもう1つだけ注意させてください。異世界に転移するからと言って無敵ではありません。人に刺されれば死にますし、魔物に襲われることもあるでしょう。鍛えていないと簡単に死にます。


 『それは、ほしい能力聞く前に説明しなさいよ。』


 まぁでも普通の生活が送れるのであれば問題かと短絡的に考える。冒険の世界と言われてもあまりピンとこない。


 「でも異世界ってことは言語は日本語じゃ通じないでしょ? それってどうやって身につけるの? 」


 「いえ。15歳になる女性に転移しますので、言語は自然と母国語のように聞き取れて話すこともできますので安心してください。」


 今までの人生神に祈ったことなんて受験の時くらいしかなかったけど神も優しいんだなと関心する。


 「ありがとう。それは助かるわ。さっき迄の話撤回して申し訳ないんだけど、やっぱりひとつだけお願いしたいの。私ペット飼ったことないから、かわいいペットを飼いたいの。ペットみたいなのってその世界はいるのかしら?」


 「そうですね。人間界で言う犬や猫はいませんが、似たような生物はいますので、そちらを希望通り用意させていただきます。」


 「ありがとう。次の世界では幸せになれるように精一杯生きてみるわ。」


 「はい。頑張って下さい。応援しています。さっそくですが、転移させていただきます。ちなみに転移する体は病気で寝たきりだった体です。死ぬ運命でしたので魂は既に体には存在していません。気を病まないで下さい。転移は魂が望んだことなのです。すぐに体は健康になりますし、あなたが転移することで魂も喜びますよ。」


 あなたが幸せになりますように。またお会いできる時を楽しみに見守っています。 



 そして私はミステル家の長女ミステル=エリシャとして転生したみたいだ。


 「そっか。私ほんとうに転生したんだ。はじめましてエリシャ」

 鏡に向かって挨拶してみる。傍から見ると滑稽だが、体をもらったのだ。<エリシャちゃん>のためにも精一杯頑張らないと。


 病気だったというのは本当らしい。少し立っているだけでもフラフラする。朝から寝るのはもったいないけどベッドに戻ろう。


 ベッドに戻ろうとすると老人の執事がノックして部屋に入ってきた


 「お嬢様。エリシャお嬢様。良かった。意識を取り戻したのですね。急に起きてはお体に障りますよ。とにかくベッドで寝ていて下さい。ご主人様を呼んでまいります。」


 お辞儀をし慌てて部屋を出ていった。ごめんなさい。それまで待てないかも。すごく眠いの。

 

 ――――意識が遠のいていく。


 目が覚めると夕方くらいだろうか。夕日も沈みかけ夜を迎えようとしている。執事セバスチャンが心配そうにこちらを見ている。


 「エリシャお嬢様。よくご無事で。じいは心配しておりましたぞ。」


 話を聞くと私は1ヶ月近く意識がない状態で寝込んでいたらしい。


 「心配かけてごめんなさい。少し寝たら元気になったわ。」


 ご主人さまは今会合で外出しております。帰ってきたら喜びますよと執事が続ける。


 「私、記憶が曖昧でよかったら説明してくれない。セバスチャン。」


 話を聞くとなにやら雲行きが怪しい。


 母は数年前に流行り病で死亡。それを期に父ミステル=ブルクハルトは酒に溺れて心が病んでいるらしい。ミステル家は商売を主に営んでおり子爵として帝国に貢献していたが、それも過去の栄光。今では資産を切り崩しながらなんとか切り盛りしているが、納税が滞っており爵位を剥奪されそうな状態らしい。

 兄のカールはなんとか商売を立て直そうとしているがなかなか厳しいらしい。妹のシャルロットは帝国の寄宿舎から学校に通っているみたいだ。


 ミステル家の財政が落ち込んだ事と私が寝込んでいたことはライバル商人のアンカー家が仕組んだことではないかと巷で噂になっているらしい。


 「そうね。色々思い出してきたわ。前途多難ね。」


 ため息をつく。これは確かに死んでも死にきれないわね。ミステル家のピンチ。体をもらった恩もあるし、わたしが力になれることはないかしら。


 「ご主人さまが帰宅されたみたいなのでお伝えしてまいります。」


 廊下からドタドタと走る音が聞こえる。父のブルクハルトが部屋に入ってきた。


 「エリシャ無事で良かった。お前までいなくなったと思うだけでどれほど落ち込んでいたことか。意識が戻って本当によかった。」

 

 ブルクハルトがわたしを強く抱きしめる。


 「痛いわ。お父様。今はまだ本調子ではありませんが無事ですよ。」


 本当に良かった。と何度も頷きながら泣いている。転移してエリシャちゃんの代わりなれてよかった。


 「今日はしっかりと休め。食事も部屋に持ってこさせるから。ゆっくりと食べなさい。明日また元気になったら話をしよう。」と言いブルクハルトとセバスチャンは部屋から出ていった。



 

 翌日目が覚める。昨日に比べて体が動く。走り回ることはまだできないが、数日で完全回復するだろう。


 探検も兼ねて部屋を出る。庶民の私から見るとなんと広く贅沢な家なのだろう。2階建てで部屋の数はゆうに10部屋は超えているだろうか。装飾品も高級そうだ。シャンデリアなんて人生で初めてみた。


 元気になった姿を見せるために父の部屋に行ってみよう。


 「おお昨日より元気そうだな。エリシャ。」


 「うん。昨日より少しはましになったし、多分数日のうちに回復すると思うわ。」


 「そんなときに悪いんだが。大事なことを伝えなければならい。」


 どうやら父ブルクハルトの話を聞くに、私は学校の高等部に来月から通わなければならいみたいだ。ただ、ミステル家は帝国に収める税金の滞納があり、子爵の資格を剥奪されそうな状態らしい。


 「元気になってきているところなのに、こんな話をする父を許してくれエリシャ。我も兄カールも全力を尽くしているが厳しい状態だ。」


 「いくら位お金が足りていなくて、いつまでに支払う必要があるの」


 「来年の春まで。ちょうど一年後にざっと1億Gくらいだ」


 「…1億G~~なんですって~」


 この世界で1億Gあれば何年暮らしていけるだろうか。少なくとも数十年はこの水準で生活できるはずだ。

 「どうしてこの金額まで…それに1年で1億Gってすごいピンチじゃない。」


 「元々の販路もアンカー家に取られてしまってな。5年分くらい滞納が溜まってこの金額だ。エリシャお前には迷惑をかける。貴族の資格を剥奪されて、学校で没落貴族と後ろ指さされることもあるだろう。」


 「そんな状態で私だけ学校に行くなんてできません! 経験はありませんけど仕事でもなんでも手伝います。」


 「それはだめだ。15歳からは貴族出身の家は必ず学校に通うことになっている。それに妹のシャルロットはすでに学校に通っている。姉としてシャルロットの手助けもしてやってほしい。」


 「学校に行くのはわかりました。それでも何か力にならせてください。私だけのうのうと学校に通うことなんてできません。」


 「ふむ。気持ちだけ受け取っておこう。兄のカールも今は家業を手伝っているし、まずは3年間はしっかりと勉学に励め。お前も母さんの子だ。優秀な魔法使いになることも難しくないだろう。」


 学校に関する書類を渡され目を通すと学校はかなりお金がかかるみたいだ。貴族も通う学校だ当然といえば当然だろう。本来であれば妹のシャルロットのように寄宿舎で生活するのが貴族では<当たり前>だそうだが、丁重にお断りする。そんなお金ミステル家にはありません。


 それに馬車での送迎も不要です。歩けば学校まで30分で着くわ。


 父は娘にそんなことはさせられないと渋ったが、私の熱意に負け首を縦に振った。私がいるからには家を再興させます。


 「お父様、ミステル家のお金の出入りが分かるものはありますか。」


 「ああエリシャには難しいと思うが、これが財務表だ。」


 「ありがとうございます。他にも資料見させていただきますね。」 


 「とにかく体を万全にするまで無理をするな。入学するまでの間ゆっくりとするといい。」


 高等部へ入学するまで後2週間。なにかできることを探そう。家を復興させて<エリシャちゃん>にお礼言われるくらい頑張るんだから。


 それにしても何が普通に生きればいいよあの天使!全然転生したらピンチじゃない!


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