『聖女なのに口調がヤクザすぎる』と婚約破棄された令嬢の本当の可愛さを知るのは自分だけでいい。
暮伊豆
第1話 聖女ナルミアーナ・クレ・マウントマウス
「ナルミアーナ・クレ・マウントマウス! 今夜この時をもってお前との婚約を破棄する!」
それは王立ヒコティッシュ高等学園の卒業パーティー、その盛り上がりが最高潮を迎えようとする時だった。ヒコットランド王国の第二王子であるトシスイ・ヒコットランドは高らかに宣言した。
途端に騒めく会場。驚いた顔を見せる者、さもありなんと納得顔を見せる者。そして、あざとく王子の細腕に抱きつく令嬢、と様々だった。
そして婚約破棄を宣言された当の本人は……
「おどりゃトシぃ……それでええんじゃのぉ? 吐いたツバぁ飲まんとけぇのぉ……」
国でただ一人、
とりわけ『天使のざわめき』とまで呼ばれるナルミアーナの歌声は若年でありながら聖女の地位を不動のものとした。
しかし、彼女は口が悪かった……
神の造形美とも讃えられる美貌。山の端から現れる朝日を思わせる輝く黄金の髪。
見る者全てを虜にしてしまう魅力が彼女にはあった。それゆえに第二王子トシスイは王族の権力を使ってまで婚約にまで漕ぎつけた。それが八年前、二人が十歳の頃だった。
しかし、彼女は口が悪かった……
『鉱山への入り口』を意味する古語を語源に持つマウントマウス。
ナルミアーナが生まれたマウントマウス辺境伯領は鉱山都市を中心として発展してきた。それゆえ荒くれ者も多く、彼女の口の悪さもそんな労働者たちの影響と言われている。
「いいに決まっている! お前の美貌に目が眩んだ私が今日までどれだけ心を摩耗させられたと思っている! 怖いんだよ! お前の言葉は!」
確かに鉱山の労働者や、いわゆる賭け事における役立たず札になぞらえられた無法者である
だが、ナルミアーナは決して言い負けることはなかった。身分を隠していれば、やんちゃな子供でしかない彼女が、だ。
相手は当然ながら短絡な荒くれ者である。そんな彼らが言い負かされた時にとる行動はいつも同じである。すなわち、暴力。
だが、そんな時でも彼女は己を曲げなかった……
「トシぃ……よぉ言うたのぉ。おんどれぁ後のことぉよぉ考えた上で
マウントマウス領内の鉱山都市ミネマインからは様々な鉱産資源が産出される。中でも『聖白石』とも呼ばれる『ライムストーン』は国中を探してもこの地でしかとれない。トシスイがナルミアーナとの婚約を結ぶことは王家としても重要な縁固めである。それゆえに国王も第二王子の婚約を全力で支援したという背景もある。
「分かっているさ! 確かにライムストーンは貴重だよ! でももう我慢できないんだ! どうしてお前はそんなに怖いんだよ!」
「知るかぁボケぇ! おんどれぁあんだけワシの口がめんこいめんこい
「う、嘘じゃないさ! あ、あの頃はまだ、その、お前の言葉がなんだか新鮮でかわいく思えたんだよ! でも一ヶ月もするとだんだん怖くなってきたんだよ!」
「トシぃ……」
「もうおやめください! トシスイ様はナルミアーナ様をこんなにも恐れておいでなのです! あぁ可哀想なトシスイ様……」
聖女ナルミアーナと第二王子トシスイの間に立ち塞がったのは新興貴族、ヒラミヤコ男爵家のフランソワーズだった。
「あぁフランソワーズ……僕のことを分かってくれるのは君だけだ……君さえいれば僕はそれで……」
「トシスイ様……こんなに震えて……ナルミアーナ様! こんなにトシスイ様を追い込んで楽しいのですか! トシスイ様はナルミアーナ様を恐れるあまり数ヶ月前からとうとう睡眠すらまともにとれなくなったのですよ!」
王族の睡眠事情を知る男爵令嬢。あきらかにナルミアーナに対する挑発だった。
「うるせんじゃあ女狐がぁ! おんどれにゃあ用ぁねぇ! おうトシぃ! てめぇも王族なら最後までカッコつけてみろやぁ!」
「なっ!? いくらナルミアーナ様とてそれはあまりなお言葉! 撤回を要求いたします!」
「黙っちょれボケがぁ!」
「くっ……」
男爵家でしかないフランソワーズが王族や聖女ナルミアーナを名前で呼ぶ。それがどんなに無礼なことか、彼女は気付いてないのか。それとも承知の上で振る舞っているのか。
いずれにせよ、ナルミアーナとトシスイの仲は……もう、戻らない……
「今一度言う……ナルミアーナ・クレ・マウントマウス! お前との婚約を破棄する! ただし、この件は明らかにこちらの不手際である! ライムストーンの件など今後のことはこちらが全て責任をとる!」
震える両足で立ち上がり、胸を張る。
涙目ながらも堂々と宣言した王子トシスイに、会場は同情的だ。先ほどまでは王家の男子たるものが何たるひ弱さかと冷ややかな目で見ていた周囲が、だ。
それもそのはず、ナルミアーナの言葉に恐怖を覚えているのは王子だけではなかったのだから……
「よぉ
そう言ってドレスを翻し、会場を出ていくナルミアーナ。その背中は誰の目にも威風堂々として見えた。
「ふわぁ……ナルミアーナ様素敵ぃ……」
「婚約破棄は噂になってたけど、まさか今夜とはね……」
「それよりフランソワーズっていつ王子に近付いたの? どんだけ狡猾なのよ……」
「やっぱ金の力?『黒い水』で築いた財産は王家をも上回るとか聞いたわよ?」
「あぁーんそんなことよりナルミアーナ様よ! これからどうするのかしら? 王国中の男どもが色めき立つわよ?」
「あぁ……ナルミアーナお姉様ぁ……」
ナルミアーナは貴族令嬢からの人気は高いようだ。
さて。当のナルミアーナだが、会場を出て一人歩く。たどり着いたのは控え室だった。
「うわあぁあぁあああーーーん! タダオぉーーー! あんまりじゃぁぁぁーーー! トシが、トシが酷いんじゃあぁあぁーーー!」
「ど、どうされましたお嬢様!? お、王子と何かあったので!?」
「ううっ、ぐすん……婚約破棄って……うわぁぁぁぁーーーーん! トシのバカぁ! うえぇぇぇーーーん!」
自分の胸に縋りつき号泣するナルミアーナ。あまりの事態に専属執事のタダオ・シーカンバーは衝撃で落ちた
「そんなバカな……王家は正気ですか? 戦争になります……よ?」
「トシが……責任をとるぅ
第二王子ごときでとれる責任なのか……タダオには判断がつかない。
「い、いいんですか? 泣き寝入りなんてお嬢様らしくないですよ?」
「別にええ……トシと、トシと争いたくないけぇ……ぐすっ……うえええぇぇーーーん!」
タダオは戸惑っていた。なぜなら、ナルミアーナのこのような姿を見るのは初めてだったからだ。
昔からケンカをしたり鉱山を探検したりで傷だらけになって帰ってくることはあったものの、泣き顔を見たことはない。父親である辺境伯に酷く叱られても、ぐっと涙を堪えることができる気丈さを持っているナルミアーナが……これほどまでも泣きじゃくるとは……
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