雨ヶ崎涼音は振り向かない。

きょうじゅ

雨ヶ崎涼音という女について

 彼女は目が悪いからという理由で眼鏡をかけているが、実のところその眼鏡すら正直別に似合ってはいないのだ。


 いかにもテキトーに櫛を入れて括っただけという感じの、野暮ったい、天然で少し茶色がかってはいるものの、ざっくり説明すれば「ぼさぼさ」の髪。ファッション性の欠片もなければ別に文学少女らしい雰囲気を醸し出したりするわけでもない、眼鏡っ子と呼んだら眼鏡っ子好きに嫌な顔をされそうな感じの安物の眼鏡。そばかすの浮いた、あまり美の神には愛されていなさそうな造作の顔。もっさりとした感じの、女らしさがないわけではないが、格別人より優れているというわけでもかといって劣っているわけでもない体躯。


 まあそんな彼女の存在性アイデンティティの中に地味でない要素があるとしたら雨ヶ崎涼音という、ぶっちゃけてしまうと一山いくらのバーチャルユーチューバーか何かみたいでなくもないとはいえ誉めて言うならば愁いを帯びて聞えなくもない名前くらいのものだが、それも正直なところ彼女の実態に照らすなら「名前負け」と言うところが妥当であり、外見に似つかわしい名前であるとは言い難い。


 娘十八番茶も出花とは言ったものではあるが、花も恥じらう高校生女子だというのに、彼女はまったくもって、地味である。


「うるさいですよ、玄野君。そういう自分だって特に何がどういうわけでもない、彼女いない歴イコール年齢のドーテーの癖に」


 と、聞こえていれば言うだろう。さすがに、地味だとか名前負けとか番茶も出花とか、本人の前で口に出して言うほどぼくもヤボではないが、そう思っているのは事実である。


「でも、わたしのことが好きなんですよね?」


 それはそう。もう三回ばかり告白して、毎度振られてる。


「わたしくらいの女なら押せば簡単に落とせるって、そう思ってるんでしょ」


 そんなことはないんだ。何度もそう説明しているのだが、聞き入れてもらえない。実は、最初は一目惚れに近かった。いや初対面ではなかったが、笑った顔は可愛いんだなって、そう思ったときにはもう好きだった。


「信じられません。わたしなんかに一目惚れする男の人なんているはずないじゃないですか」


 そう言われたって、いるんだからしょうがないだろ、ここに。というか、あんまりそうやって自分を卑しむのはよくないと思う。


「……とにかく。何度も言うようですけど、わたしは隣のクラスの竜崎君のことが好きなんです。お付き合いとかはできませんから。悪しからず」


 まあそんなこんななわけなので、ぼくはきょうも空しく、ひとり彼女を想う。

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