第61話 もう一歩踏み出して

 放課後、零斗は生徒会室から離れた場所でソワソワと落ち着かない様子で廊下を歩き回っていた。

 生徒会室にいる理由、それはもちろん綾乃と菫のことが心配だったからだ。


「近くに行くわけにもいかないし。でもだからって放って帰るのもなぁ」


 実のところ、綾乃からも菫からも今日は先に帰っていて大丈夫だと言われていた。しかし、だから素直にわかったと言って帰ることができるはずもない。

 昨日も同じようにして待っていたが、胸中に抱える心配は昨日の比では無かった。


「いや、綾乃達のことを信用してないってわけじゃないんだ。ないんだけど昨日あんなことがあったばっかだしなぁ。どうせ家に居ても落ち着かないだろうし……それにしても、今日は昨日よりも長いこと話してるよな」


 何を話してるか気になる。だが盗み聞きをするわけにもいかない。

 だからといって何かこの場でできることがあるわけでもない。待つばかりというのも辛いということを零斗はこの二日間で嫌というほど身に染みて理解した。


「白峰先輩、さっきから不審者みたいですよ」

「うぉぁっ! って、なんだ高原か」

「なんだってなんですか。通報しますよ」

「なんでそうなんだよ!」

「怪しい人がいたら通報するのは当たり前のことじゃないですか」


 ジトッとした目で零斗のことを睨むのは生徒会の後輩でもある高原蘭だった。

 もう零斗ともそれなりに長い付き合いになるのだが、いっこうに心を開いてくれる様子がない。それどころか時間増しでどんどん嫌われていってるような気すらした。

 もちろん零斗から何かしたという事実は無い。思い当たることがあるとすれば零斗自身が綾乃に気にかけられているということくらいだった。


(もし俺と綾乃が付き合ってること知ったらこいつマジで俺のこと殺しにくるんじゃないか? いや、さすがにそれは無いか……無いと思いたいぞ)


 断言できないのはこれまで見ていた蘭の綾乃に対する心酔ぶりのせいだろう。心酔する蘭のことを馬鹿にはできない。それだけ綾乃が生徒会長として優秀だということの証明であり、蘭ほどでは無いにしても他の生徒会メンバーも綾乃に対してかなりの尊敬の念を抱いていた。もちろん零斗も例外では無いのだが。


「あれ、でもここにいるんだ? 今日も生徒会の仕事は無いって事前に連絡いってただろ?」

「それは……えっと……先輩には関係ありません。乙女の事情を暴こうとするなんて変態ですよ!」

「変態じゃねぇよ! って待てよ。もしかしてお前……綾乃、いや菫のことが心配でここに来たのか?」

「っ!」


 さっと目を逸らす蘭。零斗の指摘が当たっていることはその反応からも明白だった。

 

「なんだそうだったのか。お前と菫が友達なのは知ってたけど、まさか心配して来てくれるなんてな。あいつも良い友達を持ったもんだ」

「……ニヤニヤしないでください。キモいです」

「おい」

「菫は良い子ですけど、唯一の欠点は兄があなたであることですね」

「はいはい。もうそれで良いよ。まぁ俺も目的は同じだよ。二人のことが心配でな。まぁだからって何ができるわけでもないんだが」

「白峰先輩にできることなんて元から限られてるじゃないですか」

「お前のその息を吸うように毒吐く性格だけはなんとかならないのか」

「できません」

「だろうな。なんていうか俺ももう慣れちまったよ」


 とはいえ蘭と二人。和気藹々とした会話などできるはずも無く。特に話題も無いせいで気まずい沈黙が満ちる。

 そのまま会話も無くしばらく時間が過ぎた頃だった。生徒会室の扉が開き、中から綾乃と菫が揃って出てきた。

 

「あ、零斗。それに……高原さん? どうしてここに?」

「お姉さま! あ、いえその、用事があったわけじゃないんです。だけどその、どんな用事で菫を呼び出したのかが気になって」

「あぁ、そういうことでしたか。確か菫さんと高原さんはお友達ですもんね。だとしたら心配するのも無理ないでしょう。でも大丈夫ですよ。もう話は終わりましたから」

「うん。もう大丈夫。ごめんね蘭。心配かけちゃったみたいで」

「ホントにもう大丈夫なの?」

「うん。ごめんね。でもありがとう」


 その言葉を聞いてようやく蘭はホッと胸をなで下ろす。

 そこで綾乃と菫は目を合わせ、小さく頷き合う。


「じゃあせっかくだから一緒に帰ろ蘭」

「え、でも」

「いいから。それじゃあ兄さん、わたし先に帰るね」

「あ、あぁ。わかった」


 そのまま蘭と一緒に帰ろうとした菫だったが、ふと足を止めて零斗の方に戻ってきた。


「兄さん」

「ん? なんだ」

「わたしね、頑張るから」

「ん? あ、あぁ……でも頑張るって何をだ?」

「それは秘密。今はまだだけど」


 そう言うと菫は少しだけ赤くなった顔を隠すように俯いたまま離れて蘭と一緒に足早に帰っていってしまった。


「なんだったんだ?」

「まぁ今は気にしなくてもいいんじゃない?」

「そうか?」

「でもこれはちょっと気を遣われちゃったかなぁ」


 蘭を連れて先に帰ったのは、綾乃と零斗を二人きりにするためだということを綾乃は理解していた。

 綾乃からすれば敵に塩を送られた形になるわけなのだが、今回ばかりはその厚意に甘えることにした。


「で、どうだったんだ? その……問題は解決したのか?」

「うーん……」

「もしかしてダメだったのか?」

「ダメだったってわけじゃないんだけど。失敗と言えば失敗だし、成功と言えば成功? でもトータルで見たら主目的は果たせてないわけだし失敗かも」

「どっちなんだよ」

「あははっ、どっちだろうね」


 どっちつかずの答え。だが綾乃の表情を見て、そう悪い結果では無かったんだろうということは零斗もなんとなく理解できた。


「それじゃ零斗。私達も帰ろっか」

「あぁ、そうだな」


 並んで歩き始める綾乃と零斗。いつもの距離で、いつもと同じように。だが綾乃は少しだけ勇気を出して見ることにした。


「えいっ」

「っ!?」


 急に綾乃に手を握られた零斗は驚きのあまり飛び上がりそうになる。当の綾乃は平然を装っているが、耳まで真っ赤になっていた。


「ど、どうしたんだよ急に」

「こ、恋人の手を握るってそんなにおかしいかな? 嫌だった?」

「嫌とかではないし別におかしくもないんだが。いやでも今までそんなことしたことなかっただろ」

「まぁそれはちょっと思う所があったというか。いつまでも受け身のままじゃダメだと思ったというか。だから彼女に負けないようにもう一歩踏み出してみようと思って」

「?」

「あぁ、こっちの話だから気にしないで」

「そうか。でもいいのか? 人に見られたりしたら」

「その時はその時だって割り切るしかないかな。でも大丈夫だと思うよ。この時間は生徒も少ないし」

「ならいいんだが。なんか恥ずかしいな」

「実は私も……ねぇ零斗」

「どうした?」

「私、ずっと零斗の隣にいるからね」

「っ!? どうしたんだよ突然」

「一種の宣言、かな? だから零斗も私のこと離しちゃダメだからね」

「お、おう……」


 まっすぐ向けられる綾乃の笑顔に零斗はドキリと胸を高鳴らせる。


「もし零斗が私のこと捨てたら私何するかわからないかも」

「怖いこと言うなよ!」

「ふふふっ、冗談だよ。半分くらい」

「半分は本気なのかっ!」


 軽口をたたき合いながら二人は帰る。

 繋いだ手を離さないままに。




~~第二章 完~~

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