第52話 綾乃の悪夢

〈綾乃視点〉


 あの後、零斗から連絡が来た。今日はこのまま菫さんと一緒に帰るって。謝罪の文と一緒に。まぁちょっとだけショックだったけど、今日に限っては仕方のないことだと思って自分を納得させるしかない。

 零斗と一緒に帰りたかったのに……っていやいや。さすがに今日に限ってはそんな我が儘言ってちゃダメだ。

 仕方ない仕方ない仕方ない……。


「……零斗のバカ」


 オレは自分の中に芽生えていた感情からは目を逸らして、小さく呟いた。





 その後、少しだけ気持ちの整理をつけるために、気を紛らわすために生徒会の仕事を片付けてから家に帰った。

 気を紛らわすために仕事をするって、なんかオレいつの間にかワーカホリックになってない? でも仕事してると気が紛れるのも確かというか……。


「ただいまー」

「お帰り。って、どうしたの? なんだか浮かない顔だけど」

「なんでもない。ちょっと疲れたから寝るね。夜ご飯の時間になったら起こして」

「うん、わかった……ねぇ、ホントに大丈夫?」

「大丈夫だよ。本当に疲れてるだけだから」

 

 菫さんとのことに加え、気を紛らわすために仕事までしたせいか精神的にも体力的にも疲れてた。

 自分の部屋に入ったオレはすぐに着替えてベッドに横になった。


「はぁ……なんか色々と疲れたなぁ」


 横になった途端、すぐに眠気が襲ってきた。

 色々考えなきゃいけないことあるけど……とりあえず……後のことは起きてから……。

 そして気づけばオレは眠りの世界へと落ちてしまっていた。




…………

………………

……………………………

……………………………………………

……………………………………………………………

 

「綾乃、話があるんだ」

「? どうしたの零斗。急に真面目な顔して」


 いつもと同じ帰り道。駅に着いてそのまま零斗と分かれようとしたら急に零斗が呼び止めてきた。それもすごく真剣な顔をして。

 

「俺と別れて欲しいんだ」

「――え?」


 その言葉を聞いた途端に頭が真っ白になった。いや違う。正確には零斗の言った言葉を理解することを頭が拒んだ。

 だって別れるって、それってつまり、つまり……。


「な、なんで急にそんな……わ、私何かした? もしかして気づかないうちに嫌なことしてたとか? それなら直すから! 零斗が嫌だって思う所全部直すから! だからお願い、別れるなんて言わないでよ!」


 必死だった。零斗に捨てられたくなくて。周囲の目も気にせずに叫ぶ。

 きっと今のオレはすごくみっともない姿を晒してるだろう。でもそんなのどうでも良かった。

 零斗と別れないためなら、零斗に捨てられないためなら自分自身なんてどうだっていい。

 悪い所が、気に食わない所があったなら直す。この性格が気に食わないっていうなら矯正したって構わない。それで零斗と一緒に居られるなら。

 だけど、必死に縋り付くオレを零斗は冷めたような目で見ていた。


「止めて……止めてよ。そんな目で私のことを見ないで。零斗……お願いだから……」

「悪い。でももう決めたことなんだ。確かにお前のことは好きだった。だけど家族の方が……菫の方がオレにとっては大事だから。だから綾乃とは今日までだ」

「兄さんはあなたではなくわたしを選んでくれたということです。それではさようなら、兄さんの元彼女さん」


 気づけば零斗の隣には菫さんが居た。さもそうあることが当然であるかのように、ごく自然に。

 まるでナイフで刺されたみたいに胸が痛む。

 離れていく二人を追いかけたいのに、縛られたみたいに体が動かない。

 嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!




「どこにも行かないでっ!!」


 ベッドから跳ね起きる。

 

「はぁはぁはぁはぁ……」


 心臓がズキズキと痛む。心音が聞こえるんじゃないかってくらい早鐘を打ってる。


「今の……夢? 夢……だよね」


 学校から帰って来て、眠たくて……気づいたら寝ちゃって。

 でもだからってあんな夢を見なくたっていいのに……。

 そこでようやくオレは自分の頬を流れる涙に気づいた。理由は考えるまでもなくさっきの夢だろう。

 零斗に振られる夢。正直思い出したくもない。夢なら夢らしく起きたら忘れてしまえればいいのに、まるで現実のことみたいに鮮明に夢の内容を覚えてた。

 あの夢の中でオレはみっともなく零斗の縋り付いて……だけど、実際あんな状況になったらどうするだろう。同じことをするかな? しないとは言い切れないけど。

 でもどうやらオレはオレが思ってる以上に零斗に依存してるのかもしれない。


「……はぁ、もういいや。忘れよう」


 少しでも夢の記憶から意識を逸らしたくてスマホを探す。気づけば部屋の中は真っ暗になってた。思ったより長い時間寝てたのかもしれない。

 手探りでベッド横の机を探り、スマホを手に取って時間を確認する。


「八時か……もう夜ご飯食べないと」


 そう思ってベッドから立ち上がったその時だった。

 手に持っていたスマホから着信音がする。

 寝起きでまだ頭が覚めきってなかったけど、その音とそして電話をかけて来た人の名前を見て一気に目が覚めた。


『白峰零斗』


 そこにはそう表示されていたから。

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