第10話 回復術士の正体
「さて、正規軍の様子がどうかを見てきましょうか。二人とも、うちの兵站まで行きますよ」
「はい」
三人はまた走って、自陣営の兵站を目指した。ミレナたちの攻撃で敵もかなり戦意が削がれているかと思ったが、伝令係に話を聞くと、予想外の答えが返ってきた。
「なかなかシェルべ軍の数が減らないそうです」
ロモロは伝令係からの情報を翻訳してくれた。
「こちらが押されているとか。……もう少し戦場に近づいて、身を隠しながら様子を見ましょうか」
「はい」
ミレナたちは丘の陰に隠れながら、戦場を見渡せる位置まで移動した。周囲を警戒しつつ、腹這いになって戦いの様子を窺う。
……何かがおかしい。ミレナは目を凝らした。
どうやら、矢で射られたり、刀傷を負ったりしたシェルべ兵が、倒れたかと思えば、すぐに起き上がって戦いに戻っている。
「これが、回復術士の力だべか……」
ミレナは呟いた。
「……あまり信じたくはありませんが、そのようですね」
ロモロは深刻な表情だった。
「見た限り、一瞬で致命傷を与えられた者は助からないようです。逆にそれ以外の傷は瞬時に治っている……」
「こんなに、たくさんの人の、怪我を治すなんて、凄い魔力です」
ウーゴも眉間に皺を寄せていた。
「三本もの、天使の魔法の矢が、当たったから、でしょうか」
「……回復術士が誰かを特定して即座に致命傷を与えない限り、我が連合軍の勝ち目は薄いかもしれませんね」
「そんな……。そしたら私もここから援護射撃をするべきでしょうか」
「いや、力は温存してください。我々の攻撃が最も有効になるのは、敵の行軍中のことですから」
「でも……」
「ここは我慢です、ミレナさん」
「ぐぬぬ……せめてルイゾンの奴だけでもとっちめてやりてえが……」
「まだその時ではありません。逸る気持ちのままに無闇に攻撃をしてはなりませんよ」
「うう……分かりました」
「……では」
ロモロは丘の陰に隠れて座り直した。
「連合軍が負けることを念頭に入れて、我々はシェルべ軍の行軍中に攻撃を仕掛ける準備をしましょう」
「はい」
「あっ……ちょっと待ってくれねえですか?」
ミレナはまだ戦場に目を向けていた。
「もしかしたら……いんや、確かに……ルイゾン・ディオールが妙な動きをしとります」
「ルイゾンが?」
「はい。剣も槍も持たずに、手を左右に振っています……」
ミレナはある可能性に思い当たり、呻いた。
「すごーく、嫌なお知らせなんですけど……回復術士って、ルイゾン・ディオールのことじゃねえですか?」
「ええっ」
ロモロもウーゴも大変驚いた様子だった。
「ミレナさん、そこまでよく見えますね」
「昔から目だけは良いもんで……。でもほら、ルイゾンは戦いの先頭に立ってはいますが、突撃とかはしてねえですよね。代わりに腕を振り回して変な動作をしてるんで……これが魔法なんじゃねえかと思いまして」
「うーん、言われてみれば……?」
ロモロは自信なさげに戦場を見やる。一方のミレナはやる気がみなぎるのを感じた。
「何じゃ、最初から私の敵はただ一人、ルイゾンだったというわけじゃな。簡単なことだべ」
「簡単!? ミレナさん、本当に状況が分かっていますか?」
「よく分かんねえですが、私はやるべきことがはっきりしたってわけです」
「あのですね、かの策謀に秀でたルイゾンが、回復術士の力を持っているということならば、非常にまずいですよ、ミレナさん。一体どんな作戦を用意して来るのか……。この戦いは厳しいものになりそうです……」
ロモロが言った途端、バァンと音がした。背後から銃撃を受けたのだ。
「! しまった、遊撃隊がいたか」
幸い、三人とも被弾しなかった。ウーゴが急いで透明な障壁を作ってミレナたちを守った。ミレナは盾の端から銃を構えて、数名いた敵を順々に倒した。
「ああ、びっくりした!」
「ロモロさん。一旦、退きますか」
「そうですね、ウーゴ。森の中に隠れて、時を待ちましょう」
ミレナたちは身を隠しながら森の中に避難し、一息ついた。
「……この戦いで、我らが連合軍が勝てるならばそれに越したことはありませんが、ここは念のため、負ける前提で話し合いましょう」
ロモロは小声で言った。
「この戦いに負けたら、シェルべ軍はこのまま進軍して、やがて町に入るでしょう。兵站を破壊しましたから、市民が略奪を受ける可能性もあります。彼らを守るためにも、僕らは町中で戦うのが良いかと思います」
「町中……」
「ええ。早めに行って場所を見繕いましょう。ただでさえ死角の多い町の中だ、加えてバリケードを張ったりすれば、かなり僕らに有利な条件が作れるでしょう」
「でも、そんな人がたくさんおる所で戦ったら、危ねえんじゃねえですか。市民が怪我をしちまいますよ」
「……多少の犠牲は覚悟の上だと、アンネッタ様もおっしゃっています」
ロモロは決然とした表情だった。
「シェルべ相手に惨敗する方が、被害が大きいです。心苦しいですが、ここは市街戦に持ち込むのが良いかと。付近の町で他の部隊が戦う準備も整えてあります」
「ふーん、そうだべか……」
ミレナは神妙な顔で頷いた。
「まあ、ロモロさんが言うなら間違いねえでしょう。私はただ頑張るだけです」
「納得していただけたようで助かります。では、ミレナさん、ウーゴ、隠れたまま町まで移動しますよ」
「はい」
「はい」
ミレナたちは慎重に歩みを進めた。途中で連合軍の兵站から食糧と水を支給してもらう。少しの休憩の後、再度出発する?戦場がそもそも町から近かったらしく、すぐに民家が見え始める。ここの街並みは、灰色の多いバーチュと比べると、白い壁に赤い屋根といった小洒落ているのが特徴的だ。
「ちょっと失礼」
ロモロは立ち止まって言った。
「所用を済ませてきます。ウーゴ、何かあったらミレナさんをお守りするんですよ」
「承知しました」
ロモロは一旦、その場を離れてどこかへ行ってしまった。
「ミレナさん」
「はい」
ミレナはウーゴを見上げた。
「さっきの戦い、ミレナさん、お見事でした。僕は、びっくりしました」
「あれまあ、そうですか」
「ミレナさんが、来てくれて、とても助かりました。心強いです」
「うんにゃ、ウーゴさんの魔法があってこそ、私も戦えるんで。私も心強いです」
「そう、ですか。ありがとうございます」
「こちらこそ」
そんな会話をしながら、ミレナたちはおとなしく待っていたが、どこからともなく現れた男が急に声をかけてきた。
「もにょ!」
「わあ! 何だべか!」
「もにょもにょもにょ」
ウーゴがすぐに対応をする。
「もにょもにょ! もにょ」
「もにょもにょもにょもにょ」
ミレナは呆けた顔で二人が会話する様子を見ていた。
「もにょ! もにょ!」
男が後ろを向いて大きな声で呼ばわると、他にも男たちが二人出てきた。
「この方々は、この町に住む市民で、義勇兵に、なりたいそうです」
ウーゴが説明してくれた。確かに、彼らは三人とも銃を持っていた。ミレナがいつもペーツェル軍で見ているものよりやや見劣りはするが、武装していることには違いない。
「この町に詳しいので、僕らを案内したいと、言っています」
「へえー、そいつは助かるなあ。ありがとうなあ」
そうこうしているうちに、ロモロが戻ってきた。
「おや? この方々は?」
「それが……」
ウーゴはもにょもにょと早口でロモロに説明した。
「それはちょうど良かった。今、町に隠れている兵士たちに、隠れ場所を聞いてきたところだったんです。地元の方に協力頂けるなら心強い。是非ご一緒しましょう」
ロモロは義勇兵たちにマウロ語で挨拶などを交わした。
「そうと決まったら、早速行きましょう。隠れる場所を見繕っておきましたので」
「はい」
ミレナたちはロモロの後に続いて、大通りの脇にある小道に入り込んで行った。奥を見ると、随分と入り組んでいるようだ。隠れたり逃げたりするには丁度良いかも知れない。洒落た町だと思っていたが、このような裏道はどうやら薄汚れている。
「僕たちは先のシェルべからの独立戦争の際も、こうして奇襲攻撃を軸に戦いをしました」
ロモロはひそひそと言った。
「無論、その経験があるからには、警戒もされるでしょうが……シェルべ軍には、この国に来たことを、きっと後悔させてやりましょう」
「はい。頑張って戦います!」
ミレナの言葉を受けて、ロモロは微笑んだ。
「ありがとうございます。頼りにしております」
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