第2章
第9話 戦争の再開
朝になった。ミレナを含むロモロ隊に加え、複数の遊撃部隊が、王宮の前に居並んだ。
王宮の門の前で、前に見た天使アンネッタが宙に浮かび、兵士たちを見下ろしていた。
ミレナはマウロ王国から下賜された、茶色の軍服を着ていた。ペーツェル軍の赤い制服は目立ち過ぎるので、隠密行動には向かないということらしい。
「もにょもにょ」
アンネッタは朗々たるマウロ語でみんなに呼びかけた。
「もにょもにょ、もにょもにょ」
オオーッと気合の入った声が上がる。ミレナはよく分からなかったけれど、とりあえずみんなに合わせてオオーッと拳を振り上げてみた。
さて、行軍の開始である。アンネッタは列の前の方について全体を指揮していた。ミレナとロモロとウーゴは、列の真ん中あたりで、てくてくと前の人について歩いていた。
防衛戦ならば、ある程度、こちらの有利に戦況を操ることが可能である。今は正規軍が先に出発していて、場所を見定めて陣を張るつもりなのだと、ミレナはロモロから聞いた。また、先発の遊撃隊も送り込まれていて、敵の到着前にある程度数を削っておくとか。
ミレナたちの役割は、彼らとは別で行動して、敵の不意を突くことだ。
マウロの貴族たちは快くミレナたちに宿を提供してくれた。マウロ王国を守るため、みんな一丸となっているのだ。ミレナもみんなの熱気にほだされて、何となくやる気が出てきた。わざわざ海を越えてここまでやってきたのは、高いお給料のためと、ルイゾンを倒すためだったのだが、ここまで周囲の士気が高いと、何だか釣られてしまう。
さて、何日間かひたすら歩き続け、ミレナたちは決戦の地に近づいてきた。
アンネッタは各部隊の元を丁寧に回り、それぞれに指示出しをしていた。義勇兵たちはそれに従って、丘の向こうや森の中に身を隠していく。アンネッタはミレナたちのところにもやってきた。
「もにょ、もにょもにょ」
アンネッタは言った。私は翻訳をしてもらうためにロモロを見上げたが、アンネッタは自分の口でペーツェル語を操って、ミレナに説明をした。
「あなたの戦力は演習場で少し見せてもらいました。素晴らしい能力ですね」
「ああ、ありがとうございます」
「あなたたちには最初のうちは、敵の後方部隊を徹底的に破壊してもらいます。ミレナさんの能力を買って、そちらのことは全面的にお任せします。その分の戦力は遊撃に回しますので、あなたたちも、ある程度後方部隊を倒した後は、遊撃の方に回っていただきます。その辺りの指示はまた私が出しますので。よろしくお願いしますね」
「はあ、わざわざありがとうございます。頑張ります」
「ええ、よろしくお願いしますね」
アンネッタは柔らかく微笑んだかと思うと、優雅に飛び去った。
それからはロモロが司令塔だった。ロモロ隊は一旦、丘の連なった場所の向こうにある森の中に身を隠した。
しばらくしてから、伝令役のマウロ人兵士が駆けつけてきた。どうやらシェルべ軍が森を迂回して、戦場となる丘の方に進軍してきたようだ。
「独立戦争の時の教訓を活かしたのかな」
ロモロは言った。
「あの時は森の中での奇襲が上手くいきましたからね」
「はぇー、なるほど。じゃあこの森の中でシェルべ兵をやっつけるのは無理だべか……」
「いや、たとえ通ったとしても攻撃をしては駄目ですよ。僕らの役目は隠密行動ですからね。敵に無闇にミレナさんの居場所を明かしたくはありません」
「ああ、そりゃそうだべな。ここはおとなしくしておくのがいいんですね?」
「はい。僕が様子を見て、二人に奇襲の合図をしますので」
「よろしくお願いします」
ミレナとウーゴは言った。
しばらく森の中に座り込んで待ち構えていると、また伝令の馬が来た。ロモロはその者と、もにょもにょと何か会話をし、ミレナとウーゴを振り返った。
「行きますよ、二人とも。僕について来てください」
「はい」
ロモロは草むらの陰を選んで歩みを進め、森を出た。そのまま、森の縁に沿って歩む。
ミレナたちはちょうど敵陣の背後に当たる位置にいた。その遥か向こうでは、マウロ軍を中心として、サビア王国軍や、チャパ王国軍が、ずらりと居並んでいる。対するシェルべ軍もそれなりに数は揃えているらしく、また魔法部隊も復活している。ただ!兵の数はややマウロ側がまさっているようだ。
木の陰に隠れて様子を見ていると、両軍は前方へと進み出し、衝突した。開戦である。
ミレナは目を凝らした。シェルべ軍の中央で馬を駆っている男が、士気高揚のために後ろを振り向いた。そいつは、黒い布を顔につけていた。
「あっ、ルイゾンじゃ! 本当に死んでねえ! 生きとる!」
ミレナは驚嘆していた。噂には聞いていたが、実際にルイゾンがピンピンして戦っているのを見ると、本当に復活したのだという実感が湧いてくる。
「目が、いいんですね、ミレナさん」
ウーゴが小声で言った。
「僕には、よく見えません」
「そうなんだべか。あの、真ん中の辺りで偉そうにしとるのが、ルイゾンですよ」
「へえ……」
ウーゴも戦場の方に目をやった。
「二人とも、そろそろ行きますよ」
ロモロが突然口を開いた。
「あちらの戦いが激化している隙を狙って、後方部隊を壊滅させます。こっちです」
ロモロが走り出したので、ミレナとウーゴもそれについていった。
丘を一つ越えた先に、兵站はあった。シェルべ軍の後方支援の人々がいて、せっせと働いていた。大砲の準備をしていたり、ポリッジを作ったり、見張りをしていたりと、仕事内容は様々だ。伝令の馬の出入りも激しい。
「今回も地の利を活かして無事に兵站に近づけましたね」
ロモロは言った。
「あとはミレナさんがここを破壊すれば、敵は動揺します。頼みましたよ、ミレナさん。ウーゴもしっかりと彼女を守るように」
私は敬礼でロモロの言葉に答えた。
「では、二人とも突撃の準備を。僕が合図したら行ってください。……もう少し待って……」
緊迫の時が続く。
「……今です! 行きましょう!」
「はいっ」
ミレナは光る銃を出現させて腕に抱えると、ロモロとウーゴの後を追って駆け出した。
「行けそうですか?」
「はい、これだけ距離が縮まっちまえば余裕です!」
「では行きます。……撃てぇっ!」
「はい!」
ダダダダダダダ、とミレナの銃から銃弾が飛び出す。護衛たちがバタバタと倒れ始め、兵站は蜂の巣を突いた様な大騒ぎになった。向こう側にいた護衛たちがすぐさま駆けつけて来て、槍を持って突撃して来たが、ミレナは彼らのことも余さず撃ち殺した。
「どうしますか? 護衛とかはだいたいやっちまいましたけど」
「非戦闘員も狙ってください。戦争に参加している以上、見逃す訳にはいきませんから」
「えーと、天幕の中に入らないと、敵に的が絞れねえですが」
「ウーゴが援助します。臆さず中まで進んでください」
「分かりました。ウーゴさん、すまねえですがお願いします」
「任せて、ください」
ミレナは天幕の方まで走り寄り、中で作業していた人たちを次々と撃った。天幕の内外は大変な騒ぎとなっており、慌てて武器を持ち出す人も出てきた。ウーゴは小さめの光る盾を出現させると、敵の槍やら銃弾やらを器用に防いで、ミレナとロモロを守った。
「次、あちらです、ミレナさん!」
ロモロが支持を与える。
「了解です!」
ミレナはひたすら撃ちまくる。どうにか訓練の成果が出ているようで良かったと思った。連射の数も相当回復しているし、戦い抜くための体力も戻ってきている。
こうして敵陣の兵站の一つが壊滅状態となった。この調子で一つ、また一つと後方支援を潰してゆき、ついにほとんどの後方部隊員が、死ぬか、怪我を負うか、逃げるかして、いなくなってしまった。支援に駆けつけたシェルべ兵も魔法の銃の餌食となった。
「いやぁ、ミレナさん様々ですね」
ロモロは荒い息を吐きながら言った。
「正直ここまで円滑に行くとは思っていませんでした。ありがとうございます」
「そうですかぁ。こっちこそ、ありがとうございます。色々と指示を出していただいたお陰さんで、ちゃんと戦うことができましたんで」
「お疲れ様、です」
「ウーゴさんもありがとうなぁ。私が迷わねえで進めたのはウーゴさんが守ってくださったお陰です」
三人はしばし肩の力を抜いて、互いの健闘を讃え合った。
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