第2部
第1章
第1話 隣国の天使の復古
春も終わりを迎えつつある陽気の中、多くの声援に迎えられながら、アデライドは超然とした表情で祭壇の上に立った。
アデライドが右手を上げると、人々の声は徐々に収まっていった。
「私はあなた方を赦します」
去年の秋から半年間、牢獄に幽閉されていた天使の、人々への第一声はそれだった。
「国とは人間たちのもの。人間たちが天使を不要と断ずるならば私はそれに従いましょう。しかしまた必要としてくれるならば、私は私の責務を全うするのみです」
アデライドは右から左へと、人々を見回した。貴族、騎士、軍人、官僚、それにジリー市民もちらほら。
アデライドの再来を望む声は、シェルべ軍の東方遠征の壊滅的な失敗によって、急激に高まっていた。
何でも、ペーツェルの魔法部隊にとんでもない能力の娘が現れたとか。やはり魔法を侮ってはいけなかったのだと、人々は身をもって知ったということだ。
人々の声に押される形で、今後のシェルべ軍にも魔法部隊は必要だと、王も軍部も認識を改めた。だから、アデライドは解放され、再び王宮に迎え入れられた。
「今年の初めには私は牢獄におり、儀式を行えませんでした。その代わりの儀式を今から実行します」
アデライドはおもむろに左手を真っ直ぐ宙に差し出した。
パッ、と左手には薄く透明に光る弓が、右手には同じく光る三本の矢が現れた。
アデライドはその矢を続け様に同じ方向に向けて放った。
どよっ、と人々はざわめいた。
「三本の矢は同じ人物に命中しました。その人物の名は今は口にすることができません。矢の効果も今は伏せておきましょう」
アデライドが言うと、ざわめきは大きくなった。
矢が同じ人物を選ぶことは珍しい。それに、その人物の名と矢の効果が明かされない事態も極めて異例だ。
しかしつい前の冬も、隣国のペーツェルで、銃の魔法兵士が現れた。今度はシェルべ王国の魔法に異変が起きているのか。
今はこの大陸──アムザ大陸の、変革の時なのかもしれない。今後ともアムザ六ヶ国の軍事を司る天使たちの動きから、目が離せなくなりそうだ。
「シェルべ王国における魔法部隊の復活は、次回の魔法兵士選びの後になります。皆さん、次の年始の時まで、気を引き締めて過ごされますよう。将軍が交代した今、シェルべの西側の国々も、虎視眈々と独立の機会を窺っています。決して油断してはなりません。以上です」
アデライドは表情を崩さぬままそう言って、祭壇を降りた。
広場を歩いて辞し、豪華な造りの王宮の前庭に、一人で入ってゆく。
噴水のほとりでしばらく目を閉じて、天の声に耳を澄ませた。
「……頼みましたよ、我らが将軍」
そう呟くと、アデライドは地を蹴って宙に浮き上がり、三本の矢に選ばれし幸運な者のもとへと飛び立った。
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