農奴の娘、魔法銃士になる。〜天使様に選ばれて銃器魔法を手に入れたので、戦場で無双してガッツリ稼いで、弟を自由にします!〜

白里りこ

第1部

第1章

第1話 天使の魔法の矢


 晴天下の祭壇の上で、アルビーナは静かに目を瞑っていた。天の声に耳を澄ませる。


 周囲の人間たちが固唾を飲んで自分の行動を見守っているのが分かる。


 去年、隣国シェルべ王国の天使が牢に幽閉された。当のシェルべ王国は現在版図を拡大しており、アルビーナが天使を務めるここペーツェル王国にも危機が迫っている。


 そんな中で迎えた、毎年恒例の儀式。天使が三本の魔法の矢を国中に放ち、それが刺さった齢十八の人間に魔力を与えるというもの。


 かつてはそうして与えた魔力がその国の軍事力を支える大きな役割を担っていた。銃火器の出現した現在では、その役割もかなり縮小していたが……。


 天使を封じた国に対抗する力は、天使によるものでなくてはならない。

 銃火器を備えた現代の軍隊に勝る力を、今こそこの天使アルビーナが、人間たちに与えなくてはならない。


 今年の儀式で選ばれた者はみな強大な力を手にするであろうと、アルビーナは王宮の人間たちに伝えていた。


 アルビーナは天の声を聞き届けると、粛々と立ち上がった。


 両の手を前に出すと、薄く金色に光る透明の弓矢がパッと出現する。アルビーナは二本の矢を口に咥えると、一本目の矢を弓につがえ、ぎりぎりと引き絞って空高く放った。矢は遠く遠く空の向こうへと消えていった。次いで、二本目、三本目と、アルビーナは続け様に矢を天に向けて放つ。

 全ての矢を放ち終えると、弓は出てきた時と同じようにパッと手から消えてしまう。


「では、結果を発表します」

 アルビーナの歌うような声は遥か遠くの聴衆にまで届く。


「一本目の魔法の矢。鉾たる騎士。馬に乗り戦場を駆け、魔法の槍で敵を穿つ。軍人階級のシュタルク家が三男。その名も、ヴィット・シュタルク」

 おおーっと歓声と拍手が上がる。それが止むのを待って、アルビーナは続ける。


「二本目の魔法の矢。盾たる守護者。魔法の盾で戦場を守り、数多の弾丸から人々を救う。首都バーチュに住まう市民階級のヴァイゲル家が娘。その名も、エーファ・ヴァイゲル」

 おおーっ? と歓声と拍手が上がる。ただの市民、それも女が選出されるのは珍しい。最後にアルビーナは三人目の名を告げる。


「三本目の魔法の矢。狩人たる戦士。魔法の弓で……いえ」

 アルビーナは咳払いした。聴衆たちが異変に動揺する。アルビーナは再度口を開いた。

「三本目の魔法の矢。勇猛なる銃士。魔法の銃で咆哮し、敵を一掃する。ブレッカー領に住まう農奴の娘、その名もミレナ」

 聴衆たちは呆気に取られた。


 三本目の魔法の矢に当たった者は弓兵になると決まっていた。それが、銃士? それも、魔法の銃火器? その使い手だというのか? 俄かには信じ難い。

 それに、領主に隷属する身分たる農奴出身の娘が魔法兵士になるなど、前例がない。知識も力も何も持ち合わせていない、畑を耕してばかりの一介の卑しい農奴の女などが、使い物になるとでもいうのか?

 異例尽くしの三本目の魔法の矢。人々は訳が分からない様子でアルビーナを見上げる。


 アルビーナは苦笑した。アルビーナとて仔細が分かるわけではない。天の声に耳を澄まして、思うがままに矢を放った、それだけだ。その真意は天にしか分からない。

「以上です」

 アルビーナは静々と祭壇を降りて宮殿に引っ込んだ。扉が閉まった後、壁の向こうから、ドッと人々が喋り出すのが聞こえてきた。


「アルビーナ様、これは一体……」

 控えていた側近が思わずといった調子で問うた。

「私は、天の思し召しのままに従っただけのこと」

 アルビーナは側近を見上げてそう返した。

「もしかしたら、新しい時代が幕を開けるのかもしれないわね」

「さ、左様でございますか……」


 さて、新たなる魔法兵士はアルビーナが自ら迎えに行かねばならない。アルビーナはすぐに王宮の表玄関へ回ると、居並ぶ護衛に微笑みかけて、タッと地を蹴って宙に浮きあがった。空を飛んで、矢の当たった者のもとまで向かうのだ。矢に選ばれし幸運な人間のもとまで、順々に。






***

作者註

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