帰ってきたうちの姉は元英雄らしい
福之浦ミドリ
プロローグ
今日は特別な一日になる、なんて思ったことはないだろうか。
しかしそんな日に限って朝から変に緊張してそわそわと落ち着きがなくなったり、コップをつかみ損ねたりして床に水たまりを作ってしまったりする。
今朝の
「もぉ何やってんのさ、
妹の
「ごめんごめん……」
透もタオルを持ってきて一緒に拭く。その最中、少し不機嫌そうな表情を浮かべて海が口を開く。
「
海の鋭い睨みに透は目をそらすしかなかった。
そう。今日は姉が帰ってくる日なのだ。
四年のあいだ顔を合わせることもなく、なぜか手紙というアナログな手法でのみ連絡を取っていた――母親曰く、姉は中学卒業と同時に電波の届かない僻地へ引っ越したとのことだった。
「でも久々に会うんだからはしゃいだって良いじゃないか。めでたい日なんだし」
「……そりゃあ、透兄サンはあの時お別れできてなかったから仕方ないけどぉごにょごにょ」
海がむすっと頬を膨らませていることに気づいた透は優しく語りかけた。
「大丈夫。姉さんが来たら変わることとか慣れないこともでてくるだろうけど、僕達なら何とかなるって」
海に向けニッと笑う。それを見た海は微笑んで――。
「――なんか雰囲気で流そうとしてるけど、兄サンが迎えに行くあいだ私が掃除するんだよ?」
固まる透。彼女の不満の言葉はまだ終わらない。
「私がどこに何をしまうかとかちゃんと言ってたのにしまわなくていいものを戸棚の最奥に置いたり、バケツ蹴って部屋水浸しにしたり、物入れ用段ボールにお尻からハマって破壊したり……なんかもう色々と透兄サンひどかった」
ぐうの音も出ない。実のところ、透は昔から何かと妹の役に立とうとして逆に妹に助けられたことのほうが多かった。
「本当にごめんなさい」
こうして透が謝罪するまでが一連の流れだった。そんな見慣れた兄の姿になったところで、海はため息一つつくと床を拭き終え立ち上がる。そのさい透が持っていたタオルも掴み取り、今度は先ほどと違って優しく笑った。
「とにかく、彩音姉サンの前で昨日みたいなドジはしちゃだめだからね。せっかくのめでたい日なんだから、今日くらいはバシッと決めてカッコいい兄サンでいてよね」
なんだかんだ言われながらも、この自身よりよくできた妹の言葉にいつもの温かみを感じる透だった。
「そうだな。誇りある最高の妹の、最高の兄として頑張ります」
「ッ!……ほら、もうそろそろ時間でしょ、早く行けってば!」
「え? うわ本当だ! 行ってきます!」
ドタドタと騒がしく家を出ていった透。そんな兄を見送ったあと、海は少し不安げにそして寂しそうにつぶやいた。
「気をつけてね。……お兄チャン」
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