ルーチェ(4-1)

 多くの人が集まるなか、ひゅうと吹いた風が兎の草原を駆け抜ける。


 その場にいたのは冒険者達。本来ならば祭りのような騒ぎになるはずの人数が集まりながらも、その場は異様な静けさを保っていた。


 魔物の大移動が街まで迫ってきている。

 信じがたいその情報が確かなのか、冒険者達は斥候からの報告を緊張しながら待っていたのだ。


「来てる! 魔物の大群が街に来てるぞ、その数五百以上!」


 森から抜けてきた斥候が力強く叫ぶ。その言葉に、場は一斉に喧騒に包まれた。


 緊急防衛依頼として集められたのは、初心者から中堅までの冒険者達およそ五十名だ。一人につき十体という魔物の多さに冒険者達は混乱していた。


「みなさん、落ち着いてください!」


 ざわざわとした喧騒が響く中で、凛とした声音が響き渡る。その声の主はルーチェだった。


 本来ならば無視されてもおかしくない状況。そして大きいとは言えない声量。しかし、ルーチェの声はその場にいた全ての人々の耳に確かに届いていた。


「みなさん、一度深呼吸をしましょう」


 張り上げているわけでもないその声が自然と心に響く。冒険者達は、ルーチェの言葉に従って深く息を吐き出していた。


 その一呼吸。それだけで冒険者達の混乱は収束を迎えていた。


「聞いてくれて、ありがとうございます」


 響く声音は落ち着いていて、穏やかだ。聞くだけで安心するような、身を委ねてしまいそうになる声だった。


 それが、王族として生まれ生きてきたルーチェの持つ統率者としての話し方なのだ。


「これから、わたくし達は多くの魔物と戦います。恐怖する者もいるでしょう。わたくしも怖いです。ですが--」


 力強くルーチェの声が響く。


 冒険者の中にはルーチェを知らない者も多くいた。知ったうえで、華奢な少女だと侮っていた者さえいる。


 だが、この瞬間だけはルーチェの言葉に誰もが耳を傾けていた。


 心の奥底から力とやる気が湧いてくるようなルーチェの声を、誰もが真剣に聞いていたのだ。


「わたくし達の後ろには、愛する人達が住む街がある。わたくし達が笑い、騒いだ街がある。だから、わたくしは戦うと決めてここにいるのです」


 その言葉に冒険者達の心が奮い立つ。


 多かれ少なかれ、冒険者には街に大切な人達がいた。だが、それだけじゃない。住み心地のよい街そのものを、サンジェ王国を彼らは守りたいと思ったのだ。


「かつての伝説にもなっている魔物の大移動。これをわたくし達の力で打ち払い、今度はわたくし達が伝説を残しましょう!」


 高らかに響いたルーチェの声に、冒険者達の声が次々に重なる。士気は最高潮まで高まっていた。


「おい、見えたぞ! 魔物達だ!」


 草原の奥から現れる魔物の群勢を見つけた冒険者の雄叫びが響く。だがもう恐る者はいなかった。今か今かと焦る気持ちを抑えて、冒険者達は武器を構える。そして--。


「みなさん、突撃です!」


 ルーチェの鋭い一声が開戦の合図となった。

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