ルーチェ(3-4)

 普段冷静で落ち着いた雰囲気のあるアーヴェンから、ズンッとのしかかるような圧が放たれる。


 心して答えろと言外に圧をかけられたクロとルーチェは、しばらく声を出すこともできなかった。


 戦うか、逃げるか。数日前までのルーチェならば、逃げる一択だった。戦う力がないにも関わらず守らなければならない血を身に宿すルーチェは、生き残るために逃げる道を選ぶしかないはずだったのだ。


 けれど、今は違う。戦えることを知ってしまった。街の人達の生活を知ってしまった。仲間達と飲み交わした街が滅ぶのを、ただ見て見ぬふりはしたくはない。そう思う心が生まれていた。


「アンタ、そんな威圧もできたのね」


 悩むルーチェの横で、半ば冗談混じりに呟きを放ったクロが笑う。その笑顔は無理矢理浮かべたものだ。クロの頬には冷や汗が垂れていた。


「ちょっとした父親からの教えでな。人が生来持つ雰囲気とでもいうのか、普段は自覚さえしてないソレを意識することで操るんだ。普段はこの威圧感を抑えて、必要な時は強く放つみたいなことだな。まぁ、チンピラが凄むのと同じようなものだ」


 そう言ってアーヴェンは笑う。けれどその笑みさえもクロとルーチェを後退りさせるような圧を持っていた。


「便利だろ? 魔物相手にも効くんだ、これが。ちょっとした奥の手の一つだな。とまぁ話もこれくらいとして、答えは出たか?」


 逃げるにしろ戦うにしろ準備が必要だ。いつ魔物の大移動が街を襲うかもわからない現状、アーヴェンにこれ以上の時間の余裕はなかった。


「アタシは正直どっちでもいいわ。伝説でしか聞いたことない大移動を見てみるのもいいし、この街から出て冒険も楽しそうだもの」


「お前ならそうだろうな」


 威圧感を受けてなお肩をすくめて言い放つクロに、アーヴェンは呆れたように笑った。そして、アーヴェンの視線はルーチェに移る。


「わたくしは……」


 答えようとしたルーチェの口がそこで止まった。それ以上を言えば、クロとアーヴェンを巻きこむことになるとルーチェはわかっていたのだ。


「遠慮する必要はない。お前の意見を聞かせてくれ、ルー。仲間だろ」


 アーヴェンの真摯な眼差し。それを受けて、ふとルーチェは父の言葉を思い出した。


『優しい人でありなさい。私はいつだってお前の味方だぞ』


 そう言った父とアーヴェンは同じ目をしていたのだ。


 優しくて、力強い瞳。時折厳しそうに見える姿も、それは優しさの裏返しだった。


「わたくしは……」


 何故、忘れていたのだろうか。父が戦争など考えるはずがないのだと、ルーチェは今なら確信できた。


 何か王城で妙なことが起きているに違いないのだ。そうでなければ説明ができない。植え付けられていた家族に対する疑念が払われていくのをルーチェは感じていた。


 そう、植え付けられていたのだ。そうとしか説明できない感覚だった。


 そうして晴れ渡った心でルーチェはアーヴェンを見つめ返す。答えはもう決まっていた。


「わたくしは、この街を守りたいです。まだ、知らなければならないことがあるんです」


 国民を守るのが王族の義務だ。そして、王城で何が起きているのかをルーチェは知りたいと願った。


「わかった。なら、戦おう。俺はなるべく情報を集めてみる。お前達はお前達でできるだけの準備をしてくれ」


 アーヴェンが力強く頷く。こうして、アーヴェン一派は魔物の大移動に向けて各々が準備をすることになった。


 そしてそれから二日後。冒険者組合から街に向かう大量の魔物達の姿が発見されたとの報告が街中に伝えられ、サンジェ王国防衛緊急依頼として兎の草原に冒険者が集められることになった。

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