ルーチェ(3-3)
「つまり、魔物の大移動が発生する恐れがあるという報告ですか?」
冒険者組合に帰って依頼の達成を報告した後のこと。ルーチェとアーヴェンは最近の異変についての考察を受付嬢に話していた。
「あぁ、可能性の一つとしてだがな」
「なるほど、わかりました。魔物の大移動の兆候がないか調査するために、斥候が得意な冒険者に向けて緊急依頼を出してみますね」
「あぁ、頼む」
こうしてアーヴェンと受付嬢の会話によって、最近の異変に関して緊急依頼が出されることになった。
****
「受付嬢からさっき話を聞いてきたが、大移動の兆候が見つかったらしい」
依頼を出して二日後。調査が行われた結果判明したのは、強い魔物達の分布が移動することでそれよりも弱い魔物達が波のように移動しているという事実だった。
「大移動、ですか。本当にそんなことが……」
アーヴェンの言葉にルーチェは震えた声を漏らす。
伝説上でしか語られたことのない事件が発生しようとしている事実にルーチェは恐怖していた。
「俺もまさかこんなことになるとは思ってなかったさ。ただ幸運なことに強力な魔物が街に向かっていることはないと確認されている。問題は弱い魔物達の方だ」
アーヴェンは少し疲れた顔で手帳を取り出して、ある頁を開くとルーチェとクロに見せつける。そこにびっしりと書かれていたのは、サンジェ女王の建国譚についてだった。
「ルーの話があったからな。今回俺はこの二日でサンジェ女王についてを調べてみたんだ。そしたらある一つの事実が判明した」
アーヴェンが手帳の中でもぐるぐると線で囲んだ部分を示す。そこに書かれていたのは色んな考察から線を引かれた先に結ばれた『退魔の魔道具は当時からあった』という文言のみ。その文を見た瞬間にルーチェが悲鳴のような声を響かせた。
「これって、そんなまさか!」
「あぁ、俺も驚いたが魔物を遠ざける道具は大移動が起きた頃には存在していたらしい。見てわかる通り、他の伝承から繋げていくとこれはおそらく事実だ」
「『魔の化身が二人いた』……。それに、『魔の化身は魔道具を作れる』? 『サンジェ女王が建国前に魔の化身を従えていた』ことはわたくしも知ってますが、『魔物の大移動は建国後に発生した』のだとすると……」
アーヴェンの記した建国譚についての考察を読み上げルーチェは唸る。もしその考察が正しいのだとすれば語られる建国譚の流れが大きく変わってしまうのだ。
建国譚は魔の化身の誕生から始まる。その後魔物の大移動が仲間達と過ごしていたサンジェ女王を襲い、それを退けた女王が魔の化身に単身挑み討伐したというのがよく知られている話の流れだ。そして平和になった草原にサンジェ女王が王国を作り上げたのだと。
だが魔の化身が二人いたのだとすると、話が変わる。サンジェ女王が従えた魔の化身が建国より先に存在していた場合、魔物の大移動の時には魔の化身の力を王国は持っていたことになる。つまり、当時から王国は魔物を退ける魔道具が存在していたことになるのだ。
「確かにこの手帳に書いている流れ、筋は通りますね」
「あぁ、だから問題なんだ」
「なるほどね。退魔の魔道具が当時あったのだとすれば、魔物の大移動は魔道具の効果を超えて街に迫ることの証明になる。それがアンタの言う問題なわけね」
「そうだ。現状弱い魔物達は退魔の魔道具によって街に向かっていないが、それにも限度があることになる。街が魔物の大群に襲われるぞ」
クロの言葉にアーヴェンは深く頷く。そして重苦しい沈黙がその場に流れた。
サンジェ王国の平和は退魔の魔道具によるものだ。その魔道具が効かないとなれば、途端に人間は弱者に成り下がる。街は魔物に荒らされ、多くの人が死ぬ未来。それが王国の至る末路だ。それが理解できてしまうが故に、三人は言葉を失っていた。
だが黙していても時間が過ぎるだけ。結論から言えば、三人の選べる行動は大きく二つしかない。それを誰よりも先に理解していたアーヴェンは、躊躇いながらもゆっくりと口を開いた。
「ここで、お前達に俺は聞かねばならないことが一つある。街から逃げるか、戦うかだ。アーヴェン一派の一人として、どちらかを選んでくれ」
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