ルーチェ(2-5)

「ふぅ、もう大丈夫です」


 息を落ち着け水分を取り、少しの間だけ目を閉じたルーチェは初めての討伐による罪悪感から気を取り直して立ち上がった。


 いつまでも落ちこんでいたところで、強くなれるわけでも金が得られるわけでもない。ルーチェは王族として、未来のために『生きる』という使命があるのだ。


「本当か? 辛ければ今日のところは狩りを終わりにしてもいいぞ。戦えることはわかったしな」


「いえ、大丈夫です。この程度では、食事代にもならないですよね?」


「……そうだな。魔兎なら十は狩りたいところだ」


 魔兎は襲われない限り襲ってこない魔物だ。そのため一撃で倒せる実力さえあれば難なく複数を狩ることができる。その容易さもあり、魔兎の素材は市場に溢れていて価値が低いのだ。


「ちなみに、魔兎の素材を取るなら頭の石だけでいいわ。他の部位は使い所があまりないからね」


 クロは魔兎の首から魔爪で魔石を切り出して腰の皮袋にしまう。唯一魔兎の素材でも需要がなくならないのが、頭の魔石だった。魔石から取り出せる魔力はあらゆる道具の燃料として使用できるため、いくらあっても困ることがないのだ。


「とはいえ、魔兎の魔石は純度が低いからな。高くは売れん」


「それで、十は狩りたいということなんですね? わかりました、任せてください」


 魔兎の価値を聞き、ルーチェは意識を切り替える。生きるためには金が不可欠だ。それを得るためならば、罪悪感で心が痛もうとも耐えてみせる。そう決意したルーチェは魔力を練り上げ、狩りを続行した。


***


「こんなものっ、ですかね……」


 息を切らしたルーチェが、汚れるのも気にせずに地面に寝転がる。結局、ルーチェは初めての狩りの後に十五の魔兎を狩っていた。命の脅威に晒されることはなくとも、剣気の使用による魔力の消費はルーチェの体力を大幅に削っていたのだ。


「やるじゃないか。全て一撃で仕留めているところを見るに、もう少し強い魔物を狩る方がいいかもしれないな。魔兎でこれだけ消耗するのも勿体ないだろ」


「そう、ですね」


 流れる汗を拭って、ルーチェは小さく頷く。剣気を乱用したことなどなかったルーチェは、想定以上の疲労感に襲われていた。


 もう少し狩りを続けたいとルーチェは考えていたが、魔力を身体にまとうのが常の魔物を剣気なしの攻撃で傷をつけるのは非常に困難であることを考えると戦闘継続は不可能だった。


「よし。それじゃあ最後はルーに冒険の醍醐味を教えてやろう。動けるか?」


「は、はい。ありがとうございます」


 アーヴェンが差し出す手を握り、ルーチェは起き上がる。力強い手の感触に場違いながらもルーチェの鼓動が少し早まった。


「ちょっと! 冒険の醍醐味ってなに? アタシも教えてもらってないんですけど!」


「クロとはまだ一派を正式に組む前に一度顔合わせで一緒に来ただけだろ。しかもあの時、お前は他の狩場に行きたいってすぐここを離れただろうが」


 少し怒ったようにクロが小突くと、アーヴェンは呆れたような苦笑いを浮かべて深く息を吐いた。その軽いやり取りが仲間の象徴であるように感じて、ルーチェは少し羨ましく思う。自分もこんな風に言いあえる仲間になりたいと。


「っと、悪い。少し話が逸れたな。それじゃあ二人とも着いて来てくれ」


 ルーチェの視線を感じたアーヴェンは謝ると、草原の奥深くへと進んでいった。


「それにしても何かしらね、冒険の醍醐味って」


 アーヴェンを追いかけるルーチェの横に並んだクロが不思議そうに首を傾ける。ルーチェも同じように首を傾けて、冒険者について考えてみた。冒険者の制度や成り立ちこそ為政者である王族として学んでいるが、それ以上に冒険者について考えたことは今までにない。何も思いつかないというのが正直なところだった。


「アタシはね、知らない物や知らない景色に出会うことだと思うわ。それを冒険って言うのよ。その点、こんな人がよく来る草原じゃ冒険って言えないとも思ってるけどね」


「なるほど」


 クロの持論を聞き、ルーチェは小さく頷く。知らない物を知る、それは心躍ることだろうとルーチェも思ったのだ。ルーチェは王族としてあらゆることを学んできたが、知識を得る過程は楽しいものだった。そして、その知識で得た物を実際に見るのも素敵なことだとルーチェは火山を見た時に思ったのだ。


「それならわたくしは冒険に向いてますね。街から一切出たこともなく、世間にも疎いですから」


「なにそれ、どっかのお姫様みたいね!」


 クロはルーチェをキョトンと見つめて吹き出すように笑う。その姿に引きずられるようにルーチェも笑いながら、軽率な発言だったかと内心で冷や汗を流していた。


「おい、着いたぞ! こっち来てみろ」


 そうこうしている間に、目的地に辿り着いたアーヴェンが振り返って二人を呼ぶ。クロとルーチェは少し駆け足になってアーヴェンの横まで向かった。そこで二人の目に映ったのは、一面真っ青の花畑だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る