シロ(2-2)
「あ、ありがとうございます! このご恩、どう返したらいいか!」
「気にしなくていい。それよりも、静かに」
泣いて縋りつこうとしてくる少女達を押し留め、シロは引き続き周囲の音を探り続ける。少女達の騒ぎを聞きつけた奴隷狩りがいないか調べる必要があったのだ。
運が良かったのか雨のおかげか、倉庫内の奴隷狩り達は位置を変えていなかった。檻の部屋の向かいに三人の寝息。その部屋の両隣から音は無し。檻の部屋の両隣は正面口側で三人奴隷狩りの遊ぶ声がしたが裏口側に音はなかった。残る正面口間近の部屋は二つとも空き部屋であることをシロは入ってくる際に確認している。裏口と廊下の間には両開きの大きな扉で遮られており、見張りは廊下をみることができない。これならば、空き部屋を一回経由して正面口に向かうことで接敵することなく外に出ることができるとシロは今後の流れをまとまた。
「ばれて、ない。このまま逃げる、ついてきて」
声を潜めて告げるシロに、少女達は静かに頷いた。少女達も音を出す危険性はわかっているようだとシロは安心し、先行して廊下へと出る。
奴隷狩りは外からの襲撃は想定しているようだが、中に対しての意識は低かった。廊下を巡回する者もなく、出入り口の見張りを除いて奴隷狩り達は各々の部屋で寝るか遊ぶかしている。気をつけるべきは用を足すためなどに部屋を移動する奴隷狩りだけだ。
「……いまかな」
シロは檻の部屋と正面口の間にある向かい側の空き部屋に入りこむと、機を見て少女達に移動するよう手招きをする。緊張した様子でぞろぞろと少女達が廊下を渡り、空き部屋へと全員が移動した。
「静かに。少し待ってて」
そわそわとする少女達を宥め、シロは廊下に出て空き部屋の扉を閉めると陰に屈んだ。その直後、一人の奴隷狩りが檻の部屋と丁度向かいの部屋から扉を開けて廊下へと出る。けれどシロは驚かない。空き部屋の隣から奴隷狩りの立ち上がる音が聞こえたからこそ、シロは始末するために廊下に出たのだ。
「さてっと、あいつは奴隷でお楽しみかなっと」
声を弾ませながら奴隷狩りは檻の部屋へと近づき、蹴破られた扉から中を覗く。その視界に血を噴き出して倒れている仲間の姿が入った瞬間、奴隷狩りの喉は短剣で刺し貫かれていた。
「これでよし」
奴隷狩りの死体を檻の部屋と押しこみ、シロは空き部屋と戻る。そしてその後奴隷狩りが廊下に出てくることはなく、檻の部屋から空き部屋へと少女達を誘導したのと同じ方法でシロ達は正面口へとたどりついた。
「外……!」
思わず少女の一人が喜びに声を漏らし、慌てて自分で口を塞ぐ。その様子をちらと見て、シロは優しく微笑むと腰の小物入れから赤の布紐を取り出した。
「もう大丈夫。このままあっちに向かって。そしたらこの布紐と同じのを持った人が保護してくれる」
「本当に、ありがとうございますっ」
布紐を受け取り、少女達は雨の中を駆けだす。向かう裏路地にはチアーレが奴隷から解放された人達を保護するために雇った冒険者が待っているはずだ。シロが一緒に向かわなかったのは、今後のことも考えて雨に濡れるのを避けるため。そして裏路地を眺めること十数秒、パッパッと短く魔灯の明かりが閃くのを見てシロは安堵の息を吐いた。
目的の一つである奴隷の解放は、これで達成となる。だが、他に捕まっている人がいないとも言い切れない上に奴隷商の拠点を特定する手がかりは未だ見つけられていなかった。いっそ奴隷狩りを捕まえて尋問するのが一番早いのだろうが、シロにはその技術もない。
「とりあえずもう一度調べる」
悩む時間ももったいないとシロが正面口から倉庫に入りなおしたその時、裏口側から扉の開く音がシロの耳に飛びこんだ。
「にゃっ。誰かが戻ってきた? いや、でもこの匂い……!」
少女達に意識を集中していたことに加え雨に音が掻き消されていたことで人が倉庫に接近していたことに気がついていなかったシロは緊張に身をすくめる。だがそれも束の間、漂ってきた微かな匂いにシロの意識は持っていかれた。
「クロの匂い」
それは奴隷商に連れて行かれた仲間の匂い。それが、只人の男の匂いに混じって僅かに流れてきたのだ。それが示す意味は一つ。裏口から入ってきた存在が奴隷商の拠点にいたということ。
「急がなきゃ」
シロはその身を影に潜ませながら廊下を音もなく駆けた。入って来たのが何者であれ、まだ数人の奴隷狩りが残る状態で倉庫内の異変に気がつかれるわけにはいかない。ならばするべきこと一つ。
「なるべく、数を減らす」
幸いにも入って来た人物が奴隷商の拠点に繋がるとわかっている現状、他の奴隷狩りは始末しても問題ない。そう結論を出したシロは、見張りの死体を隠した空き部屋まで向かい裏口側に耳を向けた。
「ったく、ついてねぇぜ。昨日は化け物に出会うわ今日は雨に降られるわ。こんな仕事したくもねぇのによぉ」
「ははっ、水も滴るいい男ってか。近くの部屋で服でも乾かしたらどうだ?」
「うるせぇ、下衆野郎が。ちっ、部屋借りるぞ」
見張りと入って来た男の会話がそこで途切れ、荒々しく扉の開けられた音が響く。
「ちっ、雇われの用心棒がなんだってんだ。見下しやがって」
見張りがこぼした愚痴を聞きながらシロはそっと廊下へ出て裏口と廊下を隔てる両扉に視線を向けた。そこから出てきたのは頑強な体躯の男。筋肉質で傷だらけの身体は歴戦の戦士であることを示している。強い者に惹かれる猫人族の本能が一瞬シロをときめかせた。だが、それはそれだけ男が危険であることの証左に他ならない。
視線を奪われたまま、シロは男が部屋に入っていくのをただ見つめた。
「たぶん、勝てない」
戦うべきではないと叫ぶ心に従い、シロは他の奴隷狩りを始末する方へ意識を切り替える。まだシロが中を確認していない部屋は用心棒が入った部屋を除いて三つ。その中でも奴隷狩り達が遊んでいる最中の部屋に目標を絞る。
「三人以上が相手なら、出し惜しみはできない。にゃ」
中から聞こえる声は少なくとも三人以上。短剣は二本。不意打ちのみで倒す想定ができない状況は潜入してから初めてとなる。意を決するように、深く呼吸をしてシロは扉を開けた。
ゆっくりと【ひっそり】開いた扉に中の奴隷狩りは気がつかない。その数は声から予想した通り三人。シロは地を音もなく蹴り、短剣を二本取り出した。
「『加速』」
速度を増したシロは手前にいた奴隷狩りの喉に即座に背後から右手の短剣を突き刺す。刺した短剣はそのままに、シロは勢いにのせて目の前にいた二人目の喉に引っかけるように左手の短剣を振りきった。魔法により加速した素早い一振りが奴隷狩りの首を切り裂く。
「なんーー」
「おわり」
一瞬の出来事に声を絞り出した三人目の首に即座に左手の短剣を突き刺して、シロは小さく息を吐いた。
多少の声は出させてしまったが、それも一瞬のこと。部屋の中は
「周りの音は……。変わってない」
部屋の確認を済ませたシロは周囲の音を確認したが、誰かが気がついた様子はなかった。
「にゃぅ。あと、二回」
安堵したシロは短剣を抜いて拭うと、少し不安気に鳴き声を漏らす。素早く倒すため、そして攻撃の威力を上げるためにシロは切り札の魔法を使ってしまった。魔法の残り回数は二回。用心棒と呼ばれた男と戦うならば、不安の残る回数だ。
「戦わないで済めば、いいけど」
不安を無理矢理抑えてシロは奴隷狩りの眠る部屋へと向かった。一番注意すべき裏口間近の部屋にいる用心棒は、音を聞くに服を絞っている最中だ。その隙を逃さぬようにと、シロは寝息の聞こえる部屋の扉を開けた。
中には雑に敷かれた布の上で眠る男が二人。シロは即座にその二人に短剣を突き立てた。
「ここにもいない……。ならもう、捕まってる人はいないかな」
残る一つの部屋からは人の存在する音はしていない。匂いも含めてそこが厠であるとシロはわかっていた。ならば、片付けなければならない問題は残り一つだけだ。用心棒から奴隷商の拠点に繋がる手がかりを手に入れること。緊張の時間もあと少しだと浮き足立つ心を抑えるようにシロは深く息を吸う。
その瞬間に、シロの猫人族としての危機察知能力が強い警鐘を響かせた。
「おらよぉっ!」
「にゃっ!?」
突如響いた男の鋭い声。続いてシロの耳に飛びこんだのは何かが風を鋭く切る音。そして、シロの横の壁が爆散した。
降りかかる礫を大きい物だけどうにか避けたシロは恐る恐る空いた穴の奥を見る。そこには鋭い目つきで部屋を覗く用心棒の姿があった。
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