墜落少女 -Fall in girl-

人生

チュートリアル

 プロローグ




 【不在 -Zain- 都市】



 気が付くと、廃墟のなかに座り込んでいた。


 見上げると屋根はなく、どこまでも続きそうな青いソラが広がっている。雲一つない青色の広がりはまるで、青く塗った天井のようにどこか平面に感じられた。


 キミは立ち上がる。ぼろぼろの服を身にまとっている。


「…………」


 キミは声を上げようとするが、口が開かない。


 ゆったりとした音楽が流れている。キミは「ヘッドフォン」をつけていた。音楽はそこから聞こえてくる。


「?」


 ヘッドフォン――その道具の名前、使い方は知っている。音楽を再生する機械――


 しかし、キミはなぜ自分がそんなものをつけているのか、その正体を知っているのか、分からない。


 キミには記憶がなかった。


 ここはどこだろう?


 とりあえず、廃墟――コンクリートで形作られた家屋らしきものから、外に出る。扉はなかった。だから、外の景色も既に目に入っている。


 灰色に、緑を付け足した風景――かつて、人がいたのだろう都会の様相。高い建物や低い建物、乗り物の残骸、亀裂に入った地面……しかし、そこにひと気はなく、もうずいぶん長いこと誰も使用していないことが窺われた。都市の裂傷から血のように雑草が溢れている。


 まるで爆撃にでもあったみたいだ、とキミは思った。


 戦争でもあったのかもしれない。……戦争? 大規模な、主に武力を用いた国家間の闘争のことだ。意味は知っている。だけど、誰と、


 ……分からない。とにかく、歩いてみよう。


 キミは足を踏み出す。その時だった。



「ぎゃあああああああああああ……!」



 緩やかに変わるBGMを突き破って聞こえてきた、耳を塞ぎたくなるような絶叫。

 思わず頭上を見上げると、白い――ヒトのかたちをした何かが、キミをめがけて降ってくる。


 ……飛び降りだろうか? あの、高い建物から?


 キミが不思議に思っていると、それは――キミの目前に、墜落する。


 ……危なかった。後ずさっていなければ直撃だった。


 しかし。


 ふわりと、まるで何重にも重ねた羽毛に落下するように、音もなく――それは地面に舞い降りたのだった。


「いたたた……くはない」


 それは、少女のかたちをしていた。


 灰のような色をした白髪は腰までの長さがあり、毛先が今も宙を落下しているかのようにふわりと逆立っている。白い肌、青い瞳――まるでソラのようだ。しかし、素直に美しいと感嘆できない。彼女の眉も、まつ毛も、唇さえも……色を失ったように、肌と同じ白色をしている。

 風が吹いていないにもかかわらず、かすかにはためく白いワンピース。肩から腰にかけて長い紐があると思えば、それは大きなポシェットに繋がっている。少女は裸足だったが、地に足がついていないから問題なさそうだ。なぜか、浮いているのである。


「おや? 私はどうしてこんなところにいるのでしょう?」


 少女はキミを見て、首を傾げる。それはこちらの台詞である。


「もしかしなくてもキミ、喋れないのですか? 思わず目をそむけたくなるような口の悪さですね。……ちょっと待ってください――」


 少女は特大ポシェットを開く。その中身はキミの位置からは見えなかったが、むしろ背中に背負うべきではないかというほど、見た目に違わない内容量であることを予想させた。


「なぜか、マスクを持っています。どうしてでしょう? まあなんでもいいですね。これをつけてあげます」


 少女はそう言うと、キミに顔を寄せた。キミの口を覆うマスクをつける。


「私はルク――しゅんっ!」


 少女はくしゃみをした。


 ……るくしゅん?


「失礼、なぜか土埃が舞い上がっていたもので」


 自業自得ではないか。


「改めて――私の名前は、」


 ……ルクス?


「……い、いいえ、私の名前は『ルクシュ』です。決して言い間違えはではありませんからね。……ところで、キミは何者でしょう? そして私は誰?」


「?」


「不思議なことに、名前以外に何も思い出せないのです。……おや、もしかしてキミもですか? え? キミは名前も思い出せない? それは可哀想に。では、この私が名前をつけてあげましょう。『ああああ』はどうです? ダメですか。じゃあ――」


 ――クチナシ、と。


「我ながら良い名前ですね。私はキミの名付け親になりました。ゴッドマザーです。つまり神です。キミはこれから、私の言うことを聞かなければなりません。いいですね?」


「…………」


「はい、分かりました。良い返事です。それでは――どうしましょう。とりあえず、その辺を探索してみますか。ついていきますので、私の前方を歩いてください。地雷とかあったら困りますからね。……え? 空を飛んでるから私の方が前を行くべき? 正論ですね。でも、気持ちの問題です。地雷とかあったら驚いてしまいますから、先に爆発してもらって、心の整理をつけたいのです」


 むしろ地上を歩いている自分が起爆してしまうと、後ろの彼女にも被害が出るのだが――とりあえず、少女に促されるままキミは先に進むことにした。


 自由行動が出来る。……が、特に行く先に心当たりがない。


 ここは左右を建物の群れに挟まれた大きな通りだ。この道を真っ直ぐ進んでみるべきだろうか。前も後ろも同じような建物群が見えるが、そこかしこに曲がり角が確認できる。


「適当な角を覗いてみましょう」


 少女の指示に従い、手近の角を覗く――少しだけ雰囲気の異なる路地に、道路の表面に黒い染みが広がっている。ヒトのようなかたちをしているそれは、まるで蜃気楼のようにゆらゆらと透明な煙を吐き出している――



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