俺を嫌っているはずの許嫁が婚約破棄をしてくれない

恋狸

第1話

「嫌だ。ぜっっったい嫌だ!!!!!!」


 開口一番、俺ことユウ・エスペラントから飛び出したのは激しい拒絶だった。


「残念だったな。お前に拒否権は無い」


 俺と同じ金髪の髪を撫でながら、実の父である男爵家家督のカイン・エスペラントは言い切った。一切の反論を許さない強い口調だ。

 しかし俺はそんな父に真っ向から抗議する。何としてでもは嫌だ。

 貴族の義務とか関係ない。そもそも王国でもあまり力を持ってない寒門であるのに。


「拒否権くれよ!! 知ってるだろ、俺の夢! 冒険者になって誰にも縛られずに生きていくって!」


 そう、俺の夢は冒険者だ。

 強さが全ての実力主義。けれども誰よりも自由で、自分の探求心に従って生きていける冒険者は俺の子どもの頃からの憧れだった。  

 だから厳しい鍛練にも弱音一つ溢さずに耐え抜いてきたし、知識をつけるためにありとあらゆる本や文献を読み漁った。

 それに魔法学園なんてエリート貴族のみが行ける育成機関にだって、両親の期待から合格できたんだ。学園を卒業したら冒険者になると決めていたのに。



「知ってる……が、許可できない。諦めて学園卒業したらさっさとしてくれ」


 父は小さい子どもを宥めるようにため息を重ねつつ諭した。

 

 ……結婚。そうだ、俺はいつの間にか許嫁ができたらしい。それも学園を卒業したら即結婚の婚約関係。

 確かに貴族の義務として血を残すことは重要だ。


「でも、俺じゃなくて良くない!? 三男だぞ! 三男! まだ俺が長男だったら我慢できてた! でも三男! 上から数えて3つ目! 家督争い関係なし! はい、どうぞー! って成人したら家を軽々追い出されるベストポジションじゃん!」


 それにあっちの方は長女だぞ!? 許嫁なら兄だろ、普通! まだ恋人一人いない奥手な童貞なんだからよォ!

 

 そんな魂の叫びにも、父は頭を押さえてため息を吐くばかりだ。だが心なしか父の目元には隈が浮かんでいる。俺の夢を知った上でそれを潰そうとしてるんだから悩みはしたのだろう。あれでいて良い父親ではあるし。

 

 不満げにそっぽを向くのは俺の反抗の記しだ。しかし父は俺の肩を掴んで無理やり前を向かせると、ハイライトの消えた瞳で呟くように言った。


「オレ、男爵。アッチ、公爵。オレニ拒否権ナイ」

「ちっくしょぉ!! 我が父ながら権力に負けるなんてダセェな!」

「あ? てめぇやんのか? 男爵風情が公爵に勝てるわけねぇだろ。最悪一家取り潰しの危機だぞ? 分かるか。いいや分かれ。お前は──人柱だ」 

「うっわ最悪っ!」


 一瞬でも良い父親なんて思ったオレが馬鹿だったわ!! 普通に最悪だこいつ!!

 どこに息子を犠牲にするやつが……あ、わりといるな、そういえば。そうだった、貴族って基本腐ってるんだよ。


「ぐぬっ、いくらだからって、大事な長女を男爵家の三男に据えることあるか!? 絶対あいつだって嫌がってるだろうし、今頃俺みたいに醜態晒してやがるぜ、きっと」

「今の現状を醜態だ、と理解できる知能があって何よりだ……。まあ、俺も公爵の考えてることはよく分からんが、良いんじゃねぇか? 美人だし」

  

 俺は露骨に顔をしかめた。 

 あーあ、出たよ、そういう顔で決めつけるの。俺は性格重視派なんだよ。


「第一、なに考えてるか分からない無表情お姫様なんてこっちから願い下げだぜ」

「お前に願い下げできる権限はねぇんだよ」


 知ってるよ、んなもん。

 現状を理解してるからこそ、俺はせめてもの反抗という八つ当たりを父に敢行しているのだ。

 男爵と公爵。立場は明白だし断れば公爵家に傷が付く。そうなれば黙っていないだろうし、歴史上からエスペラントの名が消えることになるだろう。あー、やだ怖い。これだから上級貴族ってやつはよォ……。


「ちっ、まあ分かったよ。とりあえずは納得してやる。だが────あっちから婚約破棄された場合は別だよなぁ……?」

「お前……」


 ニタァ……と笑った俺に対して、父は頭が痛いと言わんばかりに額に手を当てた。


 そう、俺から婚約破棄ができないなら相手にさせれば良いのだ。実に簡単な話だ。

 あいつだって婚約は認めていないだろうし、ちょろっと話せばあら不思議! なんと元通りの生活が送れるのです!


「はーはっは!! 見ておけクソ親父! 俺の鮮やかな没落人生をな!」

「自分で言うのかよ。まあ、確かに貴族としては没落するだろうが」


 納得したように頷く父。ここで強制しないあたりが良い父親なんだがな。本当に。本人には恥ずかしいから言わないけど!!


「まー、どうなっても俺は知らん。婚約破棄されなかったら諦めて結婚しろよ。どのみち期限は卒業までの三年間だ」

「わーってるよ。ま、明日には良い報告が聞けるだろうぜ」


 へっ、とにや付きながら啖呵を切るが、なぜか父は可哀想な子を見る目付きだった。

 なんだろう。俺が絶対できないと思ってるような顔は。


 ……解せぬ。

 



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