山の冒険

相沢 たける

山の冒険

 あの日は曇っていて、世界は灰色勢力にやられていた。


 実を言うと僕は風邪気味だった。


 僕の目の前には川がある。山に来てから三日目、山菜だけで生活するなんて初めての経験だった。幸か不幸か僕には毒があるのとないのを見分ける能力があったし、なにが栄養価が高いのかといった知識を持っていたから、飢えることはなかった。


 僕はいつものように水を飲みに来ていた。まるで野生のクマみたいだが、学校ではどちらかというとサル系の顔をしていると言われる。失礼なことだが、今の僕は命の瀬戸際にいて、そんなことを考える余裕なんて分子レベルでなかった。


 僕はしゃがんだ。そしてふと顔を上げたとき、彼女がいた。そう、女の子だった。しかしジャージを着ている。胸には日本国旗のワッペン? がつけられていて、頭には白いハチマキをしていた。なんとも活発そうな女の子だなぁ、と、これだけの説明を聞いた人なら思うかもしれないが、あの子は本当に活発らしく、右手に松明を持っていた。暗い森を移動するには必要なんだろう。


 しかしいったいどこの家の子だろう。山姥の弟子か?


 僕は驚くべきだっただろうけど、頭がぼんやりして回らなかった。


 彼女は松明を川へ投げ込んだ。そして裾を上げて川の中へジャブジャブ入っていった。流れが速いのに大した体幹だなぁ、と思っていると、こっち岸にたどり着いた。


 彼女は照れくさそうに、


「やぁ、もしかして君も迷っちゃった? いいや、言わなくてもわかるよ。私も迷った身だから、今の私みたいな顔をしている人間はつまり私のように迷ってしまったという人間に違いないと思うからね。君、何県からこの山に登ったの?」

「え、と、岩手です」

「そっかー、岩手ね。岩手ってあれだっけ、東北地方の、たしか太平洋側だっけ?」

「なにを当たり前なことを言ってるんですか。そうですよ、あの青森の隣の岩手県からです」


「私は長野からのぼったのよ。いやぁ、君遭難して何日くらい?」

「えぇっと、今日で三日目だと思います。あなたは?」

「覚えてないよ。もう何回日が昇って沈んだか覚えてない。でも、君の発言からすると、ここはもしかしたら岩手県なのかもね」

「まぁ、かもしれない、ですけどね。一回救助隊を見かけたんですが、全部クマに襲われた死体でした。知ってます。救助隊ってボランティアで構成されているらしいです。こんなあぶない山なんだから、せめて訓練されていてしかるべきじゃないですか?」


 彼女は笑った。「あぁ、マジそれな。私も一応名目上は正規の遠征隊のナンバーツーやってたんだけど、ナンバーワンと私が対立しちゃってさー、で、きれいに遠征隊は二つに分裂しちゃったの。で、行き先も二手に分かれた。あとで落ち合う場所を決めて、それぞれ別々の成果を上げようってことにしたの。この地にはいっぱい素材とか黄金とかが落ちてるはずだから、それ目当て。だけど私派の連中がまぁ役立たずでさ、ヘビに噛まれるわ、大ナメクジに丸呑みされるわで、けっきょく私一人だけになっちった」


「あぁ、そうなんですか。いや、僕は実は仙人に会う予定だったんです」

「仙人? なにそれ、聞いたことないなぁ」


「えぇっと、仙人は昔の言葉で、高性能プリンターっていうらしいです。その高性能プリンターは現実世界に存在する、あるいはした、あるいはする予定のものなら、なんでもプリントアウトできてしまうそうなんです」

「へぇ、すごい。君が住んでる地方ではそんな伝承があるんだ」

「僕が作り上げて欲しいのは、星、ですね。とりわけでっかい星なら何でもいいと思います。なんなら地球をコピーしてもらってもいい。いや、そもそもデカければなんでもいいんですよ、地球を滅ぼしたい、というのが一番の理由なので。だけど、星がいきなり地球上に現れるっていう想像、なかなか面白いでしょ?」


「なるほどなぁ、面白い面白い。でも、そもそもの話、仙人がいるとは限らないんじゃない?」

「まぁたしかに。あなたが求めている物は実在するけど、僕のは実在するかはわからない。でも、追いかけているだけでも楽しいんですよ。だけど食糧が底をついていったん下山しようかな、なんて考えていたら、この通り、下り方がわからなくなっちゃったんです。まったく、笑えますよね」


「本当に、笑っちまうわ。あはははは。しかも私は世界を滅ぼそうとしている大量殺人鬼の隣にいると来ている」

「どうします、僕を今ここで殺しますか? ちょっと今僕体調悪いので、多分呆気なく殺せると思いますよ」


「うーん、しばらく様子見よっかな。私も行き先不透明だし。仙人を捜しに行くって言うのも私としては面白そうだし、ありっちゃありだけど、やっぱり私も現実主義だ。いざ元の場所に帰ったときに、金になる物は収集したい。でも一人だと心細いから、とりあえず一緒に山を下りる方策でも考えよう? それに私は遭難してから長いけど、君は短い。つまり君の方が〝見覚えのある道〟に出くわす可能性が私よりもうんと高い」

「僕は協力者として最適、ってことですか」

「そういうこと。ひとまずこの山から脱して、物資を補給する。そこまでは行動を共にして、それからあとはまたべつの道を行く。君も体調を崩してはいるが、自分の足では歩けるんだろう? それでどうかな」

「困った人だ。……だけどまぁ、悪くない提案です」

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