第5話 ストレートでクッキー

「緊張してきた、どうしよう」


 胡桃はその男子生徒たちを見ながら、私に抱きつきながら言う。男子生徒の集団もこちらを見ている。


 男子生徒の中でもひと際目立つイケメンがこちらを見ている。

 まっすぐな視線で、爽やかな笑顔だった。色白の男子生徒だった。

 胡桃の話によると、胡桃のメル友の彼は帰宅部らしい。放課後は部活動に打ち込まず、友達と集まっているのだろう。

 スポーツマンじゃなくたってあのように爽やかな笑顔が出来るのだ。あの頃はどうしても運動部に所属している男子が目立っていたけれども、それ以外にもイケメンはいたのだ。

 その男子生徒がこちらに近づいてくる。


「胡桃?」


 その男子生徒は胡桃を、胡桃だけを見つめて問う。


「うん、〇〇(男子生徒の名前は覚えていない)?」


 胡桃の目が潤んでいる。こんなイケメンに見つめられて見つけてもらえたんだ。

 もう私はお払い箱だ。

 胡桃は私を見ることなく、男子生徒と一緒に歩き出し、男子生徒と話し始めた。二人だけの世界だった。


 男子生徒の友達も、胡桃たちを見て笑顔だった。

 その友達が私を一瞬見た。すぐに視線をそらして行ってしまった。

 私は見逃さなかった。あの友達は顔の前で「いや、いいや」というような仕草で手を振っていた。その一瞬に、私は値踏みされたのだろう。


 私はその場を離れた。キオスクに行き、本売り場をぶらぶらした。

 さして興味のない本を手に取った。列車の時刻表と書かれた分厚い本だった。これを読んでいると、少しは知的に見られるだろうか。私には胡桃のような華やかさはない。成績だけは、胡桃より良かった。


 あのイケメンは、最初から最後まで胡桃だけを見ていた。

 私が胡桃だという可能性は一つも持っていなかった。正解だ。全部正解だ。

 さすがイケメン。可愛い子を察知する能力も備わっているのだろう。

 万が一私がメル友だったらがっかりしていただろうな。声をかけずに帰っていたかもしれない。先ほどの友達のように顔の前で手を振り「ないわー」などと言い、堂々と立ち去ったかもしれない。そんなことにならなくて、本当に良かった。


    〇


 胡桃は家にいるのに花柄のミニ丈ワンピースを着ている。どこかに出かけるのかと聞いたら「暑いしワンピは楽だから」と言った。

 私だったらTシャツにハーフパンツで過ごすだろう。今はよその家に行くからという理由でズボンをはいているが。


 胡桃はアイスティーとクッキーを出してくれた。細長くてお洒落なコップに黒いストローがささっている。お店みたいだ。

 クッキーはお皿に載っていた。私だったら包装紙のまま出すだろう。胡桃はこういうところもちゃんとしている。

 

 喉が渇いていたのでアイスティーをすすった。甘みがないのでガムシロップを入れた。

 胡桃はストレートのまま飲んでいた。カロリーを気にしているのだろう。

 こういった小さいことの積み重ねなのか、胡桃は細身の体型を保っていた。自分はストレートティーを飲むのに、私のためにガムシロップを用意してくれる気遣いもさすがだった。


「恋愛って何からしたらいいのか分からなくて」


 言いにくさをごまかすように、ガムシロップが入ったアイスティーを思い切りかき回しながら私は言う。


「とりあえず告っちゃえば?」


 まさに胡桃のノリだった。


「そんなの無理だよ、まだ好きな人もいないのに」


「じゃあメンズと会うところからだね。私もなんかイベント探しておくよ」


 胡桃はハイカラだからイケているイベントに連れて行ってくれるだろう。

 私はクッキーをつまむ。クッキーはチョコチップとプレーン味、二種類があった。   

 私は迷わずチョコチップを食べる。胡桃はまだ食べていない。


「メイクも変えたほうがいいんじゃない」


 アイラインを引いてマスカラを塗っておけばそれっぽく見えるだろうと思っている私に胡桃ははっきりと言った。


「仕事先で買えるのにもったいない」


 そうは言われても、何を買ったらいいかも分からない。メイク用品はたくさんある。色も種類も。どこから手をつけていいか分からないので、入り口にもたどり着けない。

 メイク初心者はブラウンのアイシャドウパレットを買えばなんとかなると言われた。塗り方はネットを見ればいくらでも出てくると言われたが、本音は少し面倒だった。


 眉毛の描き方をその場で教わった。そのあとは胡桃の恋愛事情を聞いた。今の彼氏のノロケと愚痴を両方聞いた。

 胡桃はプレーン味のクッキーを一枚、食べただけだった。それ以外のクッキーは、私が食べてしまった。

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