第4話 胡桃

 男が欲しいと思った、これが本能だろうか。


 しかし今まで、私の恋愛の経験は妄想の中でしかない。二十五年間、そうしてきた。つまりないのと一緒だ。


 リアルな恋愛がしたい。私は、幼なじみの胡桃くるみに相談すること にした。

 胡桃は実家が近所で保育園から高校まで一緒だった。親友というわけでもないけれど、なんとなくよく会う仲だった。近所だから。


 就職を機に私がアパートに引っ越しをしたので最近は会う回数は減っていた。それでも年末年始に実家に帰ると一緒に遊んだ。


 胡桃の家まで運転して行った。今すぐに話したかったから。

 胡桃の家は私と胡桃が小学生の時に新築された。私の実家は古かったので羨ましかった。

 新築されてすぐ、胡桃は私を含めた友達数人を家に招待してくれた。

 白い家だった。小学生の私たちからしたら「夢の家」だった。新しくて白くて清潔な家。

 胡桃の家の中はまさに「居間じゃなくリビング」だった。

 家具も新しくてテレビも大きかった。蛇口のハンドルは銀色の回すタイプじゃなくて白い押すタイプだった。初めて行った時はみんな「いいなー」を連発していた。

 

 私たちが高校生になる頃、胡桃の両親は離婚をした。胡桃のお母さんと胡桃の弟と胡桃の三人で、その家に今も住んでいる。

 

 胡桃の家に着いたらそのまま入っていいと言われたので玄関のドアを開け靴を脱ぐ。

 新築から十五年ほど経っている。当時はピカピカだった玄関も靴やサンダルが散らばり生活感が満載だった。

 玄関にある胡桃の靴はミュール、私の靴はスニーカー。

 ミュールはいかにも「女子」だった。デート中に走れない。「何か」あった時に走れずに、守りたくなる。そんな印象だ。

 スニーカーは走れる。「何か」あっても自力で走って解決出来るだろうと思われる気がした。

 とっさに格差みたいなものを感じ取ったのは敏感になっているからだろうか。男が欲しいと思った自分の中の「女」に関して。

 自分のスニーカーを揃えて、胡桃の部屋へ向かう。短い廊下に続く階段を上がる。胡桃の部屋は二階にある。


「私も現実でリアルに恋愛がしたい」


 胡桃に会い、久しぶりと言ったあと、私はすぐに本日の目的を言った。すぐに言わないと恥ずかしくて言えなくなりそうだったから。


「よくぞその気になってくれた」


 胡桃は一瞬私を凝視して止まったが、すぐに反応した。

 私が恋愛に奥手というか男子に興味がない様子でアイドルにハマっていたので、恋愛に興味を持ったのが嬉しいと言っていた。

 

 胡桃は私とは正反対の人間だった。自他共に認める恋愛体質。目がぱっちりで可愛い顔立ちをしているだけでも恵まれているのだが、体型が小柄なので身長が低めの男子からもよくアプローチされていた。身長が高い、運動部に所属している男子からも。

 漫画みたいな展開だなと思うほど、胡桃には恋愛話が尽きない。胡桃はもてる。



 あれは高校の時だった。当時はネットで知り合った子と「メル友」になり、実際に会うことが流行っていた。私は知らない子と連絡をとるのが怖かったのでそれをやったことはない。

 胡桃は流行好きで積極的な性格もあり、何人もメル友がいた。

 私たちが通っていた高校は地元にあり、ごく普通の高校だった。学力もスポーツも平均値の高校。

 

 隣町に、少し不良ぽい子が多く集まる高校があった。胡桃はその隣町の高校の男子生徒とメル友だった。その男子生徒は少し有名な子らしく、どうやらイケメンだという情報を掴んだ。

 ある日、胡桃はその男子高生と会う約束をした。普段は堂々としている胡桃があの時に限って弱気になっていたのを覚えている。


「私のこと見たら、どう思うかな」


 胡桃は自分がどう見られるかを気にしていた。それほどまでに、その男子高生は有名な子だった。

 金曜日の夕方、約束の日はやってきた。待ち合わせ場所は駅舎だった。

 駅舎に入る前、胡桃はいつもポケットにある鏡で前髪のチェックをしてスカートを一段短くした。


「怖いからついてきてね」


 胡桃は私にそう言う。胡桃と二人で待っていると、隣町の高校の制服を着た男子生徒が数名いた。多分あの中にいるのだろう。

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