夏ならお湯を使った風呂も作れるかね
さて、翌日俺達はいつものように世話をしてくれる、乳母役の女性に下の双子を預けて、俺たちは魚とりに向かう。
増水が怖い大きな川の多摩川ではなく、小川である呑川のほうだ。
家族4人で魚をとるための道具や、魚を入れるための魚籠などを用意して、みんなで手をつなぎながら呑川に向かうと、やがて川岸についた。
俺は銅を刃先につけた、鍬やら水を拭うための布も持つ。
呑川の水源は東京都世田谷区桜新町付近、大田区の隣で奥多摩から流れてくる多摩川に比べれば全然短い。
その分川幅も狭いし、流れもさほど早くない。
だから暑い夏に子供が川遊びをしても流されるようなこともないだろう。
だけど呑川にはちゃんと鯉・鮒・メダカ・泥鰌・鯔(ボラ)・鰻などの魚や川エビや川ガニが生息しており、絶好の漁場でもあるんだ。
まあ、多摩川にいるやつよりは大抵は小さいけどな。
そして子どもたちが川についた後、嬉しそうに叫んだ。
「ついたー」
そういって上の娘が川を指差す。
「ついたー」
息子が娘の真似をして指さした。
「おうついたな」
まあ、台風の嵐は怖かっただろうし、家の中に閉じ込められて退屈でも有ったんだろう。
「じゃあ、お魚さん捕まえましょう」
イアンパヌが子どもたちに言う。
「はい、おかあさん」
「あい、かーしゃん」
川の中に向かう俺は3人に声をかける。
「おう、お前ら気をつけろよ」
「はい、わかってますおとうさん」
「あいでし」
「じゃあ、行ってくるわね」
3人が釣り竿やらタモ網やらで魚などを捕まえにいくのを横目で見て、俺は川べりの土を掘り返して穴を掘り始めた。
「おりゃおりゃおりゃ」
まあ、石鍬や木の鍬に比べればだいぶ楽なはずだが、それでも大変は大変だ。
家族4人が入って余裕がある大きさで、それなりの深さに掘ろうとすれば余計にな。
「ふう、まあこれくらいでいいかね」
目標となる大きさに穴を掘れたら、さらにその横に小さめの穴をほって、穴同士をつなげてから、河原に落ちている薪を拾い集める。
なんだかんだで小枝なんかは台風で折れて流されたようで結構すぐに集まった。
「んじゃ火を用意するか」
縄文時代には当然だが、チャッカマンもライターもマッチもない。
鉄器がないので、火打ち石もない。
この時代での着火法は、木と木をこすり合わせて摩擦熱で火をおこした。
この方式には大きく分けて往復摩擦式発火法によるものと、回転摩擦式発火法の2種類がある。
有名なのは錐揉み式で、火切り臼と呼ばれる木の板の凹みの上に、垂直に立てた火切り杵を両手で挟み、下に押しつけながら手をこするようにして回転させることで、摩擦熱を起こして、木のくずの粉がまさつ熱で燃え始めるやつだろう。
そこにかれ葉を少しずつ加えていき、息をふきかけ空気を送り込むと、炎がおこり大きな火になる。
木の棒に紐を1・2回巻き付け、左右に引いて回転させる紐錐式(ひもぎりしき)や、木の棒に火起こし専用の小型の弓の弦を1~2回巻き付け、弓を押し引きして回転させる弓錐式(ゆみぎりしき)などもある。
紐錐式は棒を支える人間と、糸を動かす人間の2人が必要だが、弓錐式は一人でも発火作業を行え、しかも錐揉み式よりずっと楽だ。
効率よく作られた適度な大きさの道具であれは、なれれば3-8秒ほどで火種を作ることができるぜ。
往復摩擦式発火法では、火溝式(ひみぞしき)が有名かな。
割り竹や木の棒の先端を軟らかい丸太や木の板に強く押し当て、溝を作るように同じ場所を前後に繰り返し激しくこすることで摩擦熱を起こして発火させる方法だ。
ポリネシアやメラネシアの島々では現在でも伝わっている方法で、非常に腕力の要る発火法だが、体格や体力に恵まれたサモアなどでは、10秒前後で火種を作る名人もいるらしい。
集落では基本的に屋内の火はつけっぱなしなので、いちいち火をつける必要はないのだが、集落から離れた場合にも、火をつけられるような知識はみな持っている。
東南アジアの方ではファイヤーピストンという、空気を圧縮することで発火させる方式もあるんだが、そっちも今度作ってみるか?
「よいせっと、いくぞ」
俺は弓錐式で火種を起こし、枯れ葉をくべて火をおおきくしたあと、枝をくべて石を熱していく。
もうすぐ家族も魚を取って帰ってくるだろうから、その前にお湯を沸かしておきたい。
さきほどほった穴に川から溝を引いて水を入れる。
水が溜まったら溝を埋めて、十分に焼けた石を小さな穴の方に木の棒で押し込んでいく。
やがてそれなりの時間がたった。
「とーしゃーん、いっぱいとれたよー」
タモ網と魚籠を持った息子が嬉しそうに走ってくる。
「おお、いっぱい取れたか、偉いぞ」
俺は息子の頭をえらいえらいとなでてやった。
魚籠の中には鮒が入ってる。
「よし、ちょっと待ってろよ。
今やいてやるからな。」
「あいでし」
やがてイアンパヌと娘も戻ってきた。
「ただいま」
「ただいまー」
「よ、おかえり」
俺は石を投げ込んで温まったはずの掘った穴の中の水に手を突っ込んでみた。
「うん、十分暖かいな」
穴をほって焼けた石を入れると言うのは、調理法としても使われてるが、こうやれば人間が入れるお湯の風呂としても使える。
とは言え、夏でそれなりに気温や水温が暖かくないと難しいけどな。
「おまえら、体も冷えてるだろうし、お湯に入って温まっておけ。
服は脱いで入れよ」
おれは息子の服を脱がして、水を絞りながらいった。
「わーい、ありがとでし」
バシャーンとお湯の溜まって居る穴に入る息子。
息子が入っても溺れないくらいの深さにしてるから安全だ。
「あら、気持ちよさそうね。
じゃあ私達も入りましょう」
「はい、お母さん」
イアンパヌと娘も服を脱いで、お湯に入って体をあたためてる。
その間に俺は家族が取ってきた、魚や川エビを焼いて食えるようにしている。
やがて、十分体も温まって、みんなお湯から上がってきた。
「あら?
あなたも入ってきたら、続きは私がやっておくわよ」
イアンパヌがそういってくれたので言葉に甘える事にする。
「ああ、よろしくな」
俺は服を脱いでお湯に身を沈めた、残念ながらもう結構ぬるいが、まあそれはそれで疲れが取れる気がする。
蒸し風呂はあるが、ちゃんとしたお湯に入るのは箱根の温泉に入って以来じゃないかな。
久しぶりに温泉に入りにいきたいところだが、この時代だと箱根までいくのも大変なんだよな。
それなりにお湯を堪能した後、お湯から上がって体を拭うと火の元へ俺も戻る。
ちょうど魚や川海老などが焼け上がったようだ。
「じゃ、みんなで食べるぞ、頂きます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきあう」
とれたての魚を串に刺して焼いたり、エビを焼けた石の上で焼いただけのものだが、これはこれでなかなかうまい。
腹が減ってるというのもあるけどな。
「ん、おいしいわね」
「おいしー」
「おいしー」
うまいものが食べられればそれだけでみんな笑顔になれる。
魚とりは娯楽でもあり労働でもある。
ま、こういう生活は悪くないよな。
下の双子の世話をしてくれている、女性のための魚は残してあるんで、ちゃんと持って帰って食べてもらったぜ。
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