縄文人の創世神話

 もうだいぶ寒くなってきたが、今日は村長であるウパシチリの所で、昔話の語りが行われる。


 俺は娘と一緒に其れを聞きに行く。


 イアンパヌは、何度か聞いてるのでパスだそうだ。


「んじゃ言ってくるな」


「いって、いあーす」


「はい、行ってらっしゃい」


「らっさー」


 こういう時代では村長に代々語り継がれている昔話や交易で遠くに行った人間が見たよその村の話を聞くと言うのは一種のおとぎ話として皆の娯楽として非常に重要だったりする。


 現代の東南アジアやパプアニューギニア、アフリカ諸国、北南米などの先住民ネイティブなどでも、古老らが語る昔話や伝説の語りは皆の娯楽として非常に大きなウェイトを占めているくらいだ。


 さて、ウパシチリの家にやってくると、うちの娘と同じくらいの村の子供が集まっていた。


 みんな、こたつに入って炉で焼いたホクホクのサツマイモをハグハグ食べながら俺たちを待っていたようだ。


 もう少し大きくなると、親の仕事の手伝いを積極的にしたりするし、これより小さいと話の意味がわからないからかな?。


「お待ちしていました、では、娘さんは前へどうぞ。

 お父様は後ろでお願いします」


「あい、ありがとうごじゃましゅ」


「了解、よろしく頼むぜ」


 ウパシチリは縄文琴を爪弾きながら創世神話を語りはじめた。


「昔々のお話です。

 その頃は、まだ固い大地はありませんでした。

 世界は一面に広がる暗くて柔らかい泥しかない沼地でした。

 やがてその中に浮いて漂うものが出来上がりました。

 それは燃え立ち、その中で清らかなものは立ち昇って国造神コタンカラカムイになりました。

 濁ったものは黒い泥となり凝り固まって島になりました。

 やがて国造神コタンカラカムイは五色の雲に乗って地上に降りてきました。

 そして国造神コタンカラカムイは、自分が乗っていた雲のうち青いところを

 海の方に投げ入れて言いました」


 ”蒼き雲よ美しき水になれ!”


「すると青い雲が美しい蒼の海になりました。

 次に、黄色いところを泥の島に投げました」


 ”黄色き雲よ肥沃をもたらす土となれ”


「黄色い雲は土になり、島を覆い尽くしました。

 次に、赤い雲を蒔いて言いました」


 ”赤き雲よ、美しく輝く翡翠瑪瑙琥珀となれ!”


 赤い雲は輝く瑪瑙や翡翠、琥珀になりました。

 最後に、国造神コタンカラカムイは、自分が乗っていた雲のうち白い雲を蒔きました。


 ”白き雲よ草木鳥獣魚虫となれ!”


「白い雲が降りた土地には草木が生えていき、

 獣や鳥、虫なども各地へ広がっていったのです。

 しかし、一面に広がる島には山や湿地ばかりで乾いた平地がありませんでした。

 国造神コタンカラカムイはまず、セキレイを創り地上へと降ろしました。

 続いて自らも地上へと下り、大地を拓き始めるのです。

 セキレイは地上を飛び回り、爪で土を掻きまぜ、

 尾っぽを上下させながらペシペシと大地を叩き、懸命に大地を平たくしました。

 来る日も来る日も、国造神コタンカラカムイと一緒にセキレイは働き続けたのです。

 するとセキレイが歩いた湿地が少しずつ固く乾き、

 平らな土地がどこまでも広がり、この場所が出来上がったのです。

 これが今私達が住んでいる、この大地です」


 ふむふむと俺は頷いた。


「なるほど、そうやってこの島はできたんだな」


 ウパシチリはニコリと笑っていった。


「はい、私たちの先祖はそう伝えています」


 しかし、まあこの時代で日本列島が島だとわかってるというのもすごいな。


国造神コタンカラカムイは島を作り終えると、

 大きな山に腰を下ろして出来上がった世界を眺めまわしました」


 ”ふむ我ながら上出来だ。

 美しく連なる山、長々と流れる川、木も植え、草も生い茂った。

 なんとも、美しいいい眺めではないか”


国造神コタンカラカムイはそう思いました。

 けれども、満足して眺めているうちに、

 何かが足りないような気がしてきました」


 ”なんだろう? 何かを造り忘れた気がする”


「その時、国造神コタンカラカムイのもとへにフクロウが飛んできました。

 フクロウはその大きな目をパチパチとしばたたかせました。

 そしてそれを見た国造神コタンカラカムイはとても面白いと思い

 国造神コタンカラカムイは何かをしました。

 それが何だったのかは残念ながら語られていません。

 が、とにかく、それによって沢山の跡継ぎの神々が産まれたのでした。

 こうして産まれた神々の中に、昼の神である日神ペケレチュプ

 夜の神である月神クンネチュプという光り輝く麗しい二神がありました。

 その頃、国はまだ深い霧に包まれて薄闇の中にありましたが、

 二神はこれを照らし出すために、黒雲クンネニシに乗って

 交互に天に登るようになりました

 この黒雲クンネニシは、国造神コタンカラカムイ

 世界を整えるのに使った五色の雲のうち、

 残った最後の一つです。

 こうして太陽と月が天を巡ることになり、世界は明るくなりました。

 が、黒雲クンネニシに隠れているときは

 お日様やお月さまは見えなくなってしまったのです」


「おひさまー」


「おつきさまー」


「ぽかぽかー」


「きれー」


 ウパシチリはにっこり笑いながら話を続けた。


「さて、国造神コタンカラカムイは太陽や月を生み出しましたが

 まだ何かが足りない気がしました。

 然し其れが何なのかはいくら考えても分かりません。

 国造神コタンカラカムイは、日が暮れてから夜の神に命じました。


 ”私は世界を造ったが、まだ何かが足りない気がする。

 なのでお前の思いつくものを造ってみてくれ”と。


「夜の神はいきなり言われて困りましたが、

 首をひねりながら足元の泥をこね回すうち、

 泥の人形のようなものが出来上がって、これだ、と思いました。

 神様は柳の枝を折って泥に通して骨にし、頭にははこべを取って植えました」


 ”それではこの泥の人形に息を通わせてみよう”


「夜の神が泥人形を扇で扇ぐと、泥はだんだん乾いて人間の肌になり、

 頭のはこべはふさふさした髪の毛になり、

 二つの目は星のように輝いてパチパチと瞬きました」


 ”うむ、これでよい、では、十二の欲の玉を体に入れてやろう”


国造神コタンカラカムイは人間に食べたい、遊びたい、眠りたいなどの

 十二の欲を与えると、ここに完全な人間が出来上がりました。

 けれども、生まれた人間たちは年を取るばかりで、

 いっこうに増えていきません。

 というのも、夜の神は男で彼の造った人間はみんな男だったからです。

 そして人間はだんだん死んで減っていくばかりでした。

 これでは勿体無いと思った国造神は、

 昼の神に頼んで別の人間を作らせることにしました。


 ”わかりました、もちろん宜しいですとも。

 私は、私に似た昼の輝きのように美しい人間を作ってみせましょう”


「そうして女である昼の神が造った人間は、みんな女でした。

 この世に男と女が一緒に暮らすようになると、

 どんどん子が出来て、人間は段々に数を増やしていったのでした。

 このようなわけで、男の肌が浅黒いのは男である夜の神の手で作られたからで、

 女の肌が白いのは女である昼の神の手で作られたからなのです。

 そして、人間が年をとると腰が柳のように曲がるのは、

 柳の木を背骨に使ってあるからなのです」


 俺は其れを聞き終わって感心していた。


「なるほどな、言われてみればそうかもしれないな」


 まあ、男が浅黒いのは外を歩き回る事が多いからでは在るんだろうが。


「また北からやってきた山の神であるキムンカムイは寒さから

 身を守るため毛皮のとり方や毛皮の縫い合わせ方を

 南からやってきた海の神であるシャチ(レプンカムイ)は麻の糸での

 服の編み方や糸を使った釣りなどを教えてくれました。

 一緒に南からやってきた火神アペフチは木々を焼いて

 穀物の種を蒔いて育てることなどを教えてくれましたし

 北から来た土と木を司る神は木の皮を剥いで衣服を

 作ることを教えてくれました。

 その他にも 水を司る神、人間を司る神などがいて、

 川で鮭を捕り、鱒を突き、魚を網で捕ったり、様々な工夫を凝らして、

 その後に産まれた神々に技術を伝えていったのです」


「なるほどな、おもしろかったぜ」


「そんちょしゃ、ありがおござまた」


「ありがとござましゅ」


「では続きはまた明日にでも」


 こうして今日の語りは終わった。

 なかなか、興味深い話だったな。

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