4月1日はじぃじの日
那菜里 慈歌
じぃじの日
高校生の頃の春休みの最中、4月1日の事でした。
長期休みという事もあり、「昼寝坊上等」「二度寝サイコー」と、ベッドの上でぐうたらしていたのですが、2、3回のLINEの通知で起こされました。
(まだ寝てたかったのに…)
眠い目をこすりながらLINEを開くと
「じいじやばいかもしれない」
「病院から連絡来て今行くとこ」
と、母から文章が届いていました。
その頃じぃじこと祖父は、原因不明の肺炎の症状で、近所の赤十字病院に入院していました。原因不明故に特効薬が見つからず、手探りで治療をしている状態でした。
私は寝ぼけていたと言うのもあり思考が働いていませんでした。
だってその日は4月1日。エイプリルフールでしたから、何が悪い冗談だろうと一瞬本気で考えてしまったのです。
それに病院は近所なので、よくお見舞いに行っていたのですが、数日前見に行った時は意識こそ無くとも安定しているように見えてたのです。
(そんな縁起の悪い冗談やめてよ…)
LINEで返信しようとしました。
けれど、そんなタチの悪い冗談を母が言うわけが無いと思い、
「ガチ?」
とだけ送りました。運転中なのか返信どころか既読が着きません。あぁ、ほんとにヤバいんだと即座に理解しました。
転げ落ちるように階段をかけおり、パジャマから着替えようとしましたが、テンパるばかりで何を着ていけばいいのか考えられず、とりあえず脱ぎ捨ててあった高校の制服に着替え、自転車で病院へ向かいました。
(信号赤になるなよ…少しでも早く行かなきゃ)
自転車のギアを3にして、全速力で国道の歩道を爆走しました。
褒められた物では無いですが、車が居ないという安全を確認して青信号の点滅や、ギリギリ赤になってしまった信号を突っ切って走りました。もし警察に止められたら、「祖父の危篤だ」と喚いてでも走り去る覚悟でした。
走ってる最中色んな思い出が甦りました
…なんて事はなく、ただ一分一秒でも早く行かなきゃと、「急げ、急げ」という言葉だけを繰り返して病院を目指しました。
暴走爆走の甲斐あって、ありえないほど早く病院に着くことが出来ました。かなり息は上がっていましたが、何とか自転車を置き場所の隙間にねじ込み、小走りでエレベーターへ向かいました。
なんで病院のエレベーターはこんなにのんびりと遅いんだと、地団駄を踏みながら祖父の元へ駆けつけました。
祖父の部屋には、まだ誰も着いていませんでした。私が一番乗りでした。
部屋は個室で、祖父には機械がいっぱい繋がっていました。いつもは家族と見舞いに来ていたので、祖父と2人っきりだと異様な空間に感じて仕方ありませんでした。
「じいじ来たよ…!じぃじー間に合った…?」
人工呼吸器の物と思われるモニターを見て見ました。一定間隔で「シュコー」という音と共に、波形が波打ちます。そのあまりにも機械的な光景に不安感を感じ、何度も祖父を揺さぶりました。布団の中に手を入れると、まだ熱いと言うほど暖かく、そういや肺炎って熱出るんだっけ…と考えていました。
祖父の元にたどり着いてから1、2分経っても、誰も来ませんでした。
先生や看護師さんも見にこないところを見ると、間に合わなかったのかもしれないと薄々感じていました。
でもそれにしては祖父はまだ暖かく、人工呼吸器の音と波形も動いていて、浴衣ではなく病院服という事もあり、望みが捨てきれませんでした。
どうしたらいいのか分からず、部屋の中をウロウロしたり祖父の手をさすったりしていると、看護師さんが入ってきました。
「ご家族の方?ほかのご家族は?」
自分一人だけで、他の人はおそらく間もなく来ると、少し泣きそうになりながら答えました。看護師さんは私が制服姿で、まだ学生なのだということを理解してくれたのか、詳しい話は他の人が来てから…と、部屋を出ていきました。
しばらく経って、やっと祖母や母や伯父達が集まり始めました。皆祖父の顔を見たり先生の話を聞いたりしていました。
先生が言うには、本当に急な事だったらしく、それでもそこまで苦しむこと無く亡くなったのではないかとの話でした。
「きっと慈歌が一番最初だったの見てたよ」
母と祖母がそう言ってくれました。
きっと間に合ってはいなかっただろうけれど、そう言って貰えて少しだけ心が和らぎました。
祖父の機械を外し、着替えさせるという事で、親族一同は部屋の外に出されました。
その階のエントランスのような場所で、会社を早退するのに手間取っただとか、いつも使う道は混んでると思ったから別の道走ってきただとか言う、何気ない話をしたりしていました。
「それにしても、なんだって別にエイプリルフールに逝くこと無いよ。紛らわしいよねぇ?」
誰かがそう言いました。
皆ホントそうだよ、悪い冗談だと思ったと笑いましたが、祖母はあぁと溜息をつき、ぽつりと呟きました。
「4月1日は、じぃじの誕生日だ」
伯父や母は「あーー!!」と顔を見合せ笑い始めました。
「何とかギリギリ自分の誕生日まで頑張ったんだね」
「忘れて欲しくなかったのかね」
「昔っから変なとこまで几帳面だよねぇ」
そんな話をしていました。祖父が亡くなったのに、しんみり送り出すと言うより、明るく送り出すという雰囲気でした。
その後話を聞いてみると、本当の祖父の誕生日は4月2日だったらしいのですが、その昔、4月1日までが一学年だったらしく、少しでも早く学校に行かせるためなのか、4月1日で誕生日を登録したのだと言うことでした。
エレベーターのすぐ脇の窓の外を見てみると、咲いたばかりの濃いピンク色をした桜が、淡い青空をバックに揺れていました。
この光景と共に、祖父の命日も誕生日も、もう忘れる事は無いだろうと思いました。
その年以降私の中では、4月1日=エイプリルフールと言うより、「じぃじの日」と言うイメージが強くなりました。
と言うより、誕生日と命日が一緒ということで、「命日」「誕生日」と言い分けるより、纏めて「じぃじの日」の方が分かりやすいからです。
今年もカレンダーに書かれていますよ。
印刷された「エイプリルフール」の文字の下に、大きく「じぃじの日」と。
じぃじ、じぃじのおかげで、命日を日にちまで覚えてるのはじぃじだけだよ。
頑張ってくれてありがとうね。
…でも夢で会いに来る時は、初めて来てくれた時みたいに普通に出てきて欲しいかな…
実は、後日談の様な物をしますと、亡くなって数日経った頃、夢に祖父が出てきてくれたのです。
子供が乗るような小さいSLに跨って遊んでいました。遊園地のような場所でした。紙コップに入った水を渡すと、美味しそうに喉を鳴らしながら飲み干していました。
ただそれだけの夢だったのですが、肺炎で口からの水分補給ができず、喉が渇いたと口をパクパクさせていた祖父を見ていたので、夢の中だけれど、水いっぱい飲めて良かったねと、祖母の家に行った時に、いつもより長く手を合わせました。
…それだけだったら何となくいい話で纏まるでしょう。夢や祖父の話はここで終わりでは無いのです…
祖父は祖母に対する愚痴を書き綴ったノートを自室に隠してあるから、見つけたら捨ててくれと言う遺言を母にしていたようでした。
遺品整理と言うほど大々的な事はしていないものの、多少は片付けをしました。しかしまぁ祖母に隠れてこっそりあちこち探しても、それらしき物は出てこず…
少し話は飛びますが、昨年祖母が心臓発作で入院して家を留守にしている間、一日だけ家の換気と仏壇の花の世話を任された私は、誰も居ないし、この後の予定もないし、換気にかこつけて少し昼寝をしようと思い、仏壇の前で寝始めました。
するとなんともいやーな夢を見たのです。
誰かの足音がした気がして、従兄弟か伯父が来たと思い、何とか起きようとするけれどトリモチに捕まったように動けず、何とか体を床から引き剥がすと目が覚める…
気のせいかと、再び眠りに着くと、何度も祖父の部屋とトイレ辺りを、行ったり来たりする気配と足音を感じる…そんな夢でした。
その夢のことを母に話すと、
「ばぁば居ない間に好きにしてたのかもねー」
と言って笑っていましたが、なんだかどうも私の中で引っかかっていたのです。
そして今年、2022年3月16日の地震の時に、祖母の家が結構酷いことになったらしく、次の日の朝に片付け部隊が行く事になりました。
祖母本人は一人でやる的な事を言っていましたが、コロナワクチン3回目を打ったばかりな上に、割れた器も散乱し、高齢な祖母ひとりには任せられないから、大人しく寝てろと、母が釘を指したようでした。
それでも少しでも片付けておくと、地震直後祖母の家に行っていた母にこっそり
「じぃじの例のノート出てくるかな?前夢で聞いた足音がやっぱ気になるし〜」
と、それとなく捜索するように伝えました。
母も読む訳では無いけれど、慈歌の夢が心残りのようなものならば、見つけ出してお焚き上げの様に供養させた方がいいかもねと、探してくれたようでした。
結果は…
残念な事に例のノートは見つかりませんでした。
「これだけ地震でひっくり返されても出てこないって事は、相当分からないところに隠したね」
母は帰ってきた後タバコをくわえながら笑っていました。
今祖母だけが暮らしているあの家を引き払う時に、本格的に遺品整理をして、初めて見つかるのかもしれないねと、母と2人頷き合いました。
…じぃじ、そういう訳で、ちゃんと捜索はしたから嫌な感じで夢に出てくるのはあれっきりにしてね…あれほんとに心臓に悪いから…
以上、ちょっとした私の思い出の話でした。
4月1日はじぃじの日 那菜里 慈歌 @sekainohazamade
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