奴隷勇者と魔王候補殺し

たみねた

第1話

姉に会いたかった。

一人で剣と銀貨銅貨がたんまり入った袋を持って、旅に出たのが運の尽きだった。


「へへへ!女を殺すのは男を殺すよりもキモチイイなあ!」


奴隷の列の横で、監督官のジョイが血塗れた刃を舐めている。

彼の足下には女の死体があった。

幸い、姉ではない。

そもそも僕は姉には会えなかった。


初めての宿泊先にした村は隣国ヘキサスの軍勢に襲われて、流れで僕も襲われた。

命を取られなかったのは幸運だったけど、村人と一緒に奴隷にされた。

それからは地獄だった。あちこちをたらい回しにされ、働かされる地獄。

そして今は、僕は新たな奴隷の一団と一緒に手枷足枷をハメられてヘキサスの街の一つに向かっている。

僕達を監視しているのは二人の奴隷監督官。

一人はジョイ。ここに来るまでに老いた男を一人、若い男を一人殺している。


「殺し過ぎるな、ジョイ。分かってると思うが、奴隷は資産の一つであって玩具ではない」


もう一人はハマー。ジョイとは違って落ち着いているし、ここに来るまでに誰も殺してはいない。ちゃんとした奴隷監督官だ。

けれど殺さない程度に痛めつけるのは彼の方が得意だった。

彼の声を聞くと、喉元に刃を突きつけられているような恐ろしさを感じる。

そういう凄みがあった。


「この女が鎖を鳴らしまくって俺の耳がイカれそうになったんだよ。仕方ねえだろ」

「それはもうさっきの二人の男を殺した時点で聞いた言い訳だ。さっさと馬に乗れ」

「へいへい」


ジャラジャラと手枷足枷が鳴る。

皆このジョイというイカれ野郎にいつ殺されるか怯えているのだろう。

僕だって怖い。

けれど僕は、ハマーがいつ鞭を振るうかの方が気になって、恐ろしかった。

ジョイの剣なら死ねるけど、ハマーの鞭では死ねない。解放されない。


僕は姉がもう死んでるんじゃないかと思ってた。

村で襲われて奴隷にされてから、もう結構な月日が経っている。

姉が生きている保証なんて何にもなかった。

死ねば姉のところに行けるんじゃないかと思い始めてた。


けど心の片隅には、何故か姉が生きているという確信も残り続けている。

姉の正確な居場所も何だか分かっているような気がした。

まるで糸で結ばれているように。

家族だからだろうか。けれどそれにしては妙な確信だった。


「進むぞ。しっかりついてこないと、ジョイが殺すからな」


ハマーが鋭い声でそう言うと、馬を歩かせ始めた。

僕達はそれに続く。

もうすぐ平原を抜けて、森に入るらしい。

そして森を抜けた先に、ヘキサスの街の一つ、ヒューストルがある。

僕達はヒューストルの奴隷マーケットでこれまで通りヘキサスのために一生働くか、ヒューストルに住む金持ちの誰かのために一生働くことになるかを決められる。

どちらににしろ一生働く事には違いない。


森に入った頃には、もう空は黒く染まっていた。

それでも僕達は歩き続ける。

ハマーやジョイはパンを食べていたが、僕達にはそんなものは与えられない。

それどころかジョイはまた道中で一人殺した。


「クソ、夜だってのに耳が煩わしいぜ。てめえらのせいでよ!」


そしてジョイが怒鳴り始めた。

こうなったら一人殺すまでは止まらない。

ジョイが馬から降りた音が聞こえた。ハマーが馬を止め、僕達も止まった。

振り返って彼の顔を伺えば、きっと僕が殺されるだろう。解放される。

けれどそんな勇気はなかった。

この地獄から解放されたいけど、死にたくはない。


「その辺にしておけ」


ハマーはこう言うが、それだけだ。

ジョイを止めようとはしない。

彼は先頭の方まで歩いてきている。途中、僕の顔を彼は伺っていたような気がしたが、それだけだった。

足音が大きくなる。今のジョイの殺人欲はおそらく頂点に達している。


「待て」


ハマーが鋭い声で言った。その声に、ジョイが止まった。

彼が止まっても、足音は止まなかった。

ジョイが止まったことで今はくっきりと、別の足音が聞こえる。

足音がした方を見てみると、大きい影が馬に乗っていた。

影は女だった。屈強なジョイを見下ろせるくらいデカかった。

黒いスーツに、黒いコート、黒い帽子という黒ずくめの出で立ちだった。

今は夜だから影に見えたのはそのせいだろう。


「やあやあ皆様、ご機嫌いかがかな。別に怪しい者ではないのでご心配なく」


剣を抜く音が二つ響いた。

女は剣を抜く音に怯えたように、けれどあからさまに芝居がかったように、震えていた。


「なにもんだてめえ」

「答えろ。言わなければ殺す」

「いやはや、失礼。私は魔王候補殺しをやらせていただいているメキ・ギヴフリーと申します。ヘキサスのハマー三級奴隷監督官と、ジョイ三級奴隷監督官とお見受けしたのですが?」


「だから何だ」


ハマーがメキと名乗った女を威圧するように言った。

メキはその恐ろしい声にわざとらしく震えて、歯を見せて笑った。

歯はギザギザに見えるくらい尖ってた。


「貴方方から奴隷を買いたいのです。一人」

「ヒューストルで開かれる奴隷マーケットで買うことだな」

「すみませんが私には大至急で奴隷が一人必要なのです」

「オイてめ――」

「哀れな諸君!この中に竜のあざが体にある者はいるかね?」


心臓が止まるかと思った。

僕のみぞおちには、このメキという女が言う”竜のあざ”がある。正確にはそういう風に見えるあざだけど。


「あ、あります」


恐る恐るそう言った。

ハマーとジョイがこちらに振り返った。

ジョイは今にも飛び掛かって剣を振るってきそうなほどに体を震わせて、血走った目で僕を睨んでいる。


「竜のあざ、あります」


僕はもう一度言った。今度ははっきりと、なるべく強く。

メキは微笑んで、無言で馬から降りて僕の方に歩み寄ってきた。

ハマーとジョイは彼女に飛び掛からなかった。


「見せてくれるかね?」


僕は頷いた。

手枷のハマった腕でボロ布の首元の端を掴んで、下ろした。

メキは僕の胸を撫で、そしてみぞおちを撫でた。

彼女の手つきがこそばゆくて、思わずビクリを震える。


「ほお、噂通り面白いところにあるじゃないか。気に入った」


彼女の瞳は黒塗りで何も映っていなかった。

けれどその顔は喜びで満ちているように思えた。


「実はこの竜のあざは、勇者候補の証なんだ」

「え?」


突拍子もなく目の前の女から放たれた言葉に、僕は呆然とした。

だけどすぐメキの手の感触が胸をくすぐって、ハッと意識を取り戻す。

彼女は歯を見せて笑っていた。


「勇者候補と魔王候補の噂については知ってるかな?」


彼女は小さく言った。


「え、ええ、まあ」


この世界には勇者候補と魔王候補がいて、勇者候補は神秘的な繋がりによって魔王候補を見つけ出すことができるらしい。

ただ勇者候補と言っても所詮は名の通り”候補”であり、魔王候補を見つけられるだけだという。

つまり真の勇者はただこの繋がりを頼りに、己を鍛錬し、魔王や魔王候補を殺しに行くとされる。

勇者はなるものではなくするもの、とはよく伝説上で言われていることだ。

その繋がりは魔王を殺しに行くための便利な方位磁針に過ぎない。

けれど僕がその方位磁針を持っているとは思わなかった。


「私は魔王候補殺しだ。そいつらを殺して稼いでいる。けれど私は勇者候補ではないから、彼らを探すのにも一苦労でね」

「つまり、魔王候補を探すのを手伝えと?」

「ご名答。成功の暁には自由が手に入る」


メキと名乗る女の声は本気だった。

でも彼女が本気であろうとなかろうと、僕は彼女に従うしかない。

購入されてそうしろ、と言われたのならばそうするまでだからだ。

だけどヘキサスの奴隷として一生働くよりはマシに思えたし、何だかワクワクした。ワクワクしたのは自由、という言葉が聞こえて浮かれたからかもしれないけど。


「協力してくれるかね?」

「うん」


すぐ返事をした。

ほとんど反射的に。


「このかわいい少年を購入しよう、ハマーさんにジョイさん!」


メキが意気揚々とばかりに片腕を上げながらそう言うと、ジョイが痰を吐く音が聞こえた。


「さっき言った筈だぞ。ヒューストルで買え。それまではおあずけだ、女」

「本当にヒューストルではないと売ってはくれないと?」

「ああ、そうだ」

「ならば仕方ない」


メキの声がハマーよりも鋭さを帯びた。

まるで目の前の女が殺人鬼に早変わりして、殺陣を見せつけられたような感覚を覚えた。妙に体に響いたのか、幻覚まで見えた。


「あぎゃあっ!」


ジョイの断末魔が響く。

幻聴――いや、幻聴じゃない。幻覚も見えていない。

それは実際に目の前で起こっている。

ジョイは自分が奴隷を呆気なく殺したように呆気なく死んだ。

そう分かった瞬間には、メキはハマーへとただの棒みたいな杖を指していた。

ハマーを指す杖の先端から光が放たれた。


シィッ、と風切り音みたいなのが響くと、ハマーのいる方から血飛沫が撒き散らされた。

彼の方を見れば、その肉体には大きな風穴が開いていた。

ハマーは驚いたように目を見開いていたけど、結局そのまま何も言わずにばたりと馬から地面に落ちた。

奴隷達の悲鳴が響く。

メキは杖をくるくると回転させ、コートへと仕舞った。


「失礼。手荒な真似をするしかなかったのでね」


彼女は両手を上げながら、僕の方へと近づいてくる。

そのデカさが今では更に強調され、恐ろしく見えて、僕は思わず後退った。

メキは少し芝居がかって悲しそうにした。

それとほぼ同時に、手枷足枷が破壊される。

見てみると、粉々になっていた。


「逃げないのかな?」


メキはぬうっと腰を曲げて、僕の方に目線を合わせた。

首を縦に振る。

すると彼女は微笑んだ。


「嬉しいね。じゃあ今日から君は私の奴隷だ」


特に何も感じなかった。

結構な月日を奴隷として過ごしてきただからだろうか。

それとも、このメキという女が僕を自由にしてくれると、何故か思ったからだろうか。

まあ、恐ろしすぎて思考がぶっ飛んだというのが正しいだろう。

でも今はどれでも良かった。

目の前で色々と起こり過ぎて、頭がふわふわしていた。


「わ、わかりました。じゃあ、こっからどうすれば……?」


僕の言葉に、メキは更に微笑んだ。


「君の姉を殺しに行こうか」

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