第28話 橋本家のウィナーズ決勝直前
「……本当、我が息子の凄さを今更気が付くとはなぁ。親として不甲斐ないよ」
「……私も同じ感想よ、あなた」
千明の両親である和明と千尋は、大会の配信を見ながら呟いた。
今、自分達の息子が賞金と次の大会出場を賭けて、ウィナーズ決勝に挑もうとしているのだ。
これに勝てば準優勝は確定し、次の大会の出場権も得た事になる。
今まで「たかがゲーム」と高を括ってしまっていた。
だが、最近は桜庭家と関わる事で意識は大分改善され、プロゲーマーという職業に理解を示せるようになっていた。
しかし正直、心境は複雑であった。
「俺達は、子供達に"特別な存在"になってほしい訳じゃなくて、ただただ"普通"に生活して欲しかったんだ」
和明が思い描く"普通"とは、収入は暮らせればいいからしっかり働いて、良い嫁を見つけて家庭を育んでほしい事だった。
そんな願いを抱いている和明にとって、プロゲーマーと言う職業は完全に普通から逸脱したものに見えていた。
千明が中学生の頃、最初プロゲーマーになると言われた時は「まぁ学生でいる間ならいっか」程度で、彼の活動に関しては一切興味がなかったのだ。
故に当時から自分の年収と同じ位稼げるようになっていたなんて、全く知らなかった。
ただ「いつかは普通に働くんだろう」と、ふわっとしか思っていなかった。
「私も、普通に生活して欲しかったわ。プロゲーマーなんて趣味の延長線上でちょっとお小遣いが入る程度の認識だったし」
母の立場である千尋もまた、プロゲーマー"如き"と高を括り、調べようとすらしなかった。
そもそも理解しようとすらしなかった。
所詮はゲーム、プロゲーマーと言えど得られる収入はサラリーマン以下だろう、と。
だからゲームにのめり込む――しかもやっているゲームは、人を銃で
実際はとんでもなく稼いでいて、貯金も中学生ながらに7桁万円も貯めこんでいた事実を、本当最近まで知らなかったくらいだ。
「私達、いつの間にか"普通"という言葉に拘り過ぎていたのかもしれないわね」
「……ああ。桜庭夫妻と交流して改めて思うよ。"普通"という事に何であんなに拘っていたんだろうってね」
和明はそう言って、過去を振り返った。
桜庭家と交流を始めて、奏の父である宗次から言われた事があった。
「"普通"って、何が基準なんですか?」
と。
その時、千明の両親は二人揃って「"普通"は"普通"だ」と返した。
しかし、
「多分お二人の"普通"と、千明君や奏が抱いている"普通"は別物ですよ」
という返答が返ってきた。
この時は「そんな馬鹿な」という感想しか抱かなかったが、宗次は続ける。
「奏の"普通"は単純明快です。初恋を叶える為にゲームの腕を磨く事なんです。多分千明君もゲームをして上手くなり、大会で結果を残す事が彼にとっての"普通"なのではないでしょうか」
「えっ、そんな"普通"ありますか?」
「それは本人にしかわかりませんけど、恐らく有名なプロスポーツ選手だって、そのスポーツをする事自体が"普通"なんだと思います。要するに"普通"の基準を決めているのは社会や他人じゃなくて、自分自身なんですよ」
和明と千尋にとって、ハンマーで頭を殴られたような衝撃だった。
自分達が抱いている"普通"は、全員共通だと思っていたのだ。
だが実際は宗次に否定され、「マジで?」程度で流せない程のショックを抱いた。
そして宗次の追撃はまだ続く。
「ちなみに俺の"普通"ですが、『娘が幸せになれるようにサポートする』、ですね」
「……サポート、ですか?」
「ええ。本人がやりたい事が叶うように理解をし、支える事。これが俺の"普通"ですね。最初から頭ごなしに否定する事は絶対にしません」
それはもう強烈な追撃だった。
自分達のアイデンティティが粉々に砕け散る位の、致命的な追撃。
ここで親として千明にしてきた事を振り返ってみた結果、ようやく理解したのだ。
(俺達は自分達の"普通"を千明にただ押し付けて、何一つ千明の為を思った行動をしてなかった……!!)
気が付いた時には、和明と千尋は泣いていた。
情けなくて、自分勝手だった事に恥じて、悔しくて。
様々な感情が複雑に入り交じり、胸の内に抱える事が出来なくて涙腺が崩壊してしまった。
(俺は……俺は、なんて事をしたんだ! ――そうだ、あの時だって)
和明はこの時、自分達がしてしまった失敗を思い出した。
あれは千明がナイフで刺されてようやく退院し、家に帰ってきた後の事だった。
その時、深夜に夫婦で千明の今後について、リビングで話し合っていた。
「まさか、あの千明がカウンセラーの先生に暴力を振るうなんて……」
「でもよかったわ。院長先生が被害届を出さないと仰ってくれて」
「ああ、助かったよ」
「……私にはわからないのよ。先生と同じ気持ちで、たかがゲームでしょ? ゲームが出来なくなっただけで何であそこまで落ち込むのよ」
「……俺にもわからん。俺から見ても千明は"普通じゃない"からな」
「そうね、同意だわ――あっ、千明!?」
「えっ?」
振り返ると、そこには眠れずに起きて水を飲もうとリビングに立ち寄った千明が立っていたのだった。
そう、この会話を聞かれてしまったのだ。
この時の千明の表情は、思い返してみればショックを受けたものだった。
しかし、和明と千尋は千明の表情を読み取るよりも先に「ヤバい、聞かれてしまった」という焦りから、取り繕うような形でごまかした。
結果、数日後に不眠症になり、睡眠薬による過剰摂取で自殺未遂をする事になった。
つまり、両親からの"普通じゃない"発言に絶望し、自殺未遂にまで追い込んだのだ。
親である自分達が。
宗次に言われて、ようやく自分達が自殺にまで追い込んだと理解し、泣き崩れる事しか出来なかった。
だが、宗次は決して手を緩めない。
「貴方達は恐らく自分達の"普通"を押し付けた結果、千明君を無意識的に追い詰めてしまったんだと思います。なのでぶっちゃけ、いくら泣いても時間の無駄ですよ」
「じゃぁ、俺達はどうすれば――」
「えっ、簡単じゃないですか。今からでも千明君を支える為に、プロゲーマーとは何なのかを理解しましょう」
千明が望んでいるのは謝罪ではなく、家族からの理解だ、と。
ここから、桜庭家と橋本家の《プロゲーマー勉強会》という交流がスタートしたのだった。
今度こそ自分の息子を理解し、全力で応援する為に。
振り返りを終え、和明は溜息をついた。
「プロゲーマーの事を学んでいく内に、千明と奏ちゃんはすごい舞台で戦っているんだなって理解したよ」
「ええ。あんな過酷な世界で結果を残せるんですもの。凄いわ」
プロゲーマーはなりたくてなれる訳ではない。
もしなれたとしても、結果が出なければバイトの賃金以下の給料。
プロゲーマーの実態を知った時、初めて名を馳せている奏と"NEO"である千明の凄さを理解したのだ。
今ここには、"たかがゲーム"と馬鹿にしていた和明と千尋はもういない。
息子の凄さを知った二人は、純粋に心から千明を応援していた。
「ほら、あなた! 今からウィナーズ決勝よ!」
「……千尋、どうしよう。俺まで緊張してきた」
「それ言わないで! 私も緊張しちゃうじゃない!!」
実際にゲームをしてみてわかった、自分の息子の凄さを。
あんな事、たった数ヶ月で出来るとは思えなかった。
だが千明は数ヶ月でプロとして活動できる程の腕前を身に付けた、右腕にハンデを抱えているにも関わらず。
(……凄いよ、千明。お前は俺の自慢の息子だ!)
拳を作っている手に、力が入る。
どうか、この一戦を無事に勝利できますように祈りながら、試合を夫婦で観戦するのだった。
千明の妹である咲奈は、今クラスメイト達と"仕方なく"カラオケで遊んでいた。
せっかく千明が出場している大会と学校の休みが被ったから、じっくりと大好きな兄の活躍を観ようと思っていたのだ。
しかし、クラスメイトから「どうしても遊びたい」と迫られ、仕方なしに遊ぶ事にした。
ぶっちゃけ乗り気じゃないので、態度にも出ているだろう。
乗り気じゃないから、全然楽しくないから態度に出ていても許してほしい、心ではそう思っていた。
今のメンツは自分を含めて女子三名と、男子三名。
まるで合コンだ。
本人は自覚していないが、咲奈は普通に人気がある。
見た目は可憐で胸を除いて細身でスタイル抜群だ。
そんな見た目をしているから、咲奈がモテない訳がない。
故に、今回の集まりは「咲奈とお近付きになりたい男子」と「咲奈を餌に男子とお近付きになりたい女子」という面子で構成された、事実上の合コンで間違いなかった。
何か無駄にテンション高く盛り上げようとしている男子、そんな男子に猫を数万匹被って媚を売っている女子を見て、咲奈の心は摩耗していく。
(はぁぁぁぁぁ。お兄ちゃんの試合観たいのに、何、このテンション。引くわぁ)
ここにいるメンバーは、決して咲奈が仲良くしている友人ではなかった。
友人達も来るという話だったが、蓋を開けてみれば全くの嘘。
(これ、私餌に使われたよね……?)
大正解である。
ようやく真実に辿り着いた瞬間、馬鹿馬鹿しくなって適当な理由で帰宅しようと思い立った、その時だった。
サッカー部のエースをやっているとある男子が、咲奈に話し掛けてきた。
「ねぇ、橋本さんのお兄さんって、プロゲーマーなんでしょ?」
突然大好きな兄の話題を振られて驚く。
咲奈は確かにブラコンレベルで千明の事が好きだ。
だが、兄がプロゲーマーである事を公言した覚えは一つもない。
本当近しい友人にしか話していないし、友人達も彼と接点は一切ない。
という事は、友人と話していたのを盗み聞きしたんだろう。
咲奈の彼に対する好感度はダダ下がりである。
「……そうだけど、それが?」
「いや、プロゲーマーってどれ位稼げるんだろうって気になってね」
「……どうしてあなたが気にするの?」
「友達でプロゲーマーになりたいって言っている奴がいてさ、実際どうなのかなって思ったんだ」
「ふーん」
多分嘘だ。
常にイケメンスマイルを咲奈に向けているし、ただ話すきっかけが欲しいから、嘘を言っているだけなんだろうなと感じていた。
だが、その話題に乗っかったのは咲奈ではなく、女子達だった。
「でもぉ、真田君の方がすごくない? あの有名なサッカーチームのジュニア選抜に入ってるんでしょ?」
「聞いた聞いた! プロチームで教えているコーチが直接指導してくれるんでしょ! 超すごい!」
彼は真田君って言うんだ。
彼の存在をどうでもいいと思っている咲奈にとって、今初めて知った事実だった。
そんな真田君に全力で媚を売りに行っている女子達に、ちょっと嫌悪感を抱く。
そして、女子達はアピールのつもりなのか、全力で咲奈を蔑む言動をし始める。
「真田君に比べたら、プロゲーマーなんて凄くないよ! 真田君って、プロとして有望だって聞いてるし」
「そうそう! プロのサッカー選手って年収凄いらしいじゃん! プロゲーマーより絶対凄いよ」
……なるほど、これがゲームを知らない一般人から見た、プロゲーマーの認識なんだな。
咲奈は自分達のアピールの為に、咲奈自身の印象を下げる行動に出たのはまぁいい。
しかし、大好きな兄の事を馬鹿にされているようで、不機嫌になっていく。
そして件の真田君は、咲奈の怒りの炎に油を注ぐ発言をした。
「確かにそうだねぇ、やっぱりたかがゲームだからさ。年収はきっとサッカー選手の方が倍くらいいいね」
ああ、こいつはプロゲーマーを、そして兄を自分より下の人間だと思っていやがるのか。
イケメンで華のあるサッカーも上手ならさぞかしモテるであろう。
だが、人を下に見ている時点で人間としてだめだ。全くもって彼に魅力を感じない。
むしろそんな彼に媚を売っている女子達も汚物にしか見えなくなってきた。
ついに、咲奈の我慢は限界に達した。
「あのさぁ、一つ聞くけど。真田君って今何かで稼いでる?」
「えっ?」
咲奈の冷え切ったような声に、全員が驚く。
「早く答えて。真田君は稼いでるの?」
「えっ、いや。親からお小遣い貰ってるけど」
「あっそう。うちのお兄ちゃんはね、お小遣いを貰わないで自分で稼いでるの。高校生なのに、貯金は7桁だよ」
『えっ、7桁!?』
咲奈以外の全員が声を揃える。
「そうだよ。しかも中学生の時に優勝した大会の賞金を、あんまり使わずに貯金したのが残っている感じだけど」
「……その賞金っていくらなの?」
「えっと、百万ドルだから――約一億円かな? それをチーム皆で分けて税金の分を差し引いて手元に残ったのがウン百万だった筈」
「……」
一億円という大会賞金に、驚きを隠せないクラスメイト達。
たかがゲームと馬鹿にしていた彼らにとって、とんでもない賞金の額に、開いた口がふさがらない状態だった。
「で、あなた達はプロゲーマーの事を全く知らないのに、よく馬鹿に出来るよね」
「いや、馬鹿にしてた訳じゃ――」
「そうにしか聞こえなかったよ」
「……」
「お兄ちゃんの事もよく知らないくせに。何がサッカー選手の方が上だ、よ。私からしたらどっちも凄いのに、どうして優劣を付けたがるの?」
「……」
「そんなの、人として最低過ぎて話したくもないし、一緒の空間にいたくない。今後、なるべく話し掛けないでね? 手が出ちゃいそうだから」
咲奈からの明確な拒絶。
カラオケボックスの中はお通夜状態だ。
咲奈はそんな空気なんて気にせず、さっさと帰り支度を済ませてカラオケ店を後にした。
本当に無駄な時間だった。
「……あの女子達、多分私の悪評流しそうだなぁ。先手打っとくか」
可憐な容姿のせいで、咲奈は小学生の時から同性から言われもない嫌味を言われ続けてきた。
その為、自衛手段を悲しいながら身に付けてしまったのだ。
咲奈はスマホを手に取り、友人達のLineグループを開いてメッセージを打った。
『今日騙されて合コンみたいなのセットされたんだけど、その中でお兄ちゃんを皆で馬鹿にし始めたから怒って帰ってきちゃった』
このグループに参加しているのは、咲奈含めて十四名。
メッセージを打った直後から既読が付き、反応を返してくれる。
『マジ? 最悪じゃない?』
『帰って正解だよ!』
この友人達に真相を話しておけば、例え悪い噂を流されたとしても友人達がかばってくれる。
それに、
『多分その女子達、咲奈ちゃんの悪い噂流しそうだよね。安心して、私は咲奈ちゃんの味方だよ!』
このグループにいる友人達は、咲奈が心から信頼できる人間だ。
咲奈は不機嫌だった気持ちが一瞬で吹き飛び、足取りが軽くなる。
「あっ、そろそろお兄ちゃんの試合じゃん! うぃな~ず? っていうやつの決勝だよね!」
咲奈は自分のイヤホンを耳に付け、自慢の兄のウィナーズ決勝のライブ配信を見始めたのだった。
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久々の更新です!
お読みいただきありがとうございます!
実は元々ゲーム業界に携わっていた事もあり、母の友人から相談を受ける事があります。
その中で結構「たかがゲーム」という単語が出てきており、まだまだプロゲーマーは認知が低いんだと実感しました。
そういった相談がきっかけで、今回の話を執筆しました。
プロゲーマーを知らない人からしたら、やっぱりゲームで稼ぐっていうのは異端だし異常なんだろうなって思います。
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