第22話 変わる橋本家両親(三人称視点)
「よっ、ほっ、よいしょ!」
「ちょちょっと、桜庭さん!? それ何ですか!」
「ふふふ、娘から教わった四割コンボですよっと!」
「どど、どうやったらそんなの出せるんですか!?」
ここは桜庭家。
今日は桜庭家両親と橋本家両親が集まって《デスV》をプレイしていた。
千明の父である
そして奏の母である由香と千明の母である
今日の集まりは、子供達が目指している道を理解しようという勉強会だった。
和明と千尋は確かに一度はプロゲーマーになった息子の姿を見た。
が、やはり心の隅では「所詮はゲーム」なんて馬鹿にしている部分があった。
そこを桜庭家両親に見抜かれて、このような勉強会を開いたのだ。
そう、橋本家両親は一度もゲームに触れた事がなかったのだ。
ゲームをする位なら将来の為に勉強をして、良い企業に入って安定した職に就いて欲しいという、ごく普通の親の思考だった。
勿論この思考が悪いとは言っていない。
ただ、子供達がプロゲーマーないしe-sportsという世界に踏み込もうとしているならば、この思考は子供達の障害でしかならない。
つまり千明が挑もうとしている世界を体験し、両親により良い理解者になってもらおうと考えたのだった。
「実際、奏ちゃんはプロとしてどうなんですか?」
「そうですね、日本の中ではトップレベルって言われていますねぇ。去年は海外で開かれた大会で優勝して賞金もゲットしてますし」
「……ちなみに、おいくらで?」
「確か一万ドルだったと思いますよ」
「い、一万!!??」
「それをチームで分け合っているので、全てが奏の懐に入った訳じゃないですけどね」
「す、凄いですね……」
「でも、確か千明君だって中学の時に賞金獲得してましたよね?」
「お恥ずかしながら、プロとしての活動を渋々と認めていたので、あの子がどれ位稼いでいるとか把握してなかったんです……」
「それは流石にまずいですよ……。大事な子供のやっている事を理解して応援するのも親の仕事ですよ?」
「そうなんです、だから桜庭さん達にこのような場を設けて貰って、とても助かります」
母親陣は、現実的な話をしていた。
千尋はゲームに良い印象を持っておらず、安い給料で何の実りのないゲーム大会で優勝するのを目指していると勝手に思っていた。
実際チームと契約した際は、賞金の部分は両親には触れていなかったりする。
その為息子である千明が、中学生の時に海外で優勝した大会で百万ドルの賞金が出ている事すらも知らなかったし、興味もなかったのだった。
「ロサンゼルスでゲームの大会とか、主催者も酔狂よねぇ」程度の認識だった。
あまりの無関心っぷりに若干呆れつつも、丁寧に千尋に様々な事を教えていく由香。
そして教わる内に、「千明はプロとしてそんなに頑張っていたんだ」と感心し、そして己の無関心さと理解のなさを恥じた。
「千尋さん、千明君は大変困難なチャレンジをしています。格闘ゲームでのプロゲーマー活動は、かなり狭き門と言われています。そんな大変なチャレンジは家族の理解と応援がないと続きません」
「そうですね」
「全部を理解しろって言っている訳ではないですよ、少なくとも精一杯応援してあげてください」
「ええ、今度こそ千明を支えていきたいと思います!」
千尋は三年もの間、何もできずにずっと千明に生き地獄を体感させてしまった事を後悔していた。
その思いもあって、プロゲーマーという仕事をもっと理解をし、夫の和明と一緒に千明を支えようと考えていた。
由香も橋本家両親の想いをしっかり理解していて、時々厳しい言葉を投げかけるが、橋本家の事を思っての事なのが伝わっているので千尋はしっかり受け止める事が出来ていた。
父親陣の方は、相変わらず和明はボコられていた。
しかし、宗次にいいようにやられながら、こんなにゲームとは難しくてその場その場の判断が求められるものなのかと驚愕していた。
和明はゲームというのは「やり方を覚えたら後はなぞっていくだけ」という先入観を持っていた。
だが実際にやってみたらどうだろうか?
操作も難しいが、格闘ゲームにおいては一つ一つの行動に対してしっかり意味を持たないと、あっという間に負けてしまうのだ。
当然対戦をしている事から、全て自分の思い通りにいかないから、その場で相手の行動に対処しながら自分の都合の良い方向へもっていかなくてはならない。
「ゲームって、こんなに考えなくちゃいけないんですね……。あっ、やられた!!」
和明はぼそっとゲームに対する考えを漏らした。
宗次は軽く笑いながら答える。
「そうなんです。言うても俺だってやってみてやっとわかったんですよ。これが娘達が職業にしようとしている世界です」
「恐らく、プロのスポーツ選手と変わらない世界なんでしょうね」
「ええ、スポーツ選手とe-sports選手の違いは、自身の体を使うかキャラクターの体を使うかの違いだけです。立派なスポーツになり得ると俺は思っています」
「……千明は、その世界で戦ってきたんですね。しかも有名な選手として」
「そして娘の奏を救ってくれた、我が家の救世主です!」
「……今度こそ、俺は千明を理解して支えてやりたいです。正直言って、奏ちゃんに嫉妬しました」
「嫉妬、ですか?」
「はい。千明が絶望している中、自分達はしっかり支えていると思っていました。まぁ全く改善はされませんでしたけど」
「……」
「でも、そこで颯爽と現れた奏ちゃんが、たった一時間もかからずに千明を立ち直らせた。凄いと思ったと同時に嫉妬しましたよ、俺達のあの三年間は何だったんだって」
「成程……」
和明は、その時同時に思った。
千明を支えてあげられていると思っていたのは、ただの驕りだったと。
そして、千明が全然改善しないのは自分達じゃなくてゲームが悪いと。
だからゲームから目を背けるように働きかける事しかしなかった。
結果、息子を自殺まで追い込んでしまったのだから、支えてやれてもなかったのだ。
そこに全面的な理解者である奏が、サクッと解決してしまったのだ。
嫉妬した、やるせなかった。
同時に両親として、何一つ千明が望むものを理解しようとしてなかったと気が付いた。
奏に嫉妬した。そして悔しかった。無力感も味わった。
もうこんな思いはしたくない、だから今度はちゃんと息子が目指しているものを理解し、向き合おうとしたのだった。
「今度こそ、俺達はちゃんと千明を支えてやりたいんですよ」
「……うん、きっと出来ますよ」
「やってやりますよ。さて宗次さん、このまま勝ち逃げは許しませんよ?」
「ふふ、まだまだ和明さんには負けませんからね!!」
こうして、両家の親交も深まっていく。
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「和明さん、うちの娘、千明君に受け入れて貰えますかね?」
「ああ余裕でしょ! 千明、上手く隠せていると思っていますけど、奏ちゃんにべた惚れなの隠しきれてないですから!」
「そうそう、あの子、奏ちゃんの話をするととっても柔らかい表情になるんですよ!」
「となると、千明君が私達の息子になる日も近いかもしれませんね!」
「あの二人、何だかんだで稼いでいるし、海外挙式でもしてもらいましょうよ!」
「「「賛成!!」」」
本人達の知らない所で、両親達は好き勝手騒いでいるのだった。
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