第17話 "NEO"は日常を噛みしめながら、前に進み始める


――千明視点――


 案の定予想通りというか、成るべくして成ったというか。

 あの事件以降、僕の生活は非常に大きく変わった事になる。


 まず、僕に対するクラスメイトの反応が大きく変わった。

 須藤が"NEO"時代の僕を普及した事もあってか、FPSのプレイに対する相談が増えた。

 意外とクラスメイトでもFPSをやっている人はいたみたいで、僕は聞かれた事をしっかりと答えた(つもり)。

 エイム――敵を射撃で倒す際、照準サイトで狙いをつけて射撃する事――の練習方法だったり、敵を撃破する時の思考だったりとか。

 またはプロゲーマーになりたいと相談される事もあるのだけど、ぶっちゃけ運とかもあるけど目立った大会に出場したりとかストリームやって名を売るとかするしかないから、大したアドバイスが出来ていない。

 それと、僕の右腕をかなり気遣ってくれているのを感じる。

 僕に重い荷物とか持たせようとしないし、体育とかも出られないものばかりで見学してるんだけど、一人にならないようにちょくちょく声をかけてくれる。

 ……桜庭が声をかけてくる頻度が異常に多くて、桜庭が先生に怒られてたりする。


 こんなにも学校が楽しいって思えたのは、まだプロになっていない小学校以来かもしれない。

 小学校の時はまだゲーム自体に出会っていないし目標も定まっていないから、友達と色んな事をして遊んでいた。

 でもプロになってからそういう機会がぐんと減り、学校が自分の中では全くの無価値になっていったんだよなぁ。

 絶望から立ち直った今では、非常に楽しく学校生活を送れている。

 残念ながら、たまに桜庭の件でひがみとか中傷が来るけどね。

「何でお前なんかが桜庭さんと」とか「お前みたいな陰キャは、桜庭さんに相応しくない」とか。

 なので、「素敵な縁があって桜庭と知り合えた」とか「じゃあ誰となら桜庭は相応しいんだ? まさか自分とか寒い事は言わないよね?」と鼻で笑って返したら、顔を真っ赤にして自分の教室に戻っていった。

 殴ってくるかなぁと思ったんだけど、意外に潔かった。

 ……ポケットの中にICレコーダーを忍ばせておいて、いざという時には訴えてやろうと思ったんだけどなぁ。


 あっ、そうそう。

 小敷谷って奴の事を話しておこう。

 教師側にも僕の配信を見た人がいたようで、かなり問題となって小敷谷は両親を呼び出されて事情聴取をされたようだった。

 結果、最初は停学処分だったんだけど、数週間後に転校となったようだ。

 須藤からの情報によると、小敷谷の両親が近所でかなり噂になってしまったようで肩身が狭くなり、別の場所に引っ越しとなったそうだ。

 それに僕と須藤であの配信した翌日に警察へ行ったんだ。

「被害者本人ではないけど、偶然ファミレスでこんな会話を聞いたから、調べた方がいい。相手は小敷谷先輩っていううちの学校の先輩です」

 ってね。

 ほとんど須藤が話してたけど。

 このご時世女性に対する性加害が重く見られているからか、警察も意外とすんなり動いてくれた。

 そして警察が小敷谷の自宅に事情聴取しに行ったようで、尚更近所の噂に火をつけたようだ。

 これも須藤情報だけど、どうやら桜庭からも名誉棄損で訟されたようで、何とか金をかき集めて示談で済ませたようだが安くない金額だったらしい。

 更に追い打ちをかけて、他の女性被害者も小敷谷に対して被害届を出したらしく、そこも頑張って示談にしようとしてるんだとか。

 小敷谷の取り巻きも同様に訴えられていて、まともな学校生活を送る事は困難なんだとか。


 うん、ざまぁないぜ。


 学校での生活はこんな感じ。

 私生活はというと、こっちの方が異常なまでに変わった。

 まず、熱愛報道という事でゲーム情報サイトで大々的に取り上げられた。

『超人気プロゲーマーの桜庭奏さんが想い人を公言! お相手は伝説のFPSプレイヤー"NEO"だった!?』

 中には見出しに"【悲報】"とつける個人ブログ運営者もいる程で、かなり炎上となった。

 そりゃそうだ、桜庭はゲーム界隈以外でも人気があって、ほぼタレントに近い。

 twitter上では悲観の嵐となる。

 そして僕のtwitterアカウントにもDMが山のように来た。

 桜庭が僕を好きになってくれた経緯が経緯だし、僕との出会いも特殊なのもあり、


「羨ま死ね」


「かなちゃんを泣かせたら、住所特定して地獄に落とす」


「何故、何故俺は右腕を怪我しなかったのだ!」


 という内容が多かった。

 今の所犯罪に繋がりそうな内容はないものの、量が量だけに正直通知がうざい。

 だけど、この炎上をきっかけに僕のフォロワー数も大きく増え、youtubeのチャンネル登録数も増えてきている。

 収入の面も安定してきて、プロ時代の配信収入よりわずかに劣る程度までになった。

 プロとして活動するなら、配信での収入は非常に大事だ。

 ここで数字が取れないとプロ活動どころか、生活すら微妙なレベルになる。スポンサー契約での収入も、一社二社では期待が出来ないからしっかりと土台を作っておかないといけない。

 桜庭みたいな活動が出来ているのは、本当に稀有なんだ。

 そういった面から、今回の炎上は僕にも利益があって非常にありがたいものとなった。

 意外にも桜庭との仲に関して肯定的な意見が比較的多くて、そこは助かっていたりもするけど。


 それと、目標が出来たおかげで精神がかなり安定した。

 睡眠薬がなくてもぐっすり眠れるようになったし、右腕の怪我に対するフラッシュバックもすっかりなくなった。

 カウンセリングを担当している医師からは「今回は良い人と出会ったおかげで、非常に良薬になったんだと思います」と言われ、薬は処方されなくなった。

 一応定期的にカウンセリングは継続し、経過次第では全快の判断が出せるとの事。

 ……正直、このカウンセラーが役立った記憶は一切ないのだけれど、まるで自分のおかげのようにドヤ顔で言ってきたから、滅茶苦茶腹が立った。

 僕が精神的に良くなったおかげで、痩せこけていた両親もふっくらしてきた。

 暗い表情ばかりだった(と思う)両親にも笑顔が戻り、僕は今までの謝罪と感謝を込めて二泊三日の温泉旅行をプレゼントした。

 最初両親は断っていたが、無理を通してようやく受け取ってくれた。

 だけど、二人は僕にこんな言葉をくれた。


「千明が苦しい時に味方になれなくて、ごめんな。父さんはな、正直あまりゲームというものに好意的じゃなかったんだ。だから知ろうともしなかったし、千明がこうなってしまった原因はゲームのせいだってお門違いな恨みを抱いていたんだ」


「うん、私も正直そう思っていたわ。ゲームが出来なくなったからきっと普通の生活を送れるだろうと思っていたんだけど、私達が想像しているものより、千明にとってはゲームが大きな存在だったんだって思うようになったの」


「それでも結局俺達は、時の流れが解決してくれると楽観視していたんだろうね。解決してくれたのは同じゲーマーである奏さんなんだから、皮肉だよ」


「……正直、両親としての立場からしたら、かなり複雑だったわ」


 両親は両親なりに僕を心配してくれていた。

 でも、両親にとってはかなり未知の世界だったゲームが、僕にとって何故ここまでの存在になったのか理解できなかったんだという。

 仕方ないと思う、僕だってゲーム以外の世界は全く知らない。

 父さんの仕事の大変さとか、母さんの家庭を支える大変さが理解できないのと一緒だ。


「これからはもっとゲームの事を理解しようと思う。奏さんの両親とも知り合いになったから、俺達もゲームについて勉強して、大事な息子がやりたい事をしっかりバックアップしていきたいと思う」


「そうね。と言っても、もう立派に稼いでいるようだから私達の支援はいらないかもしれないけどね」


 両親から理解して欲しかった僕の気持ち、僕のやりたい事。

 それを絶望から這い上がったと同時に理解をしてもらえたのが嬉しくて、不覚にも両親の前で泣いてしまった。

 僕は泣きながら「ありがとう」と言うのがやっとで、言えた時には両親が優しく抱きしめてくれた。

 こんな優しい温もりを、僕は三年間も無下にしてしまっていた事を後悔した。

 だから、可能な限り親孝行をしようと心に誓った。


 妹の咲奈に関しては、以前からブラコン気質だったけど最近は更に酷くなっている気がする。

 僕の生配信や動画は全てチェックしているし、桜庭に対してやや当たりが強い。

 僕を絶望から救い出してくれた事にはかなり感謝をしているが、桜庭が我が家に遊びに来た時は常に僕にべったりで離れない。

 

「そろそろお兄ちゃん離れした方がいいんじゃないかな、咲奈ちゃん?」


「まだ中学二年生なので、甘えたい年頃なんですぅ!」


「……いつになったら離れてくれるのかな?」


「少なくとも高校卒業するまで?」


「なっがすぎる!! 私も橋本君とくっつきたいから離れて!」


「やだ、お兄ちゃんは私のだもん!!」


 ああ、両手に花とはこの事だろうか。

 騒がしくて全然嬉しくない。

 でも、たまに腕に当たる桜庭の立派な双丘の感触にドキッとしてしまっているのは内緒だ。

 ちなみに咲奈は絶壁だ、成長の見込みはない(母さん談)。

 まぁ咲奈は可憐でスレンダーな体躯が似合っているから、お兄ちゃんとしてはそのままでいいと思うぞ。







 こんな感じで、絶望から立ち直った途端に日常が大きく変わった。

 そして毎日が充実している事を実感している。

 だけど、充実した毎日に浸かっていてはいけない。

 僕も前に進まなくちゃいけないんだ。


 今いるのはとある喫茶店。

 僕は窓際の席でコーヒーを飲んで、とある人が来るのを待った。

 そして、その人物はやってきた。


「やあ千明。久しぶりだね、復活おめでとう」


「ありがとうございます、呉島くれしま監督」


 彼は呉島 大吾。

 僕が所属していたFPSチーム《MATRIX》を今もまとめる監督だ。

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