第14話 奏の気持ちを改めて知る


――千明視点――


「今日は配信に付き合ってくれてありがとうございました。先程話したように、今後は格ゲーのプロを目指して頑張っていきますので、応援してくれると嬉しいです」


――格ゲーはかなり大変だが、新たな目標が出来てよかったな! 支援する!


――右手がかなりのハンデになるけど、応援する!


――スパチャOFFにしてるの、何でだぁぁぁぁぁぁっ!!


 さっきからスパチャ送りたいユーザーがいるんだけど、何なんだろう?

 僕は配信をオフにして、一息ついた。

 今日の生配信は視聴者が八千人を超えていた。

 配信を終了したばかりなのに、twitterでは"NEO"という単語と桜庭の名前がトレンド入りしていた。

 twitterでは早速小敷谷と取り巻きの会話シーンを切り抜いた動画がアップされていて、今も物凄い勢いで拡散されていっている。

 そして、桜庭のチームの公式アカウントでも生配信を始めたようで、僕以上の勢いで拡散されている。

 やっぱり人気だなぁ、桜庭は。

 あの容姿とスタイルだ、そりゃ人気出るよ。

 ……やばい、あの時のグラビア撮影の時の桜庭の水着姿を思い出してしまった。

 一瞬ムラってしてしまったが、頬を一度叩いて煩悩を打ち消し、桜庭の生配信のURLをクリックした。


 よかった、ちょうど始まったばかりだ。


『こんばんは、桜庭 奏です! この度はスポンサー様、そしてファンの皆様に多大なご心配をかけてしまい、申し訳ありませんでした』


――今回の事、かなちゃんが悪くないから謝らないで!!


――かなちゃんの事を信じてた!


――今日もかなちゃん可愛い!!


 ……すっごい人気だな、桜庭。

 コメントが高速で流れていくから全く把握できない。


『"NEO"さんの生配信を見て頂いて事情を把握している人もいると思いますけど、見ていない人もいるかもしれないので私の口から詳細を説明させてください』


 名前は伏せているけど、小敷谷に告白されて断ったけど、かなり強引に迫ってきた事。

 そして根も葉もない悪い噂を学校にも流れたし、週刊誌にも取り上げられてしまって大事になった事。


『これらを踏まえて、チーム《Project・G》は当事者と週刊誌に対して訴訟する事にしました。既に当チームの専属弁護士に相談して動いてもらっているので近々連絡は行くと思いますのでご覚悟を』


――あれ、かなちゃんが静かに怒ってる……?


――こ、怖いぃ


――お代官様、どうかこれで怒りを鎮めてください(スパチャ一万円)


――私にはこれしか出来ません!(スパチャ五千円)


――貧乏に生まれて申し訳ございません、どうか怒らないで(スパチャ百円)


 ……急にスパチャの嵐になったぞ。

 確かに、怒っている桜庭は何とも言えない迫力があるね。


『今後このような事がないように、もう事前に皆さんに伝えておこうと思います』


――おっ、何か発表があるのか?


――なになに? 私、気になります!


『私には、好きな人がいます。今もその人を強く想っているので誰にも靡く事はありません』


 桜庭がカメラを真っ直ぐ見据えて、力強い瞳で自分には好きな人がいると言ったんだ。

 まるで僕に対して画面越しに言っているような感覚に陥って、一瞬心臓が跳ねた。

 そして予想通り、コメント欄は有り得ない位の速さで流れていき、最早視認出来ない程のスピードだ。

 でも何となく、阿鼻叫喚だっていうのはわかる。


『私は実は、中学の頃難病にかかって余命宣告を受けていました』


――えっ


――マジ……?


――でも今、すっごい元気じゃん?


『私は残り僅かしか生きられないから、全てに絶望して諦めていました。ですが、youtubeの動画でとある出会いがありました』


――出会い?


――気になる、続きを!(スパチャ一万円)


『スパチャありがとうございます! 私が見た動画は、私と同じ位の年齢の男の子が、とあるFPSのゲームで優勝したシーンのものでした』


――あれ、まさか


――……そういう事かぁ


『……何か察しがついている人もいるみたいですね。その人こそが"NEO"さんでした。私は同い年の男の子があんな煌びやかな世界で脚光を浴びていて、ゲーム中でも冷静に試合を進めていく様子を見て、一目惚れしました』


 ……何か気恥ずかしい。

 既に桜庭が僕を好きになった理由を聞いているけれども、改めて聞くと恥ずかしすぎる。


『いつの間にか私は、彼の配信動画を全て漁ってのめり込み、いつしか私も彼と一緒にゲームをしたいと思うようになりました。ふと訪れた恋心が、死という絶望を忘れさせてくれたんです』


 桜庭がちょっと照れくさそうにしながらも、嬉しそうに語る。

 今冷静になって考えたら、僕はなんて美人から好かれているんだろう、なんて贅沢な状況になっているんだろうと思った。

 男から見たら、桜庭はまさに理想の女性だ。

 誰もが彼女と付き合いたい、付き合えなくてもお近づきになりたいと思うだろう。

 そんな誰もが下心を抱く女性と、ここまで一途に想われているし、僕の為にアレコレ時間を割いてまで接してくれている。

 そこまでされてさ……


 桜庭の事を好きにならない訳がない。


 僕は桜庭の事を意識しながら、生配信を視聴する。


『この想いは本当に強くて、お医者様が驚く位に全快して今の私があります。"NEO"さんは私が本当に困っている時に助けてくれる、私のヒーローです!』


 桜庭は、満面の笑みを浮かべてそう言った。

 その笑顔は、反則過ぎる。


――あぁ、尊死


――無理、もう無理(尊死)


――その笑顔をNEOが独占しているのが羨ましい……! でも不思議と悔しいって気にはならない


――ゲームの大会を通じて美少女を救い出す……。NEOは本当に救世主なのかもしれないな!


――↑つまり、この世界はマトリックスの世界かもしれない!


『今回も"NEO"さんが助けてくれて……本当に嬉しかった。ありがとう、大好きです!! 今ようやく夢を再び見つけて頑張っているから、私に気持ちを向ける余裕がないのはわかってる。でも私は遠慮なくアピールしていくので、覚悟しておいてね!!』


――愛の告白きたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!(スパチャ一万円)


――羨ましい!! でも、NEO氏に勝てる気がしねぇ


――NEOよ、これだけは言わせてくれ。羨ま死ね!!


――今のかなちゃんが魅力的過ぎるからNEOになる為にマトリックスに行ってくる(スパチャ一万円)


 むしろ、今までまだアプローチ遠慮してたの?

 そちらの方が驚きなんだけど……。

 はぁ、僕の心臓持つかなぁ。


 でも桜庭は本当僕の事を理解しようとしてくれているのがわかる。

 僕は確かに桜庭が好きだ。

 しかし今は恋愛感情よりはるかに優先したいものがある。

 それが、格ゲーでプロになる事。

 あの華々しい世界に、また舞い戻る事。

 これを今は最優先したい。


 桜庭には申し訳ないけど、今は想いに応えられない。

 それに今の僕は、君の隣に立つ事すら許されないだろう。

 だから桜庭が望む通り、一緒にプロの舞台でゲームをプレイしようと思う。



「……でも、桜庭は魅力的な女性だ。ちんたらしてたら僕より魅力的な男が現れて靡いてしまうかもしれない」


 本人は絶対に靡かないとは言っているが、人の気持ちに絶対はない。

 だから、自分に精神的負荷を敢えて与える。


「久々だよ、こんなにワクワクする気持ち」


 三年間忘れていたこの気持ち、強敵に出会えた時の緊張感とスリルに高揚感、勝てた時の快感。

 今味わっている気持ちはそれに似ていた。


「ならば、僕も前に進む準備をしなきゃ」


 僕はスマホの連絡帳を開き、とある人物に電話を掛けた。


「お久しぶりです。……はい、今度お話出来ませんか?」


 僕の止まっていた時間は、止まっていた青春は、桜庭の愛情によって動き出した。

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