第4話 一度絶望を味わった私は、もう二度と諦めない


――奏視点――


 夕飯になっても降りてこない私に業を煮やしたお母さんが、怒りながら私の部屋に突入してくると、私の状態を見て優しい表情になって「とりあえずご飯だけでも食べなさい」と言ってきた。

 泣きすぎて目が腫れてしまって酷い顔になってるだろうな。

 とりあえず私はリビングに向かうと、お父さんも帰ってきていた。


「……ただいま、奏」


「……おかえり、お父さん」


「まぁ、まずは飯を食べよう。その後何があったか話してごらん」


「うん」


 私の両親は、余命半年と宣言されてから私に寄り添ってくれた。

 私の愚痴や醜い暴言とかも、全部受け止めてくれた私の最大の理解者。

 だから何か悩みがあったら必ず二人に相談するようにしている。

 結局泣いても何も解決しないから、今日の事を両親に相談してみよう。

 私達家族は食事を済ませた後、今日あった出来事をそのまま伝えた。


「なるほどなぁ。まずは俺からの意見を言っていいか?」


「……どうぞ」


「男の感性から言わせてもらうと、触れてほしくない所にいきなり触れられてブチ切れたって感じだね」


「やっぱり、触れられたくない話だったのかなぁ……」


「だって仲良くもないし心も許してないのに、いきなり嫌な事言われたらそりゃ怒るさ」


 お父さんは続けて「普通そういうのは、仲良くなっていって心を開いてもらったら聞くもんだよ」と言った。

 私は物心ついた時から体調が悪く入院しがちで、まともな友達が一人もいなかった。

 病気を克服して自由に動けるようになってからようやく人との交流が出来るようになったけど、今まで順序良く仲良くなるという事をしてこなかったせいで、思った事を直球で伝えてしまう。

 だから友達と言える程仲良くなった子は、二人程度しかいない。

 つまり、NEOさんの件も私の悪い癖が出てしまったんだ。


 お父さんは私に対してゆっくり仲良くなる方法を教えてくれるところで、お母さんが割り込んできた。


「あなた、この子がそんなゆっくり歩み寄るなんて出来る訳ないわよ」


「あぁ、それもそうか! ごめん、奏! 俺の言った事は忘れてくれ」


「酷い!!」


 この両親、私のコミュ力に対して容赦がない!

 事実だから反論の余地が全くないんだけどね!


「奏、さっきも言ったようにあんたには歩み寄る事なんて無理。だったらもうね、直球で自分の気持ちを伝えちゃいなさい!」


「えっ、私の気持ち……?」


「あんた、NEOさんの事好きなんでしょ?」


「うっ……まぁそうだけど」


 両親にはNEOさんの事が好きだという事実を伝えていた。

 むしろこの恋心のおかげで病気を完治させたんだからと、NEOさんに対して両親も感謝しているレベルだ。

 そしてNEOさんなら付き合っても全然いいとも言ってくれている。


「だったら変に歩み寄るより、奏の気持ちや思っている事を直球に伝えるべきよ」


「……そっか」


 正直、恋心をNEOさん本人に伝えるのは相当恥ずかしい。

 それに今日、あんな恨みがこもった視線を私に向けてきたのに、私の気持ちを受け止めて貰えないし、そもそも話すら聞いてもらえないと思う。


「まぁ今日の事を考えると、話を聞いてもらえるかどうかも怪しいけどね」


「ですよねぇ……」


 お母さんも同意見だったみたい。


「それでも、最後だけでも話を聞いてほしいって強引に了承を貰って、あんたが思っている事を全部ぶちまけておいで! それでダメならまた私達が愚痴とか聞いてあげるからさ」


「奏の性格を考えたら、それしかないか。正直どうなるかわからないけど、俺達は奏の味方というところは忘れないでくれ」


「お母さん、お父さん……」


 ああ、私はこの両親の元に生まれてきてよかった。

 病弱で余命宣告された時はこんな体で産んだ二人を恨んでしまったけど、二人とも本当に私に寄り添ってくれる。

 それに絶対的な味方でいてくれるから、私も遠慮なく前に進む事が出来るの。


「うん、私頑張ってみる!!」


「「頑張れ、奏!」」


 私は自室に戻り、ちょこっとチームの皆とネットを通じてゲームの練習をした後、いつもより早い時間に寝た。

 明日に備えて体調万全で挑みたかったからだ。





 








 翌日、学校でNEOさんこと橋本君を待っていたんだけど、登校してくる事はなかった。

 そして次の日も、その次の日も、橋本君が登校する事はなかった。

 おそらく、私の一言が、私が考えている以上に彼の心にとんでもないダメージをを与えてしまったんだと思ったんだ。


「……どうしよ」


 罪悪感とか色んな気持ちがぐるぐると胸の中で渦巻いていて、授業が全く身に入らなかった。

 ああ、やってしまった。どうしようっ!!

 明日は私、グラビアの仕事が入ってるから、すれ違ったら嫌だなぁ!

 なんて思っていたら本日最後の授業の時に先生から、


「あ~、誰か橋本の家に行って、進路相談のプリントを渡してくれないか? 提出期限が迫っているから、今日届けられる人だとありがたい」


 先生、ナイスタイミング!

 私は速攻で手を上げて、その大役を引き受ける事にした。

 それから先生に住所を聞き、スマホの地図アプリに住所を打ち込み、橋本君の家に早速向かった。

 橋本君の家は学校から歩いて十五分ほどで辿り着いた。


「こ、ここかぁ……。あぁ、緊張する」


 好きな人の家に来るのって、何気に緊張する。

 三回位深呼吸をした後、私はチャイムを鳴らす。

 

『……はい』


 しばらくすると、疲れ切った女性の声が聞こえてきた。


「あっ、えっと私、橋本君のクラスメイトの桜庭 奏といいます! 学校からプリントを頼まれて届けに来ました」


『さくら、ば?』


 するとゆっくりと玄関の扉が開く。

 中から出てきたのは、恐らく橋本君のお母さんであろう女性だった。

 若干やつれていて、目が赤かった。


「……桜庭さん、わざわざプリントを届けてくださってありがとうございます」


「あの、橋本君は――」


「ちゃんと息子に渡しますので、帰って頂けますか」


「えっ」


 橋本君のお母さんが、突然私を拒絶してきた。

 理由を聞こうとすると、


「桜庭さん。あなたが無遠慮に息子に近づいたおかげで、息子は遺書を書いて自殺しようとしたんですよ」


「えっ、そんな――」


「誰にも触れられたくないから息子は他人と壁を作って来たのに、あなたは唐突に息子の過去の話題を出してきましたよね?」


「はい……」


「帰ってきた息子は隠していた睡眠薬を大量摂取しようとしたんです。私達家族でやっと今日落ち着いてくれたんです。その時、遺書であなたの名前が書いてありました。あなたに過去を触れられて怒りと同時に惨めな自分を思い出したから死にたくなったと」


 そんなに、そんなに触れられたくないんだ、NEOさんだった過去は。

 悪い事をしてしまったと罪悪感が湧くと同時に、NEOさんにどのような過去があったのかが非常に気になってしまった。

 しかし、橋本君のお母さんはこれ以上私が関わる事を許さないかのように、彼女の目が射殺すかのように鋭くなっていく。


「息子にとって劇薬でしかないあなたを、これ以上息子に近づけたくないんです。なので帰って頂けますか?」


 明確な拒絶。

 そして敵意。

 橋本君にもこの視線を向けられたのを思い出す。

 一瞬怯んでしまうけど、私は決めたんだ。

 どうしてももう一度橋本君と話したかった。

 もしかしたら最後の会話になるかもしれない。どうせ最後になるのなら、自分の想いをしっかりと伝えておきたかったからだ。


「……橋本君のお母さん、最後でいいので一度お話をさせてください」


「……はっきり申し上げます。息子を追い詰めたあなたを会わせたく――」


「私、実は過去に余命宣告を受けていました」


「っ!」


 私は、橋本君のお母さんの拒絶の言葉に割り込んで話し始めた。

 橋本君に話そうとした内容だけど、まずは彼のお母さんに納得してもらわないといけないと感じたから。


「その時私はあと半年しか生きられないと医者に言われて、絶望して生きる気力を失いました。その時偶然にyoutubeの動画で橋本君が活躍して優勝する動画を見たんです」


「……」


「私と同い年の男の子が、こんなにキラキラとした世界で輝いているのを見て、その――一目惚れをしました」


「えっ、一目惚れ?」


「はい。そして私は彼と同じ舞台に立ちたい、一緒にゲームで戦いたいと思い、その一心で病気を完治させました。そして今はプロゲーマーとしてやっていけています」


「……そう」


「だから私は、彼に感謝の言葉を伝えたいんです。あわよくば、私の気持ちも伝えたいんですが……今はいいです。とにかく何故あの時私が話し掛けたのかを知って欲しかったんです」


 私の想いよりも優先すべきは、橋本君のおかげで私は生きていられるという感謝の気持ちを伝えたい。

 それでも拒絶されるなら、一旦は退く。

 でも諦めるつもりは毛頭ない!

 諦めるという気持ちは、余命宣告されて絶望していた時に一緒に置いてきたから。


「橋本君のお母さん、一度でいいです! 私に感謝の気持ちを言わせてもらうチャンスをください!! それでも彼から帰れと言われたら帰りますから。どうか、よろしくお願いします!」


「……」


 私が深々と頭を下げると、彼のお母さんは下を向いて考え込んでしまった。

 それはそうだろう、橋本君にとって劇薬である私を会わせていいのかどうか、それを必死に判断しているところなんだから。

 すると、玄関から男性が出てきた。恐らく橋本君のお父さんだろう。


「……会わせてみよう」


「っ! あなた、千明がまた傷付くかもしれないのよ!? また自殺を図ったら――」


「でもこのままじゃダメな気がするんだ。千明にとっても、俺達家族にとっても」


「……」


「桜庭さん、だったね? 俺達も同伴する事になるけどいいかな?」


「はい! ありがとうございます!!」


 私は何とか、橋本君と話すチャンスを貰う事が出来たのだった。

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