#6 undecover-⑤


 肩を上下させて深呼吸を繰り返しているうちに、陣内は落ち着きを取り戻した。目の前の男を見た。絶命している。脈を確認せずとも明らかだ。


「――十一時十三分、ご臨終です」


 不意に声をかけられ、心臓が跳ねた。


「病院で殺生とは、医者泣かせな人だ」


 陣内は勢いよく振り返り、銃口を相手に向けた。個室の入り口に、白衣を着た男が立っている。頭は白髪のような髪の色をしているが、見た目は若い。

 その顔を見て、陣内は銃を下ろした。


「……どこにでもいるんだな、お前は」


 ジウだった。

 今日は前髪はきっちりと分けて固め、黒縁の眼鏡をかけている。神出鬼没な男だな、と思う。どうしてこんな場所にいるのか、その訳を問うと、ジウは「仕事ですよ」と答えた。仲間が抗争で銃弾を受けてしまったため、懇意にしている医師の元へ運び込んできたところらしい。

 ジウは男の死体を見下ろした。


「何者ですか?」

「さあな。それをこれから調べるところだった」

「下手を打ちましたね。殺してしまっては情報が聞き出せない」

「よく訓練された刺客だ。どっちにしろ舌噛んで死んでたさ」


 この男は、わざと挑発したのだ。陣内に自分を殺させるために。


「安い挑発に乗るなんて、らしくない」


そう言った後で、ジウは自身の言葉を否定した。


「……いや、らしいのかもしれませんね。奥さんのこととなると、あなたはいつもこうだ」


 たしかにな、と陣内は頷いた。いつも冷静さを欠いてしまう。だが、さすがにこれはやり過ぎだ。


「見てたなら止めてくれよ」

「止めたところで、撃ったでしょう」


ジウは笑う。


「まあ、次はそうします」

「次がないといいけど」


 ジウが死体の傍にしゃがみ込み、男の顔を覗き込む。黒革の手袋をはめた右手で死体に触れながら、尋ねた。


「見覚えは?」

「まったく」


 陣内は首を振った。

 ジウは携帯端末を取り出すと、男の顔を数枚写真に収めた。


「この男の身元は、こちらで調べておきましょう」

「頼む」


 それにしても、とジウが苦笑する。


「正当防衛だと言い訳するには、いささか苦しい状況ですね」


 彼は入り口に向かった。落ちていた拳銃――陣内が蹴り飛ばした銃だ――を拾い上げると、陣内に向き直った。

 その直後、発砲した。

 能力を発動させる暇もなかった。銃弾は顔を掠め、頬に傷を作った。


「いってえ」と顔を押さえていると、「これで少しはマシでしょう」

 銃を元の位置に戻し、ジウはきびすを返した。


「……撃つなら先に言ってよ」


 その背中を見送ってから、陣内は通報を入れた。警察が到着したのは、ジウが立ち去って十五分ほど後のことだった。現場検証が行われ、陣内は事情聴取を受けた。その最中に葛城が駆け付け、頬から血を流している陣内を見てぎょっとした表情を浮かべた。


「大丈夫か、陣内」

「ただの掠り傷です」


 陣内と葛城は廊下で話をした。


「何があったんだ?」


 訊かれ、陣内は男の死体を一瞥する。


「あいつが、ニコの命を狙いに」

「ニコラスは無事か」

「はい。今は別の病室に移っています」


 男の死体が担架に乗せられ、病室の外に運び出されていく。それを目で追いながら葛城が尋ねた。


「あの男、何者だ?」

「プロですよ。おそらく誰かに雇われてるんでしょう。才木を襲ったのも、あの男の仕業だと思います。俺の顔と名前も知ってました。うちのメンバーの情報が外部に漏れているのかもしれません」

「そうか」と葛城が頷く。


 面倒なことになったなと言いたげな、渋い表情だった。


「他には、なにか言っていたか?」


 ――陣内香織を殺したのは、俺だ。


 先刻の男の発言が頭を過ぎった。

 だが、妻の件は黙っておいた。余計な詮索をされては困る。


「いえ、特には」



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