月夜に輝く光の中で

ゆん

第1部

第1話 私とお兄様 ①

私には好きな人がいます。


ずっとずっと、物心ついた頃にはその人の事が好きでした。


自分でも、何故こんなにも好きなのか分からないくらい、彼の事を愛しています。

その人が私の全てであり、まるで魂の隅々にまで彼の存在が染み付いていると思える程、自分の半身のような存在の愛しい人……


でも、どれだけ私が愛していても、この愛を決して知られてはいけません。


──なぜなら、その人は私の兄だからです。


だからこそ、私はあの頃からずっと、アルフレート様を遠ざけているのです……





バルコニーに出ると、随分と暖かくなった風を感じました。

微かに見える王都の街並みの灯りを目にすると、この王国の安寧を祈るように瞼を閉じます。


「……最近、魔物の侵入が増えてるって話も聞くけど……でも、大丈夫って皆言ってる……だから……」


静かに瞳を開くと、お父様もお兄様も勤めている王城のある方角へと視線を向けました。

王国内でも有数な公爵家である我がダネシュティ家は、『光』を司り魔物の侵入を防ぐ結界を保つ魔法を行使することが出来る王族の方を、代々補佐する職についています。


「……今日は2人とも、まだ帰って来ない……アル兄様、忙しそう……」


国王陛下直属の指揮下にある近衛隊に現在所属しているお兄様の姿を、最近見ていない事に小さく息を吐きます。


近衛隊には、魔法の才にも武道にも秀でている、選び抜かれた方しか入ることが出来ません。そこに、学園を卒業すると共にすぐに抜擢されたお兄様は、ダネシュティ家の歴史を鑑みても非常に優秀なのです。その時のお父様とお母様の喜びようを思い出すと、今も胸が熱くなります。


何だか色々な想像が掻き立てられていくような春の闇の夜を見つめながら、今夜もまた愛しい人へと想いを馳せていきます──



自分がいつこんな風に想うようになったのかは、はっきりと覚えていません。

幼い時からお兄様の後をいつも追いかけてひっついていた私を彼はとてもとても可愛がってくれ、いつも抱っこしては遊んでくれたり、うんと小さい頃には多分キスをされていたような記憶が薄らとあります。


お兄様の澄み渡る青空のような瞳で柔らかく見つめられる度に。

優しく私の名前を呼んで頭を撫でてくれる度に。

そっと寄り添ってくれる温もりを感じる度に。


胸を締め付けられるような切なさと喜びで、心をいっぱいにしていました。

幼い頃から私の願いはただひとつ。


ずっとずっと、お兄様と一緒にいたい──


ただそれだけでした。


私がお兄様の名前を上手く呼べなかった時も、令嬢達との初めてのお茶会の時も、その後熱を出した時も、彼はいつもいつも私を支えてくれようとしています。

私の揺れ動く心の機微を敏感に察してくれるのが『兄』としての役割からだと今では十分理解していても、昔から魂を震わせるほどの喜びで満ち溢れていました。


私もお兄様の傍にいて支えてあげたい。ずっとそう心に想っていたし、愛しいあの人を私が幸せにする事が出来ればいいのにと、本当は渇望しています。



この想いが愛というものなんだと、子ども心ながらにぼんやりと理解するようになってきた5歳のある日、得意げに宣言をしました。

あの時の私は、ずっと一緒にいる事が出来る方法を見つけた、無知で無邪気でただただ幼い子どもでした。


「わたし、おおきくなったら、アルにぃちゃまのおよめさんになる!」

「うん、いいよ。ルゥナが大きくなったらね」

「わぁ〜い!」


にこにこと笑いながら承諾してくれたその言葉を聞いて、震えるほど喜んだのを今でもハッキリと覚えています。

幼子の戯言に付き合ってくれただけなのに、あの時承諾してくれたお兄様のとても美しい笑顔を思い出しては、苦しさと切なさで想いが溢れそうになります。


そうした無垢な子どもだった私も、自分のこの想いがおかしいものである事に、徐々に気付き始めました。

『アルフレート様が結婚される時、ルーナリア様はきっと泣いてしまいますね』と侍女に言われた時、ふと、もしかして妹と兄は結婚できないのだろうか、と疑問に思ったのです。



7歳の時に行われた令嬢方とのお茶会の時に、その答えがはっきりしました。


貴族同士の繋がりを幼い頃から作るためと、社交界へ出る前の準備も兼ね、近しい年頃の令嬢との交流を持つためのお茶会の真似事。

屋敷へ招き、初めて近しい年頃の方とお会いする私に、朝からお母様もお兄様も心配そうな眼差しを向けてくれていました。


「初めまして! ルーナリア様ってば、とっても綺麗〜」

「……ありがとう、ございます」


初めて出会ったその子は、にこにこと愛想よく挨拶をしてくれましたが、私は緊張のあまり中々上手く話せず、僅かながらにその笑顔が引きってしまいました。

暫くして同じ年頃の子どもたち同士で馴染みはじめ、お喋りも活発になり皆でワイワイと過ごす事が出来てきたそんな時です。


庭先からお兄様が颯爽と、テーブルでお茶を飲む私たちの元へと向かって来られました。

陽の光を映した透けるような金色の髪はキラキラと輝き、その美貌に皆がハッと息を呑むのが分かりました。


「初めまして皆。ルーナリアの兄のアルフレートです。今日は楽しんでね」

「わ〜!」

「かっこいい〜〜!!」


にっこりと笑顔で挨拶をしながら皆を見回した瞬間、令嬢方が色めき立ちました。

優しいお兄様が緊張を解そうと見にきてくれたのだとすぐに解ったのですが、自分の兄がこんなにも人気があるのだと知った私の心が、何故か苦しくなりました。

立ち去る後ろ姿を見送った令嬢方は、まだ何処か興奮したままの様子でした。


「ルーナリア様のお兄様って、物凄く素敵ね!」

「いいな〜あんな方がお兄様なんて……!」

「……ありがとう、ございます……」


令嬢方が次々とお兄様の事を褒め称える言葉に、嬉しいと思う反面心がどんどんと沈んでいきました。


「私、アルフレート様と結婚したいなぁ〜」


うっとりとしながら呟かれた声を耳にした瞬間、心臓がぎゅっと掴まれたように苦しくなって、居ても立ってもいられない気持ちになりました。


「……そうですね、アル兄様はとっても素敵です。………私も、結婚したいと思ってます……」


ずっとずっと、一緒にいたい。だって、私は、お兄様を愛しているから──

そんな気持ちを抑えることが出来なくなり、僅かに身体を震えさせながら皆に向かって自分の気持ちを漏らしました。


「え〜! まぁ気持ちはわかりますよ、ルーナリア様!」

「うんうん。でもね〜。妹が自分の兄と結婚だなんて、出来るわけないよね」

「まぁ、あんな素敵なお兄様がいたら、他の人と結婚出来なくなっちゃいそう!」


無邪気に皆が盛り上がっている中、周囲の音が聞こえなくなるくらい目の前が真っ暗になり、絶望の淵に立たされました。

アルフレート様とは結婚できないという事実をこの時初めて知った私は、その晩熱を出し3日間ほど寝込んだのです。



熱で朦朧とする意識の中、大きくなったらお互い別々の人と結婚してお兄様とは離れ離れになるんだと、そう自覚をしました。

ずっとずっと一緒にいたいと思っていた私の願いは、決して叶うものではない。

この事実と現実に気が付き、耐えられないほどの辛さと悲しさで、どこかに消えてなくなってしまいたくなりました。

でも、お兄様がずっと一緒にいてくれると言ってくれたので。

優しい月の光に照らされながら教えてくれた、私たちの結び付きを支えに生きていこうと思ったのです──



しかし、歳を重ねるにつれ、己の立場をはっきりと知る事になりました。

実の兄を『女』として愛しているこの気持ちが、とてもとても罪深いもので、決して赦されないものであると。そして、どうしてもこの想いを捨てる事ができない自分が、いかにおかしいのかを……

ただ、頭では理解していても、決して心は認められませんでした。


完璧な『兄』であるお兄様は変わらず『妹』を可愛がってくれていたものの、自分が禁忌を犯していると理解した私は、無邪気に好意を示す言葉を口にすることは無くなりました。


ですが、私の名を優しく呼ぶその声を聞く度に、抱きしめられてその温もりを感じる度に、魂が揺さぶられるような喜びで、心が満ち溢れるのです。

頭を優しく撫でられ、大好きな空色の瞳で見つめられると、どこか懐かしさにも似た愛おしさが全身を駆け巡り、益々お兄様に対する想いを強くしていきました。


誰にもこの想いを消すことなんてできない──そんな気持ちを持ちながらも、『女』として兄であるアルフレート様を愛しているという背徳感にさいなまれ、段々と苦しさが抑えきれなくなってきたのです。



とうとう限界を感じ始めた10歳の頃、自分の全てをさらけ出してしまう前に、お兄様に対して距離を置いて冷たく接しようと決心しました。


顔を合わせると必ず抱きしめてくれていたお兄様に、その身体を押しのけて『もうこんな事しないで』と冷たく言い放った時の酷く傷付いたあの顔を思い出すと、今でも胸がぎゅっと締め付けられて息ができなくなります。

ですが、あのまま彼の温もりを全身で感じてしまっていたら、きっとこの気持ちを伝えてしまっていました。


『妹』の私がこんな想いを抱いていると知ったら、彼は私の事を蔑むに違いない。愛する人から侮蔑の眼差しを受けるなんて想像しただけで震えるぐらい辛いもの。それなら死んだ方がいい──けれど、私が死んでしまったら優しいお兄様は酷く悲しむはず。だからといって、この思いを知られるわけにもいかない。お兄様を傷付けたくはないのに、結局冷たい仕打ちをするしかない。


──そうした葛藤を抱え込んだまま、日々を過ごしていたのです。

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