彼方なるハッピーエンド~……~

大月クマ

今年1年を振りかえって

 ああ、どうもおはようございます。こんにちは。こんばんは。

 あっ、今須います阿佐比あさひです。


 今年1年、僕の話にお付き合いくださいまして、ありがとうございます。

 思えば、異種族共学化という大人の都合で、普通の人間と同じ高校に通うことになったのですが……

 吸血族の僕は朝が弱く、4月には寝坊して勘違いした魔女を盗み撮り。その時、スカートの下を盗撮したと、不可抗力を非難される事に――


 5月には、人狼族の少女鵜沼さんに夢の中とはいえ、耳を食いちぎられ、その後、命を狙われる羽目に――


 7月には訳もわからず、山に連れ込まれ、化け物退治。


 お盆には、人の魂だの地主神だのを見せられることに――


 9月は出雲まで引きずり出されて、掃除をさせられるは――


 秋にはカラオケ大会で……あれ? 何かあったけ――


 先月は、吹雪の中、人狼族の鵜沼さんにチョコを渡されたけれど、そのままぶっ倒れ――


 ともかく散々な目に遭いました。

 それもこれも魔女、落合おちあい一夜いちや先輩の所為だ。

 1年以上、ズルズルとスカートの盗撮疑惑を引きずられて……おっと、失礼。話が進みませんね。

 ただ、この3月になって先輩の魔女の力が、どうしても必要になったのです。


「アサヒ、アサヒ。ねぇってば!」


 加納かのう青葉あおば。『千里眼せんりがん』を使えるウチのクラスの女子が、僕の前にほぼずっといます。というか、千里眼で何でも見ているのかもしれません。今は死んだ魚のような目をしていますが――


 ――何で紅葉くれはさんではないのか!


 彼女の双子の妹、加納紅葉くれはさんは読者モデルをやっている程の美人。で、同じ双子でも、美少女……とはいえるが、行動が怪しい青葉。一眼レフカメラをぶら下げて、何かないか学校内を走り回っている彼女が、このところ僕の目の前に居ます。しかも、写真を撮りまくって――


 ――ホント恥ずかしい……


 原因は、先月に人狼族の鵜沼さんの差し出したチョコだ。

 何故、彼女が僕にくれたのか見当も付かないのですが、ともかく受け取った僕は校舎まで行った記憶はある。そこで倒れてしまった。

 吹雪の中で冷え切った体が、急に校舎の暖かい中に入った所為で、貧血を起こしたのか――よくは解りませんが、それを見つけたのが、事もあろうに加納青葉だった。

 僕の手から青葉の手へチョコが渡った瞬間。

 青葉で、紅葉が自分の『順風耳じゅんぷうじ』でキャッチして、すぐに人を呼んで僕を運んでくれたのです。

 ただ、チョコは青葉の手元の中。

 そのまま僕に返しそびれて、自宅に持って帰り、何故か食べてしまった。


 鵜沼さんのチョコは、一夜先輩の封印のリボンが巻かれていました。だから、チョコに何か入っていると思っていたのですが……案の定、いけないお薬が入っていたようです。


 ようは惚れ薬。


 AからBが受け取ると、BはAに恋をする。そのAは僕で、Bが青葉。

 簡単なこと。術が自然消滅しないように、一夜先輩のリボンで封印。チョコは誰が作ったのか――鵜沼さんであることは、あり得ない――その人物は、惚れ薬の強力になっていたようです。

 一夜先輩、曰く、


「普通だったら、、程度だけど」


 と、いうことですが、目の前の加納青葉の行動は、「恋してくれたらいいな」なんて、生やさしいレベルではないです。

 一方的すぎる――いや、美少女だからといっても許されることと、許されないこともあるでしょう。ほぼ彼女の行動はストーカー。千里眼を悪用しまくり、僕の居る場所はどこにでもいる。視界の中には必ず彼女が――


「耐えられません!」

「いいじゃない。曲がりなりにも彼女が出来てさ!」


 と、一夜先輩は僕をからかったのですが……何故か、半日もしない間にからかうのを止めてしまいました。

 放課後、理化学準備室に顔を出す――青葉も付いてきた――と、


「今須くん。よく聞いて――」


 珍しく、一夜先輩は真剣な顔をする。隣で僕の腕に絡みついている青葉を見ないようにして……

 それより、青葉は着痩せするタイプなのかな?


「この惚れ薬。解くことは……できない」

「はいはい、そういう冗談は――」

「……」

「ホントなんですか?」


 黙って、うなずいた。

 マジか……いや、別に青葉がちょっと変わっているこというだけで、紅葉さんに負けないプロポーションの持ち主だ。胸も――ゴフォン。それはさておき……


「一夜さん、青葉はこのままなんですか!?」

「出たな紅葉シスコン!」


 いつの間にか、紅葉さんがそこにいた。

 恐らく、順風耳で聞きつけたのであろう。それに青葉がベッタリすぎるのが気に入らないのだろう。


 ――自分を見ていた目が、僕に向けられているのに嫉妬しているのか?


「あっ、それはないです!」


 えっ、あっ……紅葉さんに心を読まれたようだ。

 しかし、きっぱりと言われるのも、心に響く。


「それよりも、どうしたらいいんですか? 解毒は出来ないんですよね」

桃子後輩頓知気とんちきが作ったことまで掴んだんだけど……元の状態に戻すようなものじゃないのよ。惚れ薬っていうのは。性格を曲げるというか、人格を曲げるような……」

「そんな……では、姉はこのままなんですか?」


 ――一瞬、紅葉さんが僕を見たような? 僕が義兄になるのは不満なのか?


「いくら何でも、そこまでは考えすぎです!」

「――すみません……」


 ともかく、一夜先輩はいつものガラクタ入れリュックサックをあさりはじめた。

 いつも思うが、整理しようよ。教科書とかも詰め込んでいるようだし、なんでドリンクのボトルも出てくる。弁当箱だって――

 そうこうしていると、栄養ドリンクの瓶が出てきた。有名どころの茶色のガラス瓶だが、開封済みだ。何かと空き瓶を利用する癖がある。薬を作った時だって、適当にペットボトルの空に入れていたぐらいだ。今回も例によって、何かの薬が入っている様子。


 ――混乱しないのかな?


「人格を上書きするしかないわ。今までの、自分の行動に強い反発を与えて、上書きするの」

「一夜さん、そればどうするのですか?」

「こっちの青葉シスコンの羞恥心を……って、逃げるな! 捕まえて!!」


 青葉は何か見えたのか、突然、部屋から飛び出そうした。僕の腕を掴んだまま――


「何しているの!」

「いや、青葉彼女が引っ張るから――」

「いい加減、腕を絡ませているのを離れろッ!」


 僕らの間に割り込んで、一夜先輩は青葉を引き剥がした。


「紅葉! 今よ、羽交い締めにしてッ!」

「はいッ!」


 羽交い締めにされる青葉。そして、一夜先輩が彼女の口を掴み、大きく開けた。

 そして、例の栄養ドリンクの瓶を渡してくる。


「今須くん。今よ!」

「今? えっ!?」

「あなたが飲ませないと、成立しないのよ」


 術か……と、少し間を置いて理解した。AからBが受け取ると、というものだ。だが、いざ青葉の口に中の液体を入れようとしたときに、躊躇してしまった。


 ――紅葉さんに振り向いて貰えなさそうなら、青葉でも……


 一瞬、そんなことを頭の中をよぎった。が、目の前のふたり……一夜先輩と紅葉さんの冷たい目で現実に戻された。

 青葉の目は……見ないでおこう。


「えいッ!」

「ウガッ! ゴフェゴフェ……」


 薬を流し込んだが、気管に入り込んだのか、青葉をむせて倒れ込んでしまった。

 そして、しばらく動かなくなった。

 床にへたり込む彼女を見ていると、


「青葉……さん?」


 堪らず僕は声をかけた。すると彼女の首だけがゆっくりと、僕を見る。

 焦点が僕に合うと、青白かった青葉の顔が真っ赤になってきた。


「――ヒッ! いやぁ~!!」


 飛び上がると、青葉は走って逃げていってしまった。しかも、僕をまるで化け物のように。今までのデレデレ感なんて全くなくなっている。


「紅葉、よく聞いて……」

「一夜さん、効いたんですか?」

「効き過ぎかも――」

「青葉は、あれでも繊細なんですから!」


 と、紅葉さんは姉を追いかけて、部屋を出て行った。


「さあこれで、お邪魔虫はいなくなったと……」

「青葉に飲ませた薬、大丈夫なんですか? 先輩――」

「大丈夫も何も、羞恥心をちょっと付けただけで、この数日――チョコを食べてあなたを好きになった。イチャイチャしていたのを現実を実感したんでしょ。

 簡単に言うと、『自分のキャラじゃない』とか――」

「とか――ですか?」

「人って、体面を気にするところがあるでしょ? そこをしばらく強化したわけ」

「しばらくって、そのうち切れるんですよねぇ」

「その間に、あなたへの恋心が消えることを祈るしかないわ」


 体面を気にするとなれば、今までの青葉の奇行が落ちつくのではないか。

 そうなれば、先程、頭をよぎったことのチャンスになるかもしれない――などと、思ったが時限付きのようだ。


 ※※※



 その後の青葉の行動といえば……どういったらいいのだろうか?

 簡単に言えば『ストーカー』であるかもしれない。

 意識されているようで、されていないなようで。気が付けば視界にいる。だが、目を合わせると逃げていく。これをストーカーという言葉が合っているのだろうか?


 紅葉さんはあの件以来、避けられているような――


 あの後、鵜沼さんの行動はたいして変わっていない。隙あらば、喰われるのじゃないか、鋭い視線を浴びせてくる。


 この1年、女子の友達は増えたかもしれないが……ハッピーエンドにはほど遠いかも――



〈了〉

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