2.
帰宅すると、迎えてくれたのは兄妹と親戚一同だった。
「おかえり、エレミア。体調が悪いって大丈夫かい?御者から通信が来て心配したよ」
「もっと気を付けておくべきだったわ。お義父様とお義母様が外交に行ってらっしゃる間は、わたくしが母親代わりなのに。歩けるかしら?男手はたくさんあるから、遠慮しないで抱えてもらいなさい」
長兄ダニエルとその妻である帝国の第一皇女ノーマの心配の声に眉尻を下げて申し訳なさを示すと、妹リリーが抱き着いて来る。
「お姉さま、大丈夫?」
不安そうに見上げて来るので、安心させる為に微笑みながら頭を撫でた。
「ただいま戻りました。ごめんなさい、実は体調不良というのは嘘で…王太子妃教育をサボってしまいました」
「まぁ」
叱られるかと一瞬思ったが、皆は安堵したように息をついた。
「何だ、それなら良かった。いいよ、どうせ王太子妃教育なんてもう終わってるんだから。王妃のくだらない話に付き合わされるだけの時間なんて、無駄すぎるから正解」
兄の言葉はどう考えても不敬であるが、周囲の誰も気にしていない。
「今までエレミアちゃん、真面目過ぎたのよ。もっと息抜きしてちょうだい。さぁ、元気なら着替えてお茶にしましょう。魔導王国ガルシアから魔道具の試作品が届いているのよ。一緒に見ましょ」
「はい、ぜひ!」
「おかえり、エレミア」
次々に声をかけてくれるのは各国にいる親戚達。揃いも揃って全員美形の男達だった。
「ただいま、皆。着替えて来るわね」
「応接室で待ってるよ」
我が家は付き合いがとても広く、周辺諸国全てに及ぶ。
生まれながらにこの国の王太子との婚約が決まっていなければ、学園卒業後は国外に出て仕事をしながら恋愛をしたり、縁があれば結婚をしたりと、自由な生き方ができるはずだった。
妹はそうなるし、次兄レヴィはすでにメリル聖王国で生活をしていた。
長兄は家を継がねばならない為我が家で生活しているが、それでもこの国に縛られることはない。
デューク家は外交官として各国を飛び回り、そして基本的には他国から妻を娶る。
熱烈に愛する相手が国内に見つかればその限りではないが、我が家には政略結婚と呼ぶべき婚姻は、四代ごとに結ばれる王家との婚姻以外は存在しない。
皆恋愛をして相手を見つけ、結婚するのである。
貴族の政略結婚はどの国にも存在するが、我が家は公爵家であった。付き合いのある家とその周辺となれば必然的に王家に近い家となる。出会いもまたその周辺となる為、恋愛対象もその辺になるのがほとんどだ。婚姻相手は名だたる名家や王家が多くなってしまうが、それは仕方のないことだ。
たまたま自分が政略結婚しなければならない四代目に当たってしまい、王太子との婚姻は決定事項となっていた。
我が国は三方を峻厳な山に囲まれ、南に大河を望む小国である。
外交と貿易を一手に担う我がデューク家がいなければ、とうの昔に衰退していてもおかしくなかった。
本来ならば王家は我が公爵家を何よりも大切に扱わなければならないのだ。
学園での王太子のあの発言。
教育を間違っている。
許し難い。
部屋に入り、メイドに手伝ってもらって着替える。
固く後ろで三つ編みにした髪を解けば、腰までのプラチナブロンドが明かりを受けて煌めいた。
太い黒縁の伊達眼鏡を外し、虹色の瞳を隠すほどに伸びた前髪をサイドに分ければ視界が良好になりほっと息をつく。
胸を隠す為に着ているサイズの大きな制服を脱ぎ、シンプルなドレスを纏えば豊かな胸に引き締まったウェスト、細い足が強調される。
エレミア・デュークは絶世の美少女だった。
あと数年もすれば絶世の美女になるであろう。
にもかかわらず、自信が持てずにいたのは優秀で美しすぎる家族や親戚一同に囲まれていることと、一切こちらを顧みることもない我が国の王家の面々のせいだった。
簡単に髪を整えてもらい、軽く化粧を整える。
鏡を見て、一つ頷いた。
「ありがとう」
「お嬢様。大変お美しゅうございます」
応接室へと向かえば、ガルシア国から来た従兄弟マークがソファに腰かけ、ローテーブルにいくつか魔道具を並べて待っていた。
少し離れた所に置かれた背の高いテーブルにもいくつか魔道具が置いてあり、長兄夫妻と妹と、商業国家ファーガスから来た親戚、リオン・ファーガスが魔道具を前に話をしている。
ドイル皇国から来た親戚ハリーは窓際で一人離れ、魔道具を起動させては消してを繰り返していた。
「お待たせしました」
部屋に入れば皆が微笑んで迎えてくれ、商業国家の次期元首であるリオンが真っ先にエスコートの為に近づいて来る。
「お手をどうぞ、エレミア」
「ありがとう、リオン兄様」
今年二十六になる男は黒髪金瞳、上背があり、筋肉もあり、容貌はずば抜けて美しい。十代の頃は中性的で輝くような美貌から「女神」と呼ばれていたらしいが、成人してからはそこに男らしい雄々しさが加わって、その魅力的な姿を見た者は男女問わず一瞬で虜になるのだそうだ。
現在の二つ名は「魔性」らしい。
残念ながら我が家と関係する親戚には、「虜になる」という感覚はわからないのだが、他人に向けてフェロモンのようなものを垂れ流しているらしかった。
結婚して欲しい、という熱烈なアプローチを方々から受けつつも、未だに特定の誰かと付き合っているという話は聞かない。
だが派手に遊んでおり、一夜のお相手には事欠かず、修羅場はあちこちで見受けられるという話であった。
余所でやってくれる分には好きにすればいいと思う。
建国三百年程の商業国家は合議制であり、元首を中心に議会が権力を持つ。
元首一族が議会の過半数を握っている為実質独裁政治なのだが、政治判断と商機を間違えたことはなく、建国よりずっと国家は繁栄し続けていた。
叔父の一人が元首一族の令嬢の元へと婿入りしているだけでなく、建国以前から血縁関係はあるのでとても親しいのだった。
「エレミア、ここに座って。説明するから試してみて欲しいんだ」
「ええ」
ソファに腰掛け笑顔を向けてくれる従兄弟は今年二十歳になり、ガルシア国女王の息子である。ちなみにエレミアの母は、女王の妹であった。
魔導王国ガルシアは女系であり、息子は王にはなれないのだが、魔道具開発部門の次期トップになる予定である。
本人も開発に関わっており、非常に優秀でいくつもの魔道具を発明していた。
女王の直系は、女性は黒髪黒瞳、男性は銀髪碧瞳と決まっている。初代女王とその王配の色を継いでいるのだ。
従兄弟は線の細い、美女とみまごう美青年である。だが背は高く、体格もしっかりしており弱々しい印象はない。運動は苦手だが、勉強特に魔導技術に関しては右に出る者はいないという。
恋より研究に熱心であり、こちらも決まった相手はまだいないという話だった。
婚約希望者が殺到しているという話だが、全て断っているらしい。
エレミアはマークの向かいに腰掛け、リオンは一人掛けソファに座った。
「一つは個人用の転移装置。指輪型。いずれは普通の転移装置のように場所を指定して飛べるようにしたいんだけど、とりあえず今はペアリングした指輪の元にだけ飛べるようになってる」
「身の危険を感じるような場面では十分優秀じゃない?」
指輪を受け取りながら褒めれば、マークは嬉しそうに微笑んだ。
「うん、そうなんだけどね。でも紐づけが魔力対象になっていて」
「魔力、というと?」
「うーん例えば小さな子供だったら、親の魔力を登録しておけば、迷子になったり誘拐されたりしたら親元へ転移することが出来る。逆に、親が子の元へ転移することも可能。…転移は自身の魔力を消費するんだけどね」
「なるほど、お互いに登録した個人の元へ飛ぶってことなのね」
「そうなんだ。本当はさ、自室にマーキングしておいて、どこにいても自室に帰れる、というように、場所を起点にしたいんだけどまだね…」
「個人だと確かに、仕事中だったり入浴中だったりすると大変なことになるわね…」
「でしょ。お取込み中だとトラブルの元だし。まぁ都合が悪い時には指輪を外してもらえばいいんだけど。片方が外していたら転移できないから」
「試してみてもいい?」
「もちろん」
妹リリーを呼び、互いに指輪を嵌めて魔力を登録してみる。
部屋の端と端に立ち、期待に目を輝かせる妹に微笑んで見せて、「転移してみるわね」と言って起動させる。
「わぁ、すごい!!」
一瞬後には、妹の目の前まで移動していた。
抱き着いてくる妹の頭を撫でながら、すごいと褒めれば皆も「おお」と感嘆していた。
再び離れ、今度は妹に転移してもらう。
瞬きする間に目の前に移動していて、感動した。
「素晴らしいわね!」
「…でも、結構魔力を消費しちゃった。一日に何度も転移すると疲れそう」
リリーの言葉に、マークも頷く。
「そこもまだまだ課題なんだ。君でそれだと、普通の人だと一日一回転移するのが限界かな」
「お姉さまはどう?」
「わたくしは全然平気」
「君は魔力量が桁違いだからな~」
「魔力量くらいしか自慢できることはないんだけれどね」
「何言ってるの。素晴らしい才能だよ」
「ありがとう。この転移装置、今のままでも悪くはないと思うわ。一日一回転移出来るだけでも十分だと思うし。あとは登録先だけかしら」
「そうだねぇ」
「今でも十分売れそうだがな」
リオンに指輪を手渡せば、興味深そうに眺めていた。
「そうかな?でも限定的じゃないかい?」
「そこは売り方次第だろう。恋人、家族、愛人…開発資金くらいは余裕で回収できると思うが。そうだな、少し任せてみないか。数は用意できるか?」
「それはありがたい。数はそうだね、少し時間をもらえれば」
「ではさっそく契約内容を詰めるとしよう。エレミア、他の魔道具も試してみてくれ」
「ええ」
その場で商談を始めた二人を邪魔するつもりもなく、ソファから立ち上がって長兄夫妻と皇国の皇太子ハリーの元へと歩いて行く。三人はテラスに出て、魔道具をあれこれと試しているようだった。
「エレミア、そっちはもういいの?」
こちらに気づいたダニエルの問いに、笑みを返す。
リリーはハリーが試しているスコップに興味津々のようで、駆け寄り渡されたそれをさっそく地面に刺して土を掘り返していた。
「向こうで契約の話を始めちゃったから、席を外した方がいいかと思って」
「早いな。さすが次期元首は商機を逃さないね」
「ふふ、ファーガスが大元締めみたいなものだものね。商品を仕入れるのも、リオン兄様の所を通すのが早くて確実だわ」
ダニエルとエレミアの話を義姉ノーマは微笑みながら聞いている。帝国の姫である彼女は第一皇女であり、男として生まれていれば次期皇帝は彼女であったろうと父親である皇帝をして言わしめた人物だった。
才媛であり、気の強い女性であるが長兄ダニエルに一目惚れし、押しに押して嫁入りをした。公爵家の女主人としても文句なく、これからの公爵家も安泰であろうと思われる。すでに二児がおり、二人とも男の子だ。三歳になる長男は昼寝中であり、生まれて五ヶ月の次男も共に乳母と別室にいた。
「もう契約の話をしているのか?」
リリーを見守りながら顔を上げたハリーに苦笑を返す。
「他の魔道具も試してくれって言われたわ」
「今回の試作品はどれもなかなか面白いぞ」
「そうなんだ」
ドイル皇国の皇太子ハリーは今年十六歳。褐色の肌に黒髪紫瞳、十六にして精悍な顔立ち。大陸南方に位置する砂漠地帯にある国で、厳しい気候にも耐え抜く為か鍛え上げた肉体は立派で、身長も高い。涼しげな目元には色気があり、流し目一つで女性が黄色い悲鳴を上げるのだとか。
リオン程ではないものの、後腐れのない女性とは遊んでいるという噂をちらほら聞く。皇王は後宮を持ち、皇妃の他に多くの寵妃がいることで有名だ。
今の所ハリーは後宮を持っていないが、十八で成人と同時に後宮を持つという話であった。
もう一人の叔父が皇王の妹へ婿入りしており、ここは一夫一妻で仲睦まじい。
妹が試しているスコップは、岩盤をプリンのように掘削できる魔道具のようだった。
今回は試しやすいようスコップにしたようだが、鉱山や建設現場等、工事に使えるシャベル等の重機として売りたいようだ。
空を飛べるブーツはハリーが実演して見せたが、魔力消費量が膨大であること、常に直立姿勢でなければならないことから、まだまだ改善の余地がありそうだった。
他には、録画した映像を映写機のように壁に大きく映し出せる魔道具など、まるで発明道具のような数々に感動した。録画や録音ができる魔道具自体はすでに存在していたが、映像化できるのは魔道具の大きさと同等の範囲でしかなかった。それが大きく映し出せるということは、映画館ができるかもしれない、という期待に繋がる。
劇場で劇を観に行くことはあっても、映画はなかった。
新たな文化の芽吹きを感じ、それを言えば皆の目の色が変わった。
今後が楽しみである。
だが最も気になったのは、録画と録音が同時にできるピアスだった。
ついに魔道具の超小型化に成功したらしい。
ああ、これは証拠固めにちょうどいい。
口元がにやけそうになるのを我慢しながら、ピアスを手に取り従兄弟マークへと歩み寄る。
「この機能、眼鏡に組み込むことは可能かしら?」
「もちろん可能だよ。そのピアスより小さい物には無理だけどね」
悪戯っぽく微笑む従兄弟の美しい顔に微笑みを返し、メイドに部屋から持ってきてもらった眼鏡を手渡した。黒縁部分を指さし、ここに組み込んで欲しいと頼む。
「思い出作りに」
と言えば誰も深く追求しなかったが、悲しげに眉を顰められてしまったのが心苦しい所である。
エレミア自身もそうだが、家族や親戚一同、誰も王家に嫁ぐことを歓迎していないのだった。
決まりだから、仕方がない。
そんな消極的な諦めと、エレミアに対する憐憫が見て取れる。
家族や親戚一同は、仲が良い。
愛してくれる婚約者に嫁ぐならともかく、相手がアレでは。
贈り物の一つもなく、誕生日の祝いもない。
我が家に来ることもなければ、気遣うこともない。
舞踏会があっても我が家に迎えに来ることはなく、会場の控え室で出会ってエスコートはおざなりだ。
ファーストダンスは仏頂面で、挨拶に婚約者を連れ歩くこともない。
家族に見える範囲だけでもあの婚約者は色々とやらかしており、しかも王家からの謝罪もない。
王家と我が家は同格である。
建国時から、そうであると決まっているのだ。
にもかかわらずこの仕打ち。
誰があの王太子に好意的でいられるものか。
あの王家を敬えるものか。
それでも、決まりだから嫁がねばならない。
愛がなくとも、大切に扱ってくれるのならば大人しく王家に嫁いでも良かった。
愛もなく配慮もなく、それどころか婚約破棄を目論む相手と幸せになれるはずがない。
例え生まれる前から決められている婚約であろうとも。
新生エレミアは大人しくやられやしない。
反撃してやるから、覚えていろ。
その後試作品の感想を述べたり改善点を話したりしているうちに夕食の時間になり、親戚達は食事をしてから各国へと帰って行った。
各国へは転移装置で繋がっている為、行き来は一瞬である。
その為少しでも時間が出来ると、ご近所さんに遊びに行く感覚で、互いに行き来していた。
親戚同士の仲はとても良好であり、すでに一族のようであり家族のようでもある。
我が家は基本的に嫡男家族しか家には残らず、他の兄弟姉妹は他国へと婿や嫁として出て行く決まりとなっていた。
十歳までは実家で英才教育を施され、十歳になると親について各国を回る。
どの国にも親戚がいるので宿泊先に困ることはなく、転移装置もあるので帰宅も容易で、仕事もスムーズであり、子供達は各国の歴史や文化を学ぶ。
十六になる歳に国へと戻り、貴族学院に入学して卒業する。これは我が国の貴族としての義務であり、避けては通れない為仕方がない。
卒業後は適性を見て自らの望む仕事や勉強が出来る国へと行き、親戚一同にバックアップを受けながら生きて行くことになる。
我が家出身の者に無能は存在しない。
誰も彼もが飛びぬけた頭脳を持ち、才能を持ち、そして美貌を持っていた。
幼い頃からの英才教育、代々各国の王家や上位貴族と繋がって来た為に、血は洗練され美形しか生まれなくともおかしくはない。
おまけに外交の場、商談の場にも子供であっても容赦なく引きずり出され、一人の人間として意見を求められる。
視野は広くなり、思考もまた洗練されていくのは当然だった。
優秀な者の周囲には優秀な者が集まる。
親戚一同、皆優秀なのだった。
小国である我が国の外交と貿易を担っているのは我が家である為、定期的に王家にその血を入れることで、国としての体裁を保っているのだった。
残念なことに四代前のご先祖様は、王家に嫁いで早々に病死されたという話であった。子はなく、子爵家から令嬢を後添えとして迎え、生まれた王子が王位を継いだ。
故に血は薄まっており、エレミアの血を入れることが必須とされているのだが、あの馬鹿王太子は婚約破棄をすると宣っているのだった。
それは構わない。
元々愛も情もない。
構わないが、こちらの有責とされることは避けたかった。
家族には証拠がある程度揃ってから話をしようと思っている。
何しろ建国の頃から四代ごとに王家と婚姻するのは義務づけられているのだ。
それを覆すというのなら、説得する為の材料が必要だ。
眼鏡への細工は、すぐにしてくれるということだった。
持つべきは天才の親戚だった。
生まれ変わったようなすっきりとした気持ちで自室へ戻り、ベッドに入って一日を終えた。
その夜、不思議な夢を見たのだった。
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