31年前のあなたへ

PROJECT:DATE 公式

3/31


片手を気怠げにあげる。

指には何とも皮膚に悪そうな

金属の目の細かい鎖、

その先に1つ小さな飾り。

私の好みではない見た目だが

ずっと見ていたものだからか

最早愛着が湧くまである。


奇妙なブレスレットのようなもの。

ピンクでハートを象った紙の上に

四つ葉のクローバーが乗せてあり、

それ全体を透明な液体でコーティングして

固めたような飾りである。

爪ほどの小さい飾り。


私「センスのかけらも感じないなぁ。」


ぽつり。

何もない部屋だからか木霊が聞こえそう。

物や資料で溢れかえっている研修室とは大違いだ。

反して私の部屋は広い部屋に似つかわしくない

大変質素な机と椅子にこじんまりとした布団、

そして今ではほぼ見なくなった小さな木の箪笥。


ちり。

鎖が鳴いた。


私「損傷が酷かったのは何とか直すことができてよかった。まあレジンを溶かして中身を取り再度固めただけなんだけど。」


がたがた。

部屋の隣で音がしている。

きっと彼女が起きでもしたんだろう。

この日常に長く居候している為

様々な事態には慣れてしまっていた。

日々が退屈で変わりがない。

視線すら向けず未だ無機物と目を合わせる。

私の最大の変化のあった時軸は

もうとっくの昔に過ぎ去ったのだ。

けれど、最大の変化は過ぎ去ろうと

変わり続けるものは常にある。

私は今その佳境に立っている。

今日からあなたの明日を変える。

あなたの未来が変わる。

有彩色で塗れてゆくのだ。


ずっと片肘を立てたままだったためか

肘がびりびりと痛み始めてしまった。

人間は脆い。

面倒な体だととことん思う。


「先生。」


私の部屋とカーテンで仕切られたもうひと部屋。

そこから覇気のない声が耳を掠める。

目をやると髪をぼさぼさにした

ひとりのか弱そうな女の子が立っていた。

女の子とはいえど見た目は高校生ほどだ。

目を擦る動作をしていたため

先程まで少し休憩をしていただろうと

予想するのは容易いことだった。


不意に密着していた机から体を離したもので、

痺れていた肘へ一気に血が廻る。

轟々と私の熱が一気に音を立てる。


私「どうしたの、一叶。」


一叶「充電が出来ないの。これ、壊れてる?」


いちか、と呼ぶ彼女は声に感情がない。

それどころか顔にも感情はでない。

彼女は自身の腰あたりからプラグを見せて

こちらに訴えかけていた。

コンセントと世間一般では呼ばれるものを

手に持っているわけではない。

手にプラグの端を緩く握って、

その末端は腰に直接接続されている。

体からはところどころからコードが垂れている。

これだって日常に成れ果てた。


私「ちょっと見せてごらん。」


彼女が怖がらないよう優しく話しかける。

これは私の友人が教えてくれた仕草だ。

相手がたとえアンドロイドだろうと

私はその姿勢を崩さなかった。

崩したくなかった。


一叶のプラグの状態を見やる。

どうやら接続の一部が外れてしまったらしい。

喋る、動くは可能になったが

動くと部品は擦れ、

人間の感情は未だ学習しかねている。

今はその場に立つだけで充電できるものもあるが、

昔の世代だとコンセントを使う以外

なかなか充電の方式としては

目にしなかった記憶がある。

しかし複雑な構造に接続したせいか

不具合だらけだ。

これも数年後に向け改良していかなくちゃ。


私「うーん、また後で裏から部品を持ってくるよ。それまで少し待っててくれる?」


一叶「うん、わかったよ先生。」


とたとた。

廊下で足音がする。

走っていない、ただ単調な足音。

不意に思い出が過ぎってしまう。



°°°°°


私は確か研究室の方に居たんだったか。

たたたと軽い音がこの部屋へと向かっている。

走っている音が耳に届く。

この施設では重要な実験器具等あるから

走らないで欲しいとあれほど言いつけたのに

さらさら守る気はない様子だった。

ああ、きっとあの子だろう。

想像するには容易かった。

そう考えるうちに、既に扉は開いていた。


「ちょっと、あんたこれどういう事よ!?」


彼女も一叶と同じくらいの年齢に見える子だ。

実際大学生か高校生くらいの年齢。

ちらと横目で確認する。

髪を下の方でゆるくまとめている彼女は

からになった見覚えのある袋を

ん、と前に突き出しながら言っていた。

確かラムネが入っていたんだっけ。

さぁっと背筋が冷えていく。

彼女は自分のお菓子を取られると

何故そこまで?というほどに怒り散らす。

いくら彼女のものだと知らなかったと言っても

許してはもらえないだろう。

本当に知らなかったんだけれど。


でも気付かぬふり。

また視線は下に戻した。

作業を続けてればいつか諦めるだろう。

…と、甘く考えていた。


私「どうしたの、真帆路。」


真帆路「どーしたの?じゃないの。あたしのお菓子、食べたでしょう。」


ああこれは相当なお怒りだ。

口調がいつもに増して怒りと憎悪で塗れている。

そして冷ややかだ。

これほど怖いものがあるだろうか?

実験器具を片付けてからにしようと

したばかり見ていると唐突に

肩に手を当てられた。

こればかりは一度対応するしかない。


真帆路「なに無視してんの。」


私「いやー、違うよ。片付けてから話そうとしただけで」


真帆路「それを無視っていうのよ。」


私「あー、ごめんごめん。」


真帆路「それよりこれ、見覚えない?」


再度空になった袋を突き出す。

彼女は怒ってるからだろう、

袋は顔面をぐしゃぐしゃにされるほど

強く握られていた。

とても虚しい姿。

まあ、彼女は依然として

怒りの収まるところを知らない様子。


私「たはは、何のことかな。」


真帆路「あたしのお菓子を間違って食べる人はあんた以外いないの!」


私「そんなことないかもよ?他の従業員だってするかもしれない。」


真帆路「そんなことしないわ。あんただけ。」


どこにそんな確証があるのだろうか。

視野がある意味狭い。

しかし、今まで何十回と

このような事件があった中全て犯人は私だった。

名前を書いていない方が悪いといいたいが

言ったら怒られるだろう。

食べ物を取ってしまうという

友人の癖がうつったかのようで。

しかし、研究に没頭しながらだと

何か手元にあるものを確認もせず

食べてしまうのは仕方ないだろうと

言い訳する自分がいた。


私「一叶、私じゃないよねー?」


作っている途中のアンドロイドに話しかける。

その時の真帆路の様子に

もっと目を向ければよかった。

それに気付かず私は一叶を作り続けていたっけ。


一叶「先生、ラムネ食べてたよ。」


機械の音声丸出しで答える。

嘘を吐いてはくれなかった。

その刹那、真帆路の目が鋭く光る。

やめてくれ、こっちを見ないで。


真帆路「ほらねやっぱり。もう知らない!実験だって手伝ってあげないから。」


私「待って待って!分かった、今度おんなじの買ってくるから。」


真帆路「あれ、限定商品だったの。また九州まで行くなんてごめんよ。」


私「九州まで行って買っ」


真帆路「もー知らないってば!」


頭から湯気が見えてきそうなほど

怒りを露わにしてまた扉の向こうへ姿を消した。

私の言葉を遮ってまで。

相当怒らせたのだ。

手櫛でふしゅうと髪の毛を漉く。

私が困った時にしてしまう仕草だ。

友達に指摘をされて気づいた私の癖だった。


一叶「先生、大変そう。」


動けず寝そべる一叶が放ったのは

単調な労いの言葉。

それでも昔に比べたら多少は

人間に近づいたもんだ。


私「うん、ありがと。」


それ以降、その真帆路との会話はなかった。

それを今、無意味に思い出してしまった。



°°°°°



あの真帆路にはなかなか

構ってあげれなかったのもあり、

産まれて以後愛情を注ぐことは

ほぼしてこなかった。

私は母親ではないが、まぁ似た類。

真帆路には悪いことをしたし

この後もすることとなるだろう。

真帆路よりかは一叶に時間を割いているのを

真帆路自身も気づいているんだよね。


一叶「どうしたの、先生。」


私「ん?あぁ、昔のこと思い出してて。」


一叶「ボクが覚えていること?」


私「いいや、まだ記憶装置の接続をしていない頃だね。」


一叶「ふうん。」


私「昔ね、真帆路のことを怒らせたんだ。物凄くね。…あぁ、今いる真帆路じゃない方ね。」


一叶は相槌も返事も何もせず

聞いてるかわからないまま突っ立っていた。


私「私には真帆路が何を思っていたのか最初から最後まで分からなかったや。ずっと一線引かれたままだったな。」


一叶「ボクはデータからしてそうは思えないけど。」


私「データは見れても心はアンドロイドにだって見えないよ。推測はできたとしてもね。」


そう。

人間からだってアンドロイドからだって

心は見えないものだった。

そもそも、心はどこにあるのと問われれば

脳と答えるか心臓と答えるか、

将又別の部位や箇所を答えるか。

そんな話が過った。

過っただけ。

意味のない戯言だ。


一叶「そういえば、今いるもう1人の真帆路は元気なの?」


側から聞いたら気味の悪い、

または意味のわからない言葉に聞こえる筈。

私たちからすればこれも日常の一部。

変わらない日々の欠片。


私「一昨日の段階でほぼ異常なし。完全回復といっても差し支えないかな。」


一叶「1年半経って漸くだね。」


私「うん。このまま安定してくれればとても嬉しいね。でも、それもあと半年と少し。」


一叶「そっか。」


そこで一叶の首についていた

天使の輪っかのような部品が

ちかちかと黄色と赤で彩られる。

ぴぴっと高い周波が耳に届く。

それは一叶にも勿論知覚され、

一叶は首筋に手を当てていた。


私「一叶、少し休んでおいで。後で充電のところ見てあげるからね。」


もう充電がない証拠だった。

先に真帆路を見に行くか一叶を直すか。

またメモをしておかないと忘れてしまいそう。

自重気味に薄らと笑む自分がいた。


一叶「うん。わかったよ先生。」


また単調な返事をしつつ元の部屋に戻って行く。

この子だって今後あなたへ送るもののひとつ。

再度思案に耽ろうとしたところだった。


一叶「先生。」


私「ん、どうしたの?」


一叶はくるりとこちらを見ずに

背を向けたまま落ち着きを含む声を飛ばす。


一叶「先生は幸せ?」


私「…?……あっはは。」


ひと間、そして乾いた笑い声。

何とも単純な問い。

それと同時に最も重要な問い。

私はあの一年以来答えは決まっている。

決まってしまって変動しないのだ。


私「私はもう幸せにはなれないよ。」


一叶「…。」


私「私は既に幸せだから。だからもう幸せにはなれない。」


これも私の友人が放った言葉。

私には皆がいる。

皆に出会えてしまった。

当時は偶然だと思っていたけれど

今となっては必然だったのだと分かる。

あなたにも出会って欲しい。

あなたに救われて欲しい。

あなたたちに、幸せになって欲しい。

そんな願いを込めて。


一叶「そっか。」


一叶はそれだけを残しまた歩を進め

カーテンの奥へ姿を眩ました。

その刹那音が消え去る。

ああひとりか、と。


私「…久しぶりに、みんなに会うのもいいかもな。」


ぽつり。

さっきよりも悲哀のこもった色。

どうしてだろう。

こんなにも大切な人たちに

何故今後酷いことを課さねばならないのか。

きっと仕方のないことで、

私がこの道を選んだからには

必ず成し遂げなければならないこと。

割り切って仕舞えば楽だけれど。


私「はぁ…よし、思い立ったらすぐ行動っと。」


奇妙なブレスレットを壁の突起に引っ掛け、

風化しかけていて黄ばみ始めたメモに

「皆に連絡全員集める」と記す。

ひとりだけ来れないとかだと寂しいもんね。

ペンを乱雑に転がしメモも適当に貼り付ける。

ああ、これきっと忘れるやつだと

心の隅で思っていてもまあいいやと

諦めの余念が過った。


私「それで、確か検体の資料来てたよね。」


やることを口に出してしまうのはもう癖だ。

話し相手があまりいないのもあるし

口に出していないと何をすればいいのか

忘れてしまうというのもある。

メモに残せばいいのではないかと思うだろう。

しかし、だ。

メモは勝手にどこかに隠れるのだ。

結局他の職員からの指摘でようやく気づき

指摘の後にメモが見つかる。

どうにかして欲しいものだよね。


私「そう、これこれ。」


引き出しの中に眠っていたタブレットを手に取り

慣れた手つきでファイルを開くと、

検体資料と記されたデータが目に入る。

検体の情報はこれまでに数多の量が

流れてきていた。

今回も望み薄だと知りながらも資料をめくる。


私「佐山一家…家族構成は父、母、娘のみで一人っ子…なるほど。」


ペンを動かす。

この人たちは違う、と。

しゅ、と指と画面が擦れる音と共に

目に止まってしまった検体の情報。


私「槙一家…ね。」


なるほど。

そうか。

ついに動き出すんだなとひしひし感じる。

大丈夫。

私はあなたたちから沢山沢山話を聞いた。

可能な限り事細かに聞いた。

間違いはしない。


それ以降の検体の情報には目を通さず

槙一家を検体に使うと即断する。


私「槙一家…父と母、そして悠里と結華の双子。よし、生年月日も経歴も合ってる。」


歳も歳だからか指差し確認をする。

ここを間違ってしまったら大変なことに

なってしまうであろうから。

私は槙一家のファイルに印をつけ、

その検体を使用することを部下に連絡した。


私は立場が案外上な割には行動にメリハリはない。

私がやりたいことは今後始めるこの件のみ。

そのために必要な研究をするうち

いつの間にか上り詰めていたというところだ。

私には立場も権利も金すらもいらない。

私には守りたい過去がある。

からり。

またも人体に悪そうな鎖を手に取る。

空調は程よく聞いているからだろうか、

鎖は冷たさを纏って離さない。


私「これは私からあなたへ送るお呪い。」


鎖の先に力なくぶら下がっていた

例の飾りをぎゅっと握りしめ額へ寄せる。

これは決心。

覚悟だ。

この道を選んだ私の覚悟。

握りしめている飾りにもぬくもりは伝播し、

冷ややかな感覚はだんだんと薄れてゆく。


机の上や床にはいくつもの小さな宝箱。

その中には風化しかけて

黄ばみが姿を表し始めている例のメモ。

そこに記載されたあなたたちへの助言。

開いている宝箱は残りひとつだった。


私「陰惨で燦然としたお呪いをあなたへ。」


からん。

ああ、なんて空虚。

私の手から離れた飾りはあなたに届く。

私の手にはもう二度と戻ってはこない。

センスのかけらなど全く感じなかったが

なんだかんだ何年もずっと見てきたんだ。

ずっと側にあって、ずっと無くさぬよう守って

ずっとこの時のためにずっと。


私「自分の子供が巣立つような気分だなあ。ま、子供なんていないけど。」


気を紛らわせるようなことを呟いて

宝箱を閉めー


私「…これはお呪いじゃないな。」


閉めずに再度開く。

何度見ても不細工なブレスレット。

光を反射していた所為で

クローバーなど飾りの内部はもう見えない。

もう旅立たせろ、と。

そういうことだろう。


私「これは、一種の呪いだね。」




かたん、と。

最後の宝箱は閉じられた。




あなたたちは今後様々な経験をする。

でも、あなたたちは大丈夫。

私はみんなのことを知っているから。


私からあなたへ

最低で最高の日常を。








Project:DATE










31年前のあなたへ 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

31年前のあなたへ PROJECT:DATE 公式 @PROJECTDATE2021

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ