10.八つ当たりはご勘弁

 アリシャ令嬢の言葉は現実となった。彼女からの呼び出したあった翌日、学園の校門前で早速呼び止められたのだ。相手は屈強な身体つきで如何にも剣術に精通している、と言わんばかりの男子生徒。ただその身体が見せかけというのは見てすぐにわかった。筋肉の付き方が剣を扱う者のそれと違うからだ。

「お前がクラウスという生徒か! なんだ、見るからに弱そうだな!」

 そう言いながら殴りかかってきたものだから、避けて足をかけて転ばしてやった。見た目はあれだが相手は貴族だ、突然殴られそうになったから顔面を殴り返した。というわけにもいかんだろう。

「足腰も鍛えたほうがよさそうだな」

 そう一言彼に告げ、足早に自分のクラスへと向かった。

 また次の日は突然細剣で顔を突かれそうになった。取りあえず力量を測ろうと先手を打ってくるのはやめてもらいたい。それを避け、手首を軽く叩けば細剣は簡単に地面へ転がり落ちた。

「握力が貧弱だな」

 突きも遅かったし簡単に剣を叩き落される握力って一体なんなんだ、と思いながらその日もこれ以上絡まれないよう急いで教室へ駆け込んだ。

 というか、アリシャ令嬢の「忙しくなる」というのは力量を測られるという意味だったのかと今更ながら首を傾げる。てっきり声をかけてくる程度で終わるものだと思っていたのだ。毎朝こんなことが起こると思うと面倒でたまらない。なぜ知りもしないひよっこの相手をせねばならん。面倒だ。

 一度共用スペースでアリシャ令嬢と偶然顔を合わせた時、彼女はにんまりと笑みを浮かべ「助けが必要かしら?」と聞いてきた。が、その言葉にいい予感はしない。彼女も品性高潔とはいえ貴族の一人だ、強かさを持っているに決まっている。ここで素直に彼女の言葉に頷くものならば、俺は気付けばどこかの騎士に所属する羽目になるかもしれない。

 いや、別に騎士が嫌だというわけではないのだ。前世も騎士だったのだから騎士がどのようなものか大体は知っている。それに関しては規則などの違いはあれど、昔も今もあまり変わりはないようだった。

「貴族の知識はなくとも騎士の知識はしっかりと持っているようなのに。所作もしっかりとしていたわ」

 令嬢の屋敷に招かれ、そして寮へ帰ろうとした時に言われた言葉だ。一瞬だけギクリと身体を強張らせその時は「そうか」と一言で軽く受け流した。それもそうだ、騎士としての所作は前世で敬愛していた主に嫌というほど叩き込まれた。

「私の忠臣となるならばそれぐらいのことはできないと」

 そう笑顔で言われた時、ゾッと背筋に悪寒が走ったことは未だに覚えている。言っておくが、前世の俺も立派な生まれではなかった。脳筋だ。頭で考えるよりも先に身体が動いていたような男だった。よって、そういった類がとんと苦手だったのだ。一体覚えるまでどれほどの苦労をしたことか。

 だがそこまでして覚えたものは、この新たな身体の脳にもしっかりと叩き込まれ記憶されていたようだ。自分が認める上の者と対面する際、失礼があってはならないと自然とそういう行動を取ってしまう。

「王よ、多少恨んでしまうぞ」

 そう小さく苦笑せずにはいられない。おかげでここ数日「普通とは?」と思う回数が増えた。一般クラスにまでやってこないのは幸いだったが、一度校舎を出ればそれはもう絡まれる絡まれる。おかげで逃げ足が速くなった。


「流石に休日も絡まれたら敵わんな」

 寮にまで押しかけて来なくてよかったと安堵しつつ、気晴らしに街へと出かけた。前に訪れた店にも行き、職人に話を通してくれていたことの礼を告げる。学園の噂は多少広がっていたようで、「役に立ったようで何よりだ」と店主は人の良さげな笑顔を浮かべた。

 その後店で昼食を食べ、辺りをあちこち探索してみる。小さな村の出身だったためこの街は何度来ても飽きはしない。店の数も多いし取り扱っている品も多い。こういったところで前世との違いを楽しむのもありだった。治安も安定しているのか裏路地に行ったところで何者かに襲われる心配もない。

 と、思っていたのは数分前だ。裏も探索してみるかと足を進め、綺麗に整備されている道を歩いていたらだ。

「貴様ッ!」

 突然肩を捕まれ力任せに振り向かされる。驚かなかったのは人の気配に気付いていたからだ。そして、敢えて口に出さなかったのは一応相手のことを思ってのことだ。

「なんだ突然」

「なんだ、だと?! お前のせいで俺がどんな思いをしているのか、わかっているのかッ?!」

 正直、俺の知ったことではない。未だに強く肩を掴んでいる手を叩き落とせばそれは簡単に外される。相変わらず、力は弱いようだ。

「自分の行いを勝手に他人のせいにするな。そうなったのもお前自身の問題だ」

「なんだとッ?!」

「ところで、こんなところにいてもいいのか? 確か謹慎中だろう」

 突然俺に怒鳴ってきた男は、あの件でアリシャ令嬢に危害を加えようとしていた騎士の息子である、確か……ローガンとやらだったか。今は謹慎中なため家で大人しくしているものとばかりに思っていたんだが。

「貴様ッ……一体何者なんだ……!」

「何者とは、ただの小さな村出身だ。すでに調べているのだろう?」

「ただ田舎者が、俺に勝つわけないだろう?!」

 なんというか、自分に対し確かな自信を持っているのだろう。アリシャ令嬢の話を聞くところによると、同年に対し負けなしだったか。それで自信がついたのだろうけれど。

 となると、この年頃の剣の腕はこれぐらいということか。本当に水準も大きく変わったものだ。

「汚い手でも使ったんだろう?! そうでなければ、俺が負けるわけがない!」

「汚い手とはどういったものだ。あの場で俺は他に何かできた? 道化師じゃないんだ、種も仕掛けもない」

「ッ……正々堂々と戦え!」

 そう言って繰り出された拳を手で軽く払い流す。思いきり踏み込んできたものだからバランスを崩した男の背中を、軽くトンと押してやった。すると体勢を持ち直すこともできずそのまま地面に顔から激突する。

「自信があるのはいいが相手を見誤らぬほうが身のためだぞ。今回相手が俺だったからよかったものの、自分よりの格上の相手だとお前はもう骨が数本折られていたところだ」

「そんな、ことッ……!」

「お前の父親はただ盲目に突き進めとでも教えたのか?」

 視線を男子から外し裏路地の入口のほうへと向ける。今この場には俺とこの男子しかいなかったが、いつの間にか現れた男に目を見張ったのは男子のほうだった。恐らく尾行されていることに気付いていなかったのだろう。

 だが男子は謹慎の身だ、アリシャ令嬢は監視もついていると言っていた。ならば一人ぐらい尾行がついていたとしてもおかしくはない。恐らく彼はこの男子の監視役だ。裏で騒ぎを起こしていたものだからこうして俺たちの前に姿を現したのだ。

「わざと街に放したのか?」

「……はい。ローガン様は誰かを逆恨みしているご様子だったので。休日になれば探しに行くと思っていました」

「お前ッ……俺をつけていたのか?!」

「貴方は監視されている身だということを告げたはずです、ローガン様」

 地位は男子よりも下、だがその佇まいは長く剣に触れ続け毎日欠かさず鍛錬をしていた者の身だ。剣の腕もこの男子に比べてずっと強いはず。

「我が主が、強く貴方に興味を抱いたようなのです」

「騎士だというこの男子の父親か」

「はい。貴方の確かな情報はアリシャ令嬢から聞き及んでおります。ご同行お願いします」

「ふむ」

 顎に手を当て思案する。このまま彼に従えば強制的に男子の父親に顔を合わせることとなる。

 そういった話は文か何かで知らせてくれればよかったものの。学園であんな目に合っているからと折角の休日を楽しく過ごすところだったというのに。未だに地面に尻をつけている男子を一瞥し、再び視線を男性に戻す。

「断るとしよう。俺は今休日を謳歌している。心身共に休めている最中だ」

「なッ……?! 貴族の誘いを断るつもりか、貴様はッ!」

「口を謹んでください、ローガン様。彼の温情で貴方は擦り傷程度で済んでいるんですよ」

 確かに今の俺の言動は貴族に対し失礼に当たるものだろうが、だがこちらにも拒否権ぐらいあってもいいだろう。男子は相変わらず口だけは勢いがいいが、男性にぴしゃりと言われ一瞬尻込みした。

「わかりました。では一つお聞かせください。どうやって身体を鍛えられたのですか?」

「簡単な話だ。子どもの頃より毎日欠かさず鍛錬をしていた。小さな村だ、何か起こっても誰かがすぐに助けてくれるわけでもない。万が一にと鍛えていた」

「なるほど……ありがとうございます。ではローガン様、屋敷に戻りましょう。貴方が屋敷から抜け出したことは皆知っております」

「っ……?! ち、父上もか……?!」

「無論です」

 男子の顔色が変わったところを見ると、どうやら甘やかされて育ったようではないようだ。今回は恐らく父親も抜け出すとわかっていながらわざと見逃したようだから、男子が思っているほどきつく叱られることはないと思うが。

 男性の手を借りてようやく立ち上がった男子は一度俺に視線を向け、引っ張られる形で表通りに戻っていく。男性のほうは始終申し訳無さそうな顔をしていた。俺が休日をゆっくり過ごすつもりだったのを聞いて、その邪魔をしてしまったのが申し訳無かったのだろう。

「ふむ、まいったな」

 表通りに戻り思わず小さく呟く。困った、もしかしたら俺が予想している以上に事態は動いているのかもしれない。

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