第4話:第二王子
(今って前世の西暦で言ったらどれくらいなんだろう?)
先日、「戦国大名たちは何のために戦っているのか?」みたいなテーマの本を見つけたので読んでみた。もしかしたら東の方には名前は違えど日本みたいな国があるのかも知れない。窓からヨーロッパ調の街並みを見てふと思う。
(…前世で死んだ年の大河ドラマって何だったっけ?)
そんなどうでもいいことを考えていた時、メイドが慌てたように部屋に入って来た。
「どうしたの?」
「リクハルド殿下から速達です!」
「え、速達!?」
今まで何度も手紙をもらったが速達なんて初めてだ。何かあったのか、とドキドキしながら手紙を開く。
「!」
「…クリスティナ様?」
「今からトルレオにある王家の保養地に向かいます」
「え、今からですか!?」
驚くのも無理はない。ここからトルレオまで馬車で早くとも五時間はかかる。時刻はもう正午を過ぎている。山道も通らなければならないから行くにはギリギリの時間だ。
「スレヴィ様が倒れられたって」
「えっ!?」
「私は父に報告に行くので馬車の準備をお願いできる?それと適当で良いから数日分の着替えの準備をお願い」
「わかりました!お任せください!」
メイドが慌ただしく準備を進めてくれる中、父の執務室に向かう。リクハルド様の慌てた文面を見る限りでは最悪の事態も考えなければならない、と震える足に力を入れた ――
***
「あれ、ティナどうしたの?」
「え」
双方見つめ合ったまま沈黙が続いた。
……スレヴィ様はバルコニーのテーブルで優雅に読書をしていた。
ノーアポで来たからまずいかなと思いつつ、門番に「リクハルド殿下から速達が届いて…」と言った瞬間なぜか謝られたのはこれだったのか。
「…もしかして兄さんから手紙来た?」
「速達を頂いて」
「本っ当に申し訳ない!」
「…はぁぁ…」
「ティナ!」
安心したら腰が抜けてしまった。座り込んだ私にスレヴィ様が焦って駆け寄って支えてくれる。
「心配かけたね、ごめんね」
「いいえ、良かったぁ…」
手を借りて椅子に座らせてもらうとスレヴィ様が向かい側に座る。タイミングよくメイドがハーブティを淹れてきてくれた。ほんのりレモンの香りがするそれをひと口飲むと心が少し落ち着く。
「手紙何て?」
「えーと…「スレヴィが倒れた!至急トルレオに向かってくれ!」とだけ。余程焦ってたのかインクがぼとぼと落ちてるし折り目がめちゃくちゃ」
「なるほど、それはびっくりするよね」
手紙を見せるとスレヴィ様が困ったように笑う。
聞けばスレヴィ様は視察に付いていった帰りに熱を出してしまい、王都に戻るよりもこちらの方が早かったのでここで静養していたらしい。
「発作は?」
「起きてないよ。そんな高い熱でもなかったし」
「そうですか」
スレヴィ様は喘息を持っている。
幼い頃一時期危なかった事があったのでその時の恐怖がリクハルド様の中にあるのだろう。
「みんな過保護すぎて困るよね」
「それだけスレヴィ様のことが大事なんですよ」
照れたように頬を染めて笑う顔は幼い頃の面影があってやっぱり天使みたいだ。
「着替えは持ってきた?」
「ええ、数日分は」
「だったら一緒にゆっくりしよう?どうせ兄さんも駆け込んで来ると思うし」
今年十六才になったリクハルド様は隣国に遊学中だ。この手紙の様子だと即刻戻って来るに違いない。
「ティナが来てくれて嬉しいな」
「久しぶりですものね」
「うん、今日もティナの“前世の話”たくさん聞かせてね」
「ええ」
スレヴィ様は二つ年下だが幼い頃から異様に鋭い。あの地獄のお茶会の後に会った時「しょうわ」って何?から始まり、私が端々でうっかり漏らしてしまう前世の言葉を聞き逃さず問い詰めてくるため遂に白状してしまった。
黙ってくれているので今のところ私が転生者だと知っているのはスレヴィ様だけだ。
リクハルド様の前でもうっかり前世情報を話してしまうこともあるのだが、あの人はなーんにも引っ掛からないらしい。
楽しそうにニコニコ笑うスレヴィ様を見て、リクハルド様の早とちりであって本当に良かったと胸を撫で下ろした。
**
「寒くありませんか?」
「ううん、大丈夫だよ」
スレヴィ様が使っている部屋のバルコニーに大きめのマットレスを敷いて各々毛布にくるまる。星が好きだというスレヴィ様とはこうして何度も天体観測をしてきた。
リクハルド様が一緒の時もあったがあの人は星に興味がないからすぐにコロンと眠ってしまうのだ。
「この間は何を話したかな?」
「見るものを石に変えてしまう目を持つメドゥーサを退治したペルセウス」
「そうでしたね」
この世界に来たときに驚いたのは星は前世と同じだったことだ。オリオン座なんかを見つけた時は少し感傷に浸ってしまった。
ただ国の成り立ちが全然違うからか星座や神話というものはまったくないらしい。
昔読み耽った星座神話をスレヴィ様に話すとハマってしまったようでこうして毎回リクエストされる。
「では今日はそれに繋がるアンドロメダ座のお話を」
―― アンドロメダ姫は古代エチオピアの王ケフェウスの娘でした。ある日、母親であるカシオペアが「海の神の娘達よりも私の娘の方が美しい」と自慢したことで海の神ポセイドンの怒りを買ってしまい、古代エチオピアに大洪水をもたらしてしまいます。
困ったケフェウス王が神々に祈ると「娘のアンドロメダを海の海獣くじらの生け贄に捧げれば災いが静まるだろう」とお告げをもらいます。そしてアンドロメダ姫を海の岩に繋ぎ生贄に捧げたのです。
岩に繋がれたアンドロメダ姫をメドゥーサ退治の帰路についていた英雄ペルセウスが発見します。アンドロメダの美貌に惹かれたペルセウスは沖合からやってきたお化けくじらをメドゥーサの首で石にしてしまい、見事怪物退治を成功させました。そしてめでたくアンドロメダ姫とペルセウスは結婚するのでした ――
「…娘生け贄にしちゃうんだ」
「恐いよね」
「…うん、かなりひく」
なかなか凄絶な物語だと思う。ケフェウス、カシオペア、くじら、ペルセウスが乗ってたペガサスも星座になってるよ、と指で辿るとスレヴィ様は一生懸命探していて可愛い。
「ペルセウス格好いいなぁ」
「そうですね」
「アンドロメダ姫はティナみたいに綺麗だったのかな」
「え」
「だったら自慢したくなるのもわかるかも」
そう小さい声で呟いたと思ったらスレヴィ様が私の肩にコテっと倒れてきた。
「大丈夫ですか!?しんどくなった!?」
「ううん、眠くなっただけ」
本当かな、とおでこに手の平を当ててみても確かに熱はなさそうだ。しかし病み上がりだしちゃんとベッドで眠った方が良いだろう。
「スレヴィ様、部屋に入りましょう」
「少しだけここで眠らせて?」
「あっ、…もう…しょうがないな」
膝の上に頭を乗せてきたスレヴィ様に呆れながらもその柔らかい髪をよしよしと撫でた。甘え上手なところは変わっていない。
「ペルセウス良いな…」
「スレヴィ様?」
「ん…」
ポツリと呟いて目を閉じたスレヴィ様から静かな寝息が聞こえ始めた。
(しがらみも葛藤も色々あるんだろうなぁ…)
王族にはつまらない伯爵令嬢の立場どころじゃない不自由さがきっとたくさんあるのだろう。それに加えてスレヴィ様は体も弱い。思い通りにいかないことの連続なのかもしれない。
「スレヴィィィィっ!!死んじゃダメだぁぁ!!」
と泣きながらリクハルド様が乱入してくるまでスレヴィ様の寝息だけが聞こえる静かな時間を過ごしたのであった。
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