第3話:カルミ家からの養子
お茶会の後、父の怒りは凄まじかった。雷親父よろしく一喝怒鳴って怒られるならまだ良かったが、父親は黒い笑顔で諭すタイプの人間だった。右から左に聞き流す私に気がついた父は「なぜ怒っているかわかるかい?」から始まり、本人が理解できるまで終わらない一問一答を続けるような人なのだ。
母親がもうそのくらいで、と助けに入るまで半日近く怒られたことがトラウマになり、私は(表面上は)すっかり無口でおとなしい人間になってしまった。
元々前世でも勉強は苦手ではなかったしここでも本ばかり読んでいるから頭の方は優秀だと言える。あとは取り敢えずダンスとピアノくらい出来れば良い。
貴族の娘として生まれたからにはどうせいつかお嫁に出されるのだから、女の子は教養があって可憐であればそれで良い、と悟った。
子供の頃にいじめっこに「男のクセに、女のクセになんて時代遅れ!」と言い放ったのにも関わらず、私はまんま時代遅れの女らしい令嬢に育ってしまったのだ。
贅沢だけどつまらない生活だなと思っていた私に転機が訪れたのは十五才の時だった――
「養子…ですか」
「ああ」
大事な話がある、と応接間に呼び出された。
父親と母親が揃って神妙な顔をしているもんだから何を言われるのだろうと緊張したがどうやらそう心配するようなことでもなさそうだ。
「この間カルミ子爵が亡くなっただろう?」
「あ…はい」
カルミ子爵家というのは母方の叔母が嫁いだ家だ。叔母は数年前に流行り病にかかり若くして亡くなってしまった。そして先日その旦那さんも事故で亡くなってしまったのだ。今までほとんど交流がなかったので会ったことはない。
「娘さんが一人いましたよね」
「ああ、名はユーリアという。年は十三だ」
「その方を養子に迎えるのでしょうか?」
その問いに父親は頷いた。
カルミ家には子息がおらず、ゆくゆくはユーリア嬢が婿を取り、その婿を跡継ぎにするつもりだったらしい。ここリュクセ王国ではまだ女性が爵位を継ぐことは認められていない。
「正直に言うとカルミ子爵家は領地の運営も上手くいってなかったので財源は乏しい。そして他の親族とも仲が悪く彼女を助けてくれる人もいないと聞いた」
後ろ盾もなく、一人になってしまったのであれば生きていく事も困難だ。シルキア伯爵領は最近特に教育方面に力を入れ始めている。交流はなかったにせよ姪にあたる子供を放っておくとなると体裁が悪いだろう。
なるほど、だからシルキア家で受け入れるのね、とウンウン頷く。会ったことはないけど私にとってもいとこに当たるしまったくの他人より抵抗は少ない。
「だがもしティナが嫌だというならこの話はなかったことにするよ」
「え……私、ですか?」
ビックリした。
なぜそんな重要な最終決定を娘の私に委ねるのかわからず首を傾げる。思わず父と母の顔を順番に見てしまった。母親がなぜか青白い顔をしているのが引っ掛かる。
「お母様、具合が悪いのですか?」
「えっ、いえ…そんなことないわよ?」
声を掛けると取り繕ったように笑顔を見せる。何なのだろうか?
まぁ、でも。
「私に異存はありません。大変でしょうし養子に来て下さってもいいと思います」
「…そうか」
なぜか浮かない顔で頷く両親にハテナしか浮かばない。本当に何なのだろう?
「ティナ、ひとつだけ言わせてもらうが」
「はい」
「私たちにとってお前は大切な宝物だからね。それだけは覚えていてほしい」
???
私がユーリア嬢にヤキモチ焼くと思われてるのだろうか?私の場合ヤキモチ焼くより興味を示さない確率の方が高くてそっちの方が不安だ。両親の意図はよくわからないが、ありがとうございます、と答えることしかできなかった。
***
「何で養子を受け入れたんだ?」
突然やって来て挨拶もせずにいきなりこう言い放ったのはこの国の第一王子、リクハルド・ロイヴァス様だ。そう、お茶会で婚約者にしてやると言った金髪その2だ。
泣かせてしまったのになぜか気に入られてこうして度々押し掛けてくる。
今日は庭のガゼボで読書でもしようと思ってたのにアポなしでリクハルド様が来たため、読書の予定は急遽ティータイムになってしまった。
「良いのか?」
「何がでしょうか?」
「う~ん、だってほら女が増えると厄介だろ?」
「私が嫉妬するとでも?」
いや、ティナはないだろうけどさ、と王子様は二つ目のタルトを手掴みでむしゃむしゃ頬張っている。…ホントに私の前ではマナーもクソもあったもんじゃないな。余所ではちゃんとしてるの知ってるからな!ちょっとは気を遣えよ!
「女ってすぐ妬んだりするだろ」
「…私に妬まれる要素あるかしら?」
「第一王子の婚約者候補」
「あー…忘れてました」
「何でだよ!」
だって私は王太子妃になるつもりなんてないもん。断ったのに知らない間に婚約者候補の一人にされて迷惑極まりない。
リクハルド様は盛大にため息を吐いた後、コーラでも飲んでいるかのように一気に紅茶を飲み干し音を発ててティーカップを置いた。…ここはファミレスじゃねぇんだぞ。
「それにティナは (性格は別にして) 顔と体が良いし」
「…何か含ませましたよね?」
「気のせいだ」
絶対性格悪いとか思ってるな、その通りだから異論はないけど。
まぁ確かに両親の遺伝子のおかげで顔はかなり良い方だと思う。そして前世の自分からしたら信じられないのがスタイルだ。食事のバランスか質か、それともほぼノーストレスで生活しているからか胸の発育がめちゃくちゃ良い。肌のお手入れなんかは世話焼きなメイドにされるがままになっているので「これが噂のマシュマロボディか!」と気がついた時は感動したほどだ。私の爪先から髪の毛一本まですべてはシルキア伯爵家メイドの努力の賜物だ…中身がこんなんで申し訳ないが。
でも容姿に関しては別に私に限った話でもないし今まで会ったことのある貴族令嬢は皆美しかった。
「ユーリア嬢だってどんな容姿かわからないじゃないですか。可愛らしくて巨乳かも」
「うーん」
「妹系ふわふわ女子でちょっとエッチな子猫ちゃん」
「良いな!」
バーカ。
想像してニヤニヤすんじゃねぇ。
「私を婚約者候補から外して下さったら妬まれる要素が減るので是非お願いいたします」
「はぁ!?」
「では、私本を読みたいので部屋に戻ります。どうぞリクハルド様はここでおくつろぎ下さいね」
暗に付いてくんなと匂わせて席を立つ。後ろで何やら文句を言ってる声が聞こえるが気にしない。
私はこの後夕食までの時間昨日ゲットした冒険記を読むのだ!
***
そして遂に養子を迎える日がやって来た。
「ユーリアです…よろしくお願いします」
執事に連れられ緊張した面持ちでやってきたユーリアは、エッチな子猫ちゃんかどうかはわからないが予想通りふわふわ女子だった!
ハニーブラウンの肩下までの髪はふんわりと内巻きで可愛らしい彼女の顔立ちとマッチしている。
(リクハルド様、マジで乗り換えてくれんかな…)
そうすれば私は晴れて王族から逃れられる。リクハルド様と結婚なんてしたら……ゆくゆくは王妃!器じゃ無さすぎて恐怖しかない!
「畏まる必要はないよ。これからは家族として過ごすのだからね」
「ええ、何でも言ってちょうだいね」
この間なぜか神妙な顔をしていた両親もにこやかに迎えているし、何も問題ないのではと思う。両親に視線を向けられ、私の番かとハッとする。
「私はクリスティナといいます。年齢的にはあなたのお姉さんになるけど気さくに接してね」
「はい!」
ニッコリ微笑めば、涙ぐんで喜ぶ。
何だめちゃくちゃ良い子じゃないか。
この時何とか上手くやっていけそうだと単純に思ってしまった私は、この養子縁組には様々な思惑が入り交じっているということに気がつくことができなかったのだった。
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